モン・サン・ミッシェル旅行記D さらば、モン・サン・ミッシェル  旅行関係

朝、窓の外を見ると、こんな感じ。

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さっそく城壁に登りました。

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こんなことが出来るのも、

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島内ホテルに泊まったからこそ。

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修道院が朝日に染まっています。

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お墓にも朝日が射します。

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朝焼けと島。

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島の市街地は

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迷路のように道路が広がっています。
そこで、探検。

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そこからの眺め。

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これは一番狭い階段。

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屋根の上に工事中の橋や

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干潟が見えます。

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百年戦争の時は、向こうに見える島まで英国軍が占領したといいます。

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古い、石造りの建物。

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グランド・リュの中程にある教区教会

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19世紀末に大修道院が廃院になった間、
代わって巡礼を迎えました。

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大天使ミカエルを祀った礼拝堂には、

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1877年、銀製のミカエル像が置かれました。

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裏の墓地には、
プラールおばさんの墓もあるといいますが、
みつけられませんでした。

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お墓は立派なものもあれば、
十字架が置かれただけのものもあり、

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花に埋めつくされたものもあります。

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日本語案内もある歴史博物館

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中の展示は、こんなです。

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日本語の案内があります。

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出たところに、次の博物館があり、
同じ切符で入れます。
料金は9ユーロ。(1200円)

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展示は、こんな感じ。

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後半は、蝋人形館となっています。

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時間を合わせて、
修道院付属教会で行われるミサに参加しました。
今日も、入場料は無料。
3回目ともなると、
館内の配置も分かるようになりました。

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このひもを引いて、鐘が鳴ります。

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歌声はよく響きます。

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ハーモニーもしっかり。
練習するんでしょうか。

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ガイドさんによって説明が違い、
島内の住民は、修道士10名を入れて26名位という説明もありましたし、

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修道士は3名が島内に住み、
修道女は対岸から通う、という説明もありました。

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礼拝の中で、
参加者と握手もします。

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一番重要な儀式、聖餐式

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キリストの体であるパンを食べ、
キリストの血であるぶどう酒を飲みます。

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参加者にも聖餐をほどこします。

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善男善女が並んで、聖餐を受けます。

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1時間余りの礼拝でしたが、
大変感動しました。
モン・サン・ミッシェルの教会で礼拝に参加できたことは、
一生の思い出になることでしょう。

昼食は、ここ、オーベルジュ・サン・ピエール。

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落ち着いた雰囲気で、

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窓の外を観光客が行きます。

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午前中と午後と、波があるようです。

これは、野菜サラダ。

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牛肉のステーキ。

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デザート。

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いよいよ島を去る時が来ました。

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振り返り振り返りしながら、
分かれを告げます。
モン・サン・ミッシェル、
さようなら。

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本当に、来てよかった。
さようなら。

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さようなら。

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さようなら。

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さようなら。

二日間とも晴天に恵まれました。
日本で見た予報では雨でした。
「晴れ男」の面目躍如、といったところ。

そしたら、喫茶店で冷たいものを飲んでいたら、雨。

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かなり、大粒の雨です。

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やまないので、
仕方ない、傘を差して集合場所に行くつもりで、
スーパーでお土産
↓プラールおばさんのサブレと

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娘が集めている↓スノードームを買って、

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外へ出ると、やんでいました。
本当に晴れ男です。

↓のような景色を見ながら、パリまで4時間半

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鳥の巣のように見えるものは、宿り木
鳥が種を含んだ糞を木の上に落として、
寄生した植物です。
フランスでは生命力の高い木として尊重されます。

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やがてセーヌ河が見えてきました。

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エッフェル塔と自由の女神が同時に見えるところ。

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アメリカ建国100年を記念して
フランス政府がアメリカに贈った
リバティ島のニューヨークの自由の女神の大元は、これ。
ニューヨークとパリで向き合う形に設置されています。

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ダイアナ妃の事故現場も通りました。

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コンコルド広場

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このオベリスクは、
エジプトのルクソールに二つあったうちの一つで、
エジプトから寄贈されたもの。
「クレオパトラの針」と呼ばれます。

オペラ座付近で解散。

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オペラ通りを少し行ったところに、

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和食レストランが集まる場所があります。

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そのうちの一つ、金太郎

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繁盛しています。

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メニューはラーメン以外にそば、うどん、牛丼なども。

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しょうゆラーメンを頼みましたが、
う〜ん、しょっぱい!
チャーシューとメンマはおいしかった。

