『夜と霧』  書籍関係

〔書籍紹介〕

クリックすると元のサイズで表示します

この本は学生時代に読んだが、
アウシュヴィッツ強制収容所を訪問したこと、
新版なので、再読した。

原題は「・・・それでも生にしかりと言う」所収の
「心理学者、強制収容所を体験する」
これを「夜と霧」という邦題を付けた
最初の翻訳者の見識は賞賛に値する。
ただ、アラン・レネのホロコーストを描いた
記録映画「夜と霧」(1955)の方が先なので、
それから取ったのかもしれない。

「夜と霧」とは、
1941年12月7日、
アドルフ・ヒトラーにより発せられた命令、いわゆる総統命令の一つ。
ヒトラーが愛聴にしていたワーグナーの『ラインの黄金』の中に出て来る
「夜と霧になれ、誰の目にも映らないように!」という呪文から取ったらしい。

この命令"Nacht und Nebel"により、
ナチス・ドイツ占領地全域において
全ての政治活動家やレジスタンス「擁護者」の中から
「ドイツの治安を危険に晒す」一部の人物を選別した。
収監者はドイツへ密かに連行され、
まるで夜霧のごとく跡形も無く消え去った。
今日こんにちに至るまで、
この命令が出された結果、
多くの人々がどのように消えてていったかは未だに分かっていない。

いずれにせよ、
夜陰に乗じ、霧にまぎれて
人々がいずこともなく連れ去られ、消え去った
歴史的事実を表現している。

少壮の精神医学者として嘱目され、
ウィーンで研究していたフランクルは、
最愛の妻にも恵まれて、
平和な生活が続いていた。
しかし、この平和は、
ナチスのオーストリア併合で敗れてしまう。
なぜなら、彼はユダヤ人であったから
ただそれだけの理由で
彼の一家は逮捕され、
アウシュヴィッツ強制収容所等に送られ、
両親と妻は、ガス室で殺されるか餓死した。
フランクルだけが生き延び、
1947年、この本を書いた
半世紀たった今も、世界で読み継がれている

日本版は1956年に刊行。

本書はナチのした犯罪行為を詳細に書くものではない。
そのような告発本なら、
他に沢山ある。
本書の特徴は、
そのような極限状況の中に置かれた人間
精神的彷徨を描いていることだ。

被収容者はショックの第一段階から、
第二段階である感動の消滅段階へと移行した。
内面がじわじわと死んでいったのだ。
これまで述べてきた激しい感情的反応のほかにも、
新入りの被収容者は収容所での最初の日々、
苦悩にみちた情動を経験したが、
こうした内なる感情をすぐに抹殺しにかかったのだ。

強制収容所に入れられた人間は、
その外見だけでなく、
内面生活も未熟な段階にひきずり下ろされたが、
ほんのひとにぎりではあるにせよ、
内面的に深まる人びともいた。
もともと精神的な生活をいとなんでいた感受性の強い人びとが、
その感じやすさとはうらはらに、
収容所生活という困難な外的状況に苦しみながらも、
精神的にそれほどダメージを受けないことがままあったのだ。
そうした人びとには、
おぞましい世界から遠ざかり、
精神の自由の国、
豊かな内面へと立ちもどる道が開けていた。
繊細な被収容者のほうが、
粗野な人びとよりも収容所生活によく耐えたという逆説は、
ここからしか説明できない。

被収容者が宗教への関心に目覚めると、
それはのっけからきわめて深く、
新入りの被収容者は、
その宗教的感性のみずみずしさや深さに心うたれないではいられなかった。
とりわけ感動したのは、
居住棟の片隅で、
あるいは作業を終え、
ぐっしょりと水がしみこんだぼろをまとって、
くたびれ、腹をすたせ、
凍えながら、
遠い現場から収容所へと送り返されるときに、
閉め切られた家畜用貨車の闇のなかで経験する、
ささやかな祈りも礼拝だった。

次の記述は、
本書の中でも最も感動的な部分である。

わたしはときおり空を仰いだ。
星の輝きが薄れ、
分厚い黒雲の向こうに朝焼けが始まっていた。
今この瞬間、
わたしの心はある人の面影に占められていた。
精神がこれほどいきいきと面影を想像するとは、
以前のごくまっとうな生活では思いもよらなかった。
わたしは妻と語っているような気がした。
妻が答えるのが聞こえ、
微笑むのが見えた。
まなざしでうながし、
励ますのが見えた。
妻がここにいようがいまいが、
その微笑みは、
たった今昇ってきた太陽よりも明るくわたうを照らした。
そのとき、ある思いがわたしを貫いた。
何人もの思想家がその生涯の果てにたどり着いた真実、
何人もの詩人がうたいあげた真実が、
生まれてはじめて骨身にしみたのだ。
愛は人が人として到達できる究極にして最高のものだ、
という真実。
今わたしは、
人間が詩や思想や信仰をつうじて表明すべきこととしてきた、
究極にして最高のことの意味を会得した。
愛により、愛のなかへと組合座れること!
人は、この世にもはやなにも残されていなくても、
心の奥底で愛する人の面影に思いをこらせば、
ほんのいっときにせよ
至福の境地になれるということを、
わたしは理解したのだ。

