中欧旅行記・3 ウィーン  旅行関係

ブラチスラヴァから
旧西側のウィーンまでは、
1時間で着きます。

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オーストリアの位置は、ここ↓。

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まさに、ヨーロッパの中央。

650年間、
ハプスブルク家の帝国として君臨し、
第一次世界大戦までは
イギリス、ドイツ、フランス、ロシアと並ぶ
欧州五大国(列強)の一角を占めていました。
1918年、
第一次世界大戦の敗戦と革命により
オーストリア=ハンガリー帝国が解体し、
共和制(第一共和国)となりました。

多くの作曲家・演奏家を輩出し、
世界一のクラシック音楽大国として知られ、
名門オーケストラや国立歌劇場、
音楽学校を擁する首都ウィーンは
「音楽の都」と呼ばれています。
作曲家人気調査などでは
上位三傑はドイツのベートーヴェン、バッハに
オーストリアのモーツァルトが加わるのが常であり、
十傑でもブルックナー、シューベルト、マーラーといった
オーストリア出身者に、
ドイツ出身のブラームス(ブラームスを含む4人とも活動の本拠をウィーンに置いていた)
らが入ります。

その首都がウィーン。
ハプスブルク家の帝都。
今まで訪れた都市に比べて
大都会だと分かります。

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ガイドさんによれば、
「ウィーン」と発音するのは、日本だけで、
ドイツ語ではWien(ヴィーン)、
フランス語では Vienne(ヴィエンヌ)、
英語ではVienna(ヴィエナ)といいます。

ここでも、町の中央を、
北西から南東にかけてドナウ川が横切っています。

国立歌劇場

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年に300日公演しますが、
うち1晩を除いて、赤字
その1晩とは、
舞踏会の日。
客席を覆って開く舞踏会には、7000人が集まります。
普段は2400席しかないのですが。

その脇が、ケルントナー通り

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いつも人があふれています。

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歌劇場のチケット売り場。

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今日の演目はワーグナーの「ワルキューレ」。

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個人旅行だったら、観るのですが、
実はウィーンは2度目。
前回は1998年の12月。
個人旅行なので、
4泊の間、毎晩国立歌劇場とフォルクスオーパに通いました。
観たのは、
ウェーバーの「魔弾の射手」、
ベートーベンの「フィデリオ」
シュトラウスの「こうもり」
それにミュージカルの「ダンス・オブ・ヴァンパイア」。

↓はフォルクスオーパの宣伝と、

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バスで見たフォルクスオーパ。

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ここに来て、
韓国で観たミュージカル
「モーツァルト!」「エリザベート」の舞台であることを
改めて知らされました。
↓は、町のプレイガイドにあった
「エリザベート」のパンフレット。

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これも個人旅行なら、観たのですが。

↓この衣裳の人たちは、

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コンサートのチケット売りです。

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町中でコンサートをやっています。

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ハリウッド?と間違えそうなのが、

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星で飾った作曲家や指揮者の名前。
↓は、ヴェルディ。

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↓は、カール・ベーム。

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お土産物もモーツァルトがらみが多く、
↓のような店構え。

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旅行前にカミさんから
「ヘンなものを買ってこないでよ」
と厳命を受けていますので、
めったにお土産は買わないのですが、
↓のチョコレート、買ってしまいました。

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これが案外、うまい。

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それと、↓貴腐ワイン。

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オープンカフェは人であふれ、

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馬車での観光もあります。

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前回、ケルントナー通りに地下鉄の駅はなかったような・・・。

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市民の足は、路面電車。

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旧城壁を取り壊した環状道路を走っています。

市民のもう一つの足は、自転車。

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ヨーロッパは、どこでも自転車専用道路があります。

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ホットドックの店。

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ウィンナーソーセージではなく、
フランクフルトソーセージ。

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寿司屋もあります。

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この和食レストランは、

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こんなメニューが並んでいます。

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↓は、カフェ・モーツアルト

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映画「第三の男」の中で、
オーソン・ウェルズがジョセフ・コットンに
「カフェ・モーツァルトで落ち合おう」
というシーンがあります。

↓は、拝借した写真で、夜のカフェ・モーツアルト。

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工事中なのは、中央駅の工事。

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地下駅になり、
上は公園や住宅になり、
完成は2025年という、遥か先です。