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翌朝のホテルの朝食。

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二つ星と馬鹿にしましたが、
真心のこもった朝食でした。

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地下鉄→RERと乗り継いで、
シャルル・ド・ゴール空港第2ターミナルからアブダビへ。

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アブダヒ空港では、長い通路を歩かされます。

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途中みつけた
回教徒のお祈りの部屋。

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手と足の洗い場もついています。

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乗り継ぎ時間は今度は短く、1時間45分で、日本へ出発。

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帰りは9時間45分でした。
往復41時間かけ、
現地滞在は70時間
まさに「弾丸ツァー」ですが、
一つの貴重な体験となりました。

世界遺産訪問先の「重大な欠落」であった
モン・サン・ミッシェルの訪問を終え、
ちょっと安心。
只今、世界遺産は106

モン・サン・ミッシェル旅行記は、
これで終わり。
再び、中欧旅行記を再開します。


モン・サン・ミッシェル旅行記C 対岸へ  旅行関係

島に入ってすぐ、
要塞の門と王の門の間に、
レストラン、メール・プラールがあります。

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「メール」とは「おばさん」というような意味で、
アンネット・プラールおばさん、
つまり、名物オムレツの考案者

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オムレツ作りに必要なフライパンが展示されています。

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その上階が、ホテル・ラ・メール・プラール

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今回、私が泊まったホテル。
入口に受付があるだけで、
ロビーのようなものはありません。

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階段には、泊まった有名人の写真とサインが。

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部屋数は27しかなく、
私の部屋は最上階の一番最後の番号47。

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裏の階段から撮ったところ。
この二つの窓が私の泊まった部屋。
道理で部屋の天井が斜めになっているはずです。

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ちゃんとバスタブもあります。

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部屋の鍵。
4ケタの番号は、

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夜になるとホテルの人が帰ってしまうので、
ドアを開ける暗証番号

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パリからの日帰り観光は、
1時頃着いて、
5時に出発。
往復9時間かけてやって来て、
島の滞在時間は4時間弱。
島のホテルに泊まれば、
28時間は留まれますから、
ホテルを取ったのは正解でした。

島から対岸を眺めたところ。

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実は、今、工事中

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昔ここは、干満の差が15メートルもあるところで、
引き潮の時だけ徒歩で島に渡れました。
↓が、その頃の写真。

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おちおちしていると、
潮が満ちて来て、溺れ死ぬこともあり、
当時の巡礼は命懸けだったといいます。

今でも、試しに干潟を歩く人々はいます。

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しかし、観光地化して、
対岸とつなげたところ、

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人工的な堤防で水がせき止められ、
湾内に砂が堆積し、干潟が出現。
湾の生態系にも影響が出たため、
再生プロジェクトが進行中。

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堤防道路は撤去され、

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海水が自由に循環できる橋に変わります。

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こんな風に、再び海に浮かぶ島になります。

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それまでは、
この無粋な工事風景も我慢。

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島から対岸まで歩いてみました。

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途中、馬車とすれ違います。

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振り返り振り返りしながら見ると、
島が遠ざかります。

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道の最後で、
前を歩いていた男性が
さっと振り返ると、
「さよなら」とでもいうかのように
手を振ったのが印象的でした。

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再生プロジェクトの一環で誕生したクエノン河口ダム

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ダムの上のプロムナードデッキからはこのように見えます。

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ここからだと、海の上の島、に見えなくもない。

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対岸には商業施設があり、

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ホテルもありますが、
旅行パンフレットで、
「モン・サン・ミッシェル地区に宿泊」
と書いてあるのは、
このあたりのことで、
島に泊まりたい人は気をつけなければなりません。

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スーパーもありますが、
実質は土産物屋。

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島内に比べて、
同じものが2割方安い、
とテレビで紹介されていました。

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夕食はここ、ル・プレ・サレ

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プレは「牧草地」、サレは「塩味の」という意味。
湾周辺の塩分を含んだ草を食べて育つ仔羊は、
プレ・サレと呼ばれ、
かすかに潮の香りがするといいます。

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よく繁盛していました。

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日本人客が多いらしく、
日本語のメニューもあります。

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パンもおいしい。

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まず、ムール貝のワイン煮

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ものすごい数で、
数えながら食べたら、128個ありました。

