シルクロードの旅E 嘉峪関  

バスは嘉峪関(かよくかん)へ。

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敦煌を発って、
始めは緑が見えていましたが、

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次第に緑が薄くなり、

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再び砂漠になりました。

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山々を遠くに見ながら、

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どこまでも真っ直ぐな道を行きます。

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変わった形の高圧線。

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これは何?

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所々、工場が現れます。

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途中、トイレ休憩が立ち寄ったところで、

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豆を買いました。

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風車の形の街灯?

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回るわけではなさそうです。

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これは、本物の風力発電の風車。

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風車の羽根は、このように運ぶようです。

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工事中の高速鉄道。

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湖も見ました。

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地面に書かれたスローガン。

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夕方、ホテルに到着。

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なかなか、良いホテル。

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マージャンをやる部屋がありました。

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ちょっと覗きました。

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薄暮の中を散歩。

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お店が並んでいます。

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美容院。

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食料品店。

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翌朝も散歩。

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車道より自転車道の方が広い。

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大きな公園がありました。

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木の下半分に殺虫剤が塗られています。

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何だか変。

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池もあります。

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団地アパート。

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朝から掃除する人の姿。

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嘉峪関は、
新しい町で碁盤形によく整備されており、
メインストリートはにぎやかですが、

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裏通りは貧しい家が並び、

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貧富の差が激しいようでした。

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さて、この日最初に行ったのは、
町の名前の元である、嘉峪関

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約6000qにわたる
万里の長城の西の端

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秦の始皇帝の時代からずっと下り、

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明の時代のもので、1372年に着工。
南方のチベット族の侵入を防ぐために建てられました。

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明を滅ぼした清の時代には、
シルクロード一帯の万里の長城はその役割を失い、
長らく放置。
政府が開発に乗り出した1958年には、
三十数軒の農家があるだけだったといいます。

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内部は様々な建築物の複合体で、
高さ11mの城壁に囲まれた広大な要塞でした。
当時は400人の兵士が常駐していたとのこと。

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文昌閣

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説明文は、中国語、英語、日本語で、
日本人観光客をあてにしていることが分かります。

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その内側にある関帝廟

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光化門

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昔の兵士の衣裳を着けた人たちが行きます。

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ここから城壁に登ります。

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馬道といって、
将士が馬に乗って城に登ることから名付けられました。

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城壁の途中にあるのは北敵楼といい、
兵士たちがパトロール中に
休憩したり、兵器を置いたりした場所。
角にあるのは、
角楼という、ものみの塔で、
歩哨に立っていたところです。

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手前が柔遠楼(じゅうおうろう)、向こうが柔遠門の楼閣。

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西側の入口、柔遠門。

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ラクダがお客を待っています。

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この先は砂漠。

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どのような人がどのような目的で旅をし、
ここにたどり着いたのでしょうか。

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どのような案内人が道案内をしたのか、
地図も磁石も羅針盤もない時代に、
何を目印に旅をしたのか、
興味は尽きません。

次に行ったのは、
懸壁長城(けんぺきちょうじょう)。

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嘉峪関の西北8qに位置する長城。

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頂上まで30分ほどかかり、
こんな警告が。

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この階段をあがります。

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なかなかのものですが、

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中途の眺めが素晴らしい。

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やっと頂上。

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いい眺めです。

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落書きがあります。

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それだけでなく、

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山肌にハート形の置き石が。

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不届き者たちの仕業。

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中には文字もあります。

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帰りは、脇の山道を戻ります。

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これが、結構面白い。

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脇から見た長城。

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ラクダの隊列、かと思えば、

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人形でした。

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こんな彫像も。

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入口付近には、
こんな水門もあります。

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最後に行ったのは、
砂漠の中の

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魏晋壁画墓(ぎしんへきがぼ)。

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魏晋期(220〜419年)の墳墓群。
嘉峪関北東約20qの
周囲10qにわたって1000以上の墓が点在します。

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1970年代に13基が発掘され、

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うち8基が壁画墓でした。

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壁面に被葬者の生前の生活を描いたレンガが

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びっしりとはめ込まれています。

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宗教色がなく、生活の描写です。

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敦煌の博物館に

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そのレンガが展示されていました。

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並木道をバスは行き、

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嘉峪関空港へ。

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これから西安に飛びます。








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