ケルントナー通りの奥にある聖シュテファン教会

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その内部。

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色がついているのは、
窓に色がつけられているから。

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「その町の一番高い建物に登る」
という、いつもの基本方針に従い、南塔に登りました。
高さは137m。

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上から眺めるウィーンの町。

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ウィーン歴史地区は、世界遺産

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ここは、シェーンブルン宮殿
これも世界遺産です。

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ハプスブルク家の夏の宮殿で、
女帝マリア・テレジア
少女期のマリー・アントワネット
ここに住んでいました。
ウィーン会議が開かれたのも、ここ。

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ほとんどが庭園ですが、

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この建物に入れます。

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中は1441部屋ありますが、
見学出来るのは20部屋ほど。
残念ながら、撮影は全面禁止なので、
以下、写真集から借用。

ビリヤードの間。

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胡桃の間は、フランツ=ヨーゼフ皇帝の謁見の間でした。

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フランツ=ヨーゼフの書斎。

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フランツ=ヨーゼフの肖像。

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1848年に即位し、
1916年に亡くなるまで、
68年間帝国を統治しました。

エリザベート皇后

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1854年にフランツ=ヨーゼフと結婚し、
息子アドルフ皇太子の自殺などの不幸にみまわれ、
1898年、ジュネーブで暗殺されました。
愛称シシィと呼ばれて、国民の敬慕を集めました。
エリザベートと死神トートとの関係を描いたのが、
ミュージカル「エリザベート」。
このミュージカルがどうしてブロードウェイで上演されないのか、不思議です。

皇帝夫妻の寝室。

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エリザベート皇后のサロン。

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マリー・アントワネットの部屋。

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大ギャラリー。ここで舞踏会が開かれました。

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陶器の間。

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女帝マリア・テレジア。

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18人子供を産みました。
当時は子供の生存率が低く、
8人産んで2人成人になる程度。
政略結婚に用いるために子供を沢山産んだといいます。

家族に囲まれたフランツ一世とマリア・テレジア。

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子だくさんの上に乳母任せなので、
少し間があいただけで誰だか分からなくなるので、
着る服の色で区別したといいます。
たとえば、赤い服は長男(皇太子)というように。

マリア・テレジアの夏の住居。

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貴婦人の馬車行列の図。屋内でこんな遊びをしたのです。

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婚礼の昼食ディナーの図。

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当時は急いで食べるのがマナーで、
スープは二口、肉は二口だったとか。

ナポレオンの間。

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ナポレオンはウィーンを2回占領し、
そのたび、シェーンブルンを総司令部としました。
生まれた子供ナポレオン=フランツも、この部屋に住みました。

中庭は撮影OK。
庭園の総面積は、1.7平方q。
東京ドーム36個分の広さです。

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前回は、向こうの建物まで行った記憶があります。

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時間に余裕があったのでしょうか。

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何か物語を感じさせる彫像です。

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ここは、ベルヴェデーレ宮殿

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オスマン軍がウィーンに攻め込んだ時に

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総司令官として活躍した

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プリンツ・オイゲン公に贈られたもの。

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今はアートギャラリーです。

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中庭からのウィーン市内の眺め。

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石像の胸が黒ずんでいるのは、
幸運を求めてみんなが触るからです。

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ウィーンを訪れた天皇陛下ご夫妻が
このバルコニーに現れ、
偶然下にいた日本人観光客と交流なさったとか。

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さて、この後、バスはポーランドへ向かいます。

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「中央4カ国巡り」では
この後、チェコに入るのが普通。
どうして7時間半もかけてクラクフまで行くかというと、
アウシュビッツ強制収容所を見るためです。
それにしても、7時間半とは。

国境を越えて、再び「旧共産圏」に入ります。

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こうした景色が延々と続きますが、

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目を楽しませてくれたのは、

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この菜の花畑。

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菜種油を取るための畑です。

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オランダが寒すぎて見れなかった花の絨毯が
ポーランドで見れようとは。

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バスの中からは、こんな感じ。

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本当にきれいで、天国のよう。

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ポーランドの家は、

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こんなかわいい感じ。

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クラクフに着いたのは、
夜8時16分でした。

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