次の記述も、
極限状況の中にあっての人間の救いを示している。

そしてわたしたちは、
暗く燃えあがる雲におおわれた西の空をながめ、
地平線いっぱいに、
鉄(くろがね)色から血のように輝く赤まで、
この世のものとも思えない色合いで
たえずさまざまに幻想的な形を変えていく雲をながめた。
その下には、
それとは対照的に、
収容所の殺伐とした灰色の棟の群れと
ぬかるんだ点呼場が広がり、
水たまりは燃えるような天空を映していた。
わたしたちは数分間、
言葉もなく心を奪われていたが、
だれかが言った。
「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」

次の挿話も、
こうした絶望的な状況下での
生きることの素晴らしさを教えている。

この若い女性は、
自分が数日のうちに死ぬことを悟っていた。
なのに、じつに晴れやかだった。
「運命を感謝しています。
だって、わたしを
こんなにひどい目にあわせてくれたんですもの」
彼女はこのとおりにわたしに言った。
「以前、なに不自由なく暮らしていたとき、
わたしはすったり甘やかされて、
精神がどうこうなんて、
まじめに考えたことがありませんでした」
その彼女が、
最期の数日、
内面性をどんどん深めていったのだ。
「あの木は、ひとりぼっちのわたしの、
たったひとりのお友だちなんです」
彼女はそう言って、
病棟の窓を指さした。
外ではマロニエの木が、
いままさに花の盛りを迎えていた。
板敷きの病床の高さにかがむと、
病棟の小さな窓からは、
花房をふたつつけた緑の枝が見えた。
「あの木とよくおしゃべりをするんです」
わたしは当惑した。
彼女の言葉をどう解釈したらいいのか、
わからなかった。
せん妄状態で、
ときどき幻覚におちいるのだろうか。
それでわたしは、
木もなにかいうんですか、とたずねた。
そうだという。
ではないと?
それにたいして、
彼女はこう答えたのだ。
「木はこういうんです。
わたしはここにいるよ、
わたしは、ここに、いるよ、
わたしは命、永遠の命だって・・・」


フランクルが
公正な班長に頼まれて、
被収容者たちの前で話した内容も忘れがたい。

わたしたちが過去の充実した生活のなか、
豊かな経験のなかで実現し、
心の宝物としていることは、
なにもだれも奪えないのだ。
そしてわたしたちが経験したことだけでなく、
わたしたちがなしたことも、
わたしたちが苦しんだことも、
すべてはいつでも現実のなかへと救いあげられている。
それらもいつかは過去のものになるのだが、
まさに過去のなかで、
永遠に保存されるのだ。

(中略)
わたしたちのひとりひとりは、
この困難なとき、
そして多くにとっては最期の時が近づいている今このとき、
だれかの促すようなまなざしに見下ろされている。
だれかとは、友かもしれないし、
妻かもしれない。
生者かもしれないし、
死者かもしれない。
あるいは神かもしれない。
そしてわたしたちを見下ろしている者は、
失望させないでほしいと、
惨めに苦しまないでほしいと、
そうではなく誇りをもって苦しみ、
死ぬことに目覚めてほしいと願っている。

そしてしめくくりとして、
犠牲としてのわたしたちについて語った。
いずれにしても、
そのことに意味はあるのだ、と。
犠牲の本質は、
政治的理念のための自己犠牲であれ、
他者のための自己犠牲であれ、
この空しい世界では、
一見なにももたらされないという前提のもとになされるところにある、と。
もちろん、
わたしたちのなかの信仰をもっている者には、
それは自明のことだろうし、
わたしもそのひとりだ、と。

わたしは、ひとりの仲間について語った。
彼は収容所に入ってまもないころ、
天と契約を結んだ。
つまり、自分が苦しみ、死ぬのなら、
代わりに愛する人間には
苦しみに満ちた死をまぬがれさせてほしい、と願ったのだ。
この男にとって、
苦しむことも死ぬことも意味のないものではなく、
犠牲としての
こよなく深い意味に満たされていた。
彼は意味もなく苦しんだり
死んだりすることを望まなかった。
わたしたちもひとり残らず、
意味なく苦しみ、死ぬことは欲しない。
この虚ュ鵜局の意味をここ、
この居住棟で、今、
実際には見込みなどまるでない状況で、
わたしたちが生きることにあたえるためにこそ、
わたしはこうして言葉をしぼりだしているのだ、
とわたしは語り納めた。

わたしの努力が報われたことを知ったのは、
それからほどなくのことだった。
居住棟の梁に電球がひとつともった。
そしてわたしは、
涙を浮かべてわたしのほうへ、
礼を言おうとよろめき寄ってくる
ぼろぼろの仲間の姿を見たのだ。

そして、最後近く、「人間」について語る。

わたしたちは、
おそらくこれまでどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。
では、この人間とはなにものか。
人間とは、
人間とはなにかをつねに決定する存在だ。
人間とは、
ガス室を発明した存在だ。
しかし同時に、
ガス室に入っても毅然として
祈りのことばを口にする存在でもあるのだ。

強制収容所という極限状態の中にあっても、
「人間とは何か」
を問い続けた筆者。
この本が長く読み継がれている理由だろう。

アウシュヴィッツ強制収容所の訪問記は、
↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20130603/archive








AutoPage最新お知らせ