シルクロードの旅F 西安・兵馬俑  旅行関係

飛行機で嘉峪関から西安へ。

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西安空港。

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西安は、昔の中国の都・長安で、
シルクロードの起点です。

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中国で旧城壁が完全に残っているのは、
ここ西安だけ。

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城壁の厚さは半端ではなく、
上は幅12〜14mの遊歩道になっています。

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周囲12q。
高さは12m。

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830万人が住む大都会。

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高いビルと

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マンションが建ち並んでいます。

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マンション工事のラッシュ。

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なにしろ、土地は国のもので、
その土地の上に国がマンションを建てて国民に売却。
国営でゼネコンと不動産業者をやっているわけで、
国に莫大なお金が入ります。
中にはとんでもない場所にマンションを建てて、
入居者がおらず、
ゴーストタウン化しているところもあるとか。
おそらく、様々な利権がからんでいるのでしょう。

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ガイドさんの説明では、
北京は1万元だが、西安は7千5百元台だというので、
17万円とは随分安いな、
と思ったら、↓一平米あたりの価格でした。

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となると、一平米7千5百元として、
80平米のマンションで60万元(1020万円)。
ただし、面積はエレベーターや階段を含んだものなので、
実際は60平米位になるそうです。

渋滞がひどく、高速道路も、このとおり。

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タクシーの上の電飾広告が珍しい。

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一斉に変わるので、
電波を受信しているようです。

こんなタクシーも走っています。

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バスはクーラーありは1元(17円)
クーラーなしは1角(2円)。

ホテルが城内だったので、
夜、散歩に出かけました。

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夜遅くまでお店が開いています。

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屋台もあります。

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道でモノも売っています。

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これは、ホテル。

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町の真ん中のロータリーの鐘楼

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これは、太鼓で時を告げる、鼓楼

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連凧が飛んでいます。

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城壁はライトアップされて、きれいです。

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これは、東門

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昼間と比べると、
ライトアップの効果が分かります。

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さて、観光で行ったのは、
まず、兵馬俑坑(へいばようこう)博物館。

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体育館のような建物に入ると、
中の光景に唖然。

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東西230m、南北62mの敷地に

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おびただしい数の陶製の兵隊。

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地下に眠る皇帝を守る大部隊。

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その数、およそ6000体。

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俑は、元々古代の墓に殉葬される人形を指し、
死者と共に埋められる奴隷の身代わりを表徴しています。

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その前の時代には、
生きた人を殉葬することが流行しましたが、

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奴隷制社会の崩壊と封建社会の確立により、
生きている人の代わりに人の形をした土偶を
殉葬する新しい習慣があらわれました。

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1974年、
始皇帝陵東側の果樹園で
井戸を掘っていた農民が偶然

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地中から陶製の武士像や馬像を掘りあてたのが
兵馬俑発見の経緯。

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しかし、
それ以前にも
発見はされていたようで、

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現地の農民は、
いつも発見されるこれらの陶製の人形を
怪物とみなし、
「瓦人」や「瓦盆爺」と呼びました。

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言い伝えでは、
これらの怪物は妖術を使って
怪しげなことをしたといいます。

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井戸の水を枯渇させたり、
突然井戸の壁に現れ、
人々を脅かしたと。

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1974年、人民公社が井戸を掘った際、
瓦盆爺を一つ掘りあて、
古い廟の遺跡の上を掘っていると考えて、
上に報告。
国家文物局の許可で大規模な発掘が開始されました。

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平均身長178pと、
実物よりちょっと大きい。

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1体1体、

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表情や服装、

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装備が異なります。

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実は、まだまだ発掘は続いており、

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修復されていない像が沢山あります。

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調査中の方々。

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奥の方には、

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修復中の像が林立しています。

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いわば待機中の予備軍。

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なぜ一体だけ?

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ここは第2坑。

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まだ発掘中ですが、

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典型的をものを展示しています。

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これは、何を持っていたのでしょうか。

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履物の裏にも模様が。

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これは立像。

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なぜみんな笑っているように見えるのでしょうか。

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一体一体表情が違うということは、
制作者が
工夫を一人一人モデルにしたのでしょうか。

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「はい、順番に並んで下さい」
などとやったと想像すると、楽しい。

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これは、発掘当時の写真。

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彩色がされていたことが分かります。

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ここは、一番小さい3号坑。

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兵馬俑の最高指令部隊であったとされています。

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首なしの像が多く、

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まだ修復途上です。

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馬の造形が見事。

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ここは、土産物店。

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お土産の兵馬俑が並びます。

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こういうものを欲しがる人もいるのでしょう。

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これは、秦始皇帝陵の文物を展示する館。

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兵馬俑坑と合わせて世界遺産です。

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正式名称は、
秦始皇帝陵及び兵馬俑坑」。

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1987年文化遺産として登録。

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遥か遠くに見えるのが、

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秦の始皇帝陵
紀元前210年頃に築かれました。

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「史記」によると、
秦の始皇帝陵を建造したのは、
70万余りの刑事犯だったとか。

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この方は、
兵馬俑を発見した農民の一人。

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本を買うとサインしてくれます。

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今、裁判を起しています。
内容は、
「井戸を掘っていた農民が兵馬俑を発見した」
とある記述を、
個人名を明らかにしてくれ、
とのこと。

聞くところによると、
井戸を発見した人は、
現在、博物館の名誉副館長となっている、
と聞くが、この人ではないのか?

ところで、
ガイドさんが
博物館に近い駐車場に入れるために、
ワイロを使った、
と自慢げに話し、
「ワイロは中国の文化です」
と言ったことに対して、
参加者の一人の奥さんが憤慨していました。
「あんな学歴のある人、
社会的指導者の立場の人ががそんなことを言うなんて」
と。

私も同感で、
幕末、長崎最大の貿易商であったグラバーが
維新後、
誇りをこめて、このように述懐しています。

幕末に長州、薩摩、肥後、肥前、宇和島の各藩とは、
何十万、何百万両の取引をしたが、
賄賂は一銭も使わなかった。
これは、賄賂をふところに入れるような武士は、
一、二の例外を除いて
一人もおらず、
みな高潔かつ清廉であったためで、
賄賂をしたくともできなかった。
このことは
ぜひ特筆大書して後世に伝えていただきたい。


日本ほど、
賄賂は悪いことだ、
ということが
社会的コンセンサスになっている国はないでしょう。
病院でさえ、
付け届けなどはご遠慮願います、
という姿勢でいます。
もちろん例外はあるでしょうが、
このことは世界に誇っていいと思います。
「ワイロは中国の文化です」
などと言っている間は、
この国は先進国にはなれません。






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