仔羊のもも肉のロースト
焼き方がウェルダンとミディアム・レアの中間で食べやすい。

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デザートのシャーベットは、
下にお酒が入っています。

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しばらく対岸を散策。

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私の旅行恒例のが出ました。

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島に戻ると、夕焼けに修道院が染まっています。

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沈む夕日。

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只今午後10時。
西にあるので、落日が遅い。

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島内の城壁に登ります。

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夕焼けに染まる干潟。

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グランド・リュも人通りが少なくなりました。

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夜11時過ぎ、ライトアップ

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夜中の1時にもう一度撮影。

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明日は早起きで朝焼けを見ます。



モン・サン・ミッシェル旅行記B 島内へ  旅行関係

島に入るには、
正面から少し左に下がったところにある
前哨門から。

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町が最も栄えたのは、
百年戦争の際、
119人の騎士が山にたてこもって、
イギリス軍を撃退した時代。
その時、島は要塞化し、
城門の守りが固められました。

入ったところすぐにある観光案内所。
日本人観光客が多いんですね。

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次にあるのが、要塞の門

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脇には、
百年戦争中の1434年に、
攻撃に失敗したイギリス軍が放置して去った
臼砲が展示されています。

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最後が王の門
この呼び名は、
フランス王軍の駐屯隊宿営が2階部分にあったため。
手前には濠があり、
跳ね橋がかかっていました。
今でも鎖が残っています。

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そこから始まるのが、グランド・リュ
門前商店街で、ホテル、土産物屋、レストランが軒を連ねます。

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ゆるやかな坂道になっています。

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テレビでも紹介されたアイスクリーム屋。

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塩キャラメルが有名。
私も食べました。

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しばらくこの状態が続き、

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ある場所まで来ると、ばたりとなくなります。

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ここが、修道院への大階段

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修道院への入口。

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普通は、ここで入場料(9ユーロ)を支払いますが、
ストライキ中のため、スルーです。

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スローガンを書いた垂れ幕。

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建物にも垂れ幕。
世界遺産にストライキの垂れ幕がかかる光景など
めったに見れるものではありません。

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まず階段を登り、上階へ。

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西のテラス

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ここから、湾の干潟が見えます。

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石には、当時の石工のサインが。
このサインの数を数えて、賃金が決まったとか。

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子供たちへの教育。世界遺産で。うらやましい。

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西のテラスから見た、大修道院教会

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教会内部。

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南翼廊の彫刻。

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北翼廊の彫刻。
エデンを追われるアダムとイヴ。

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身廊北側壁面

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身廊南側壁面。1世紀を隔てて、様式が違います。

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天井は教会全体の重量を軽くするために、木製

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内陣奥の祈祷室で祈る修道女。

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柱廊式中庭

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普通の修道院では
建物の中央に置かれますが、
ここは平地が足りないため、
最上階に置かれています。

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建物の最上階にあるため、
天空の雰囲気を目指した設計です。

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ここも天井は木製です。

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回廊を巡りながら、
修道士は祈りました。

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修道士の食堂

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ここも天井は木製。

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説教壇に着く修道士が聖書を朗読するのを聞きながら、
沈黙の中、食事をしました。
音響効果が素晴らしく、
朗読の声は広間一杯に響きわたりました。

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下に降りる階段にある像。
聖ミカエルがオベール司教の頭に指を当てています。

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客間

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重さを支える太い柱。

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ここは、牢獄納骨堂だった場所で、

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下から食糧を引き上げる荷物昇降機が使われました。

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大きな輪の内側を人間が歩いて
動かす仕組みです。

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聖ステパノ礼拝堂

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ピエタのキリストの首がもげています。

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騎士の間
光が入り、暖炉もあるので、
写本などがされていたようです。

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貯蔵庫では、写真集の展示中。

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素敵な写真が沢山あります。

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この聖ミカエルの像は、

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修道院の頂上にあるミカエル像↓のレプリカ。

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ここから屋外に出て、

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メルヴェーユ(驚異)」と呼ばれる
北側ファサードの下を通ります。

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ヴィクトル・ユーゴーは、
世界一美しい壁」と讃えました。

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ここで、修道院前の道に戻りました。

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この後、対岸に行き、
夕景を眺めます。



モン・サン・ミッシェル旅行記A モン・サン・ミッシェルへ  旅行関係

7時20分の集合時間に合わせて、
ホテルを出発。
ホテルの朝食は7時からなので、
どこかで食事をしなければなりません。
しかし、コンビニなどという便利なものはパリにはありません。
アメリカで生まれたコンビニ文化は、
アジアでは花開いたものの、
50年たっても、
ヨーロッパでは全く業態的に受け付けません。
宗教的問題、法律的問題で
小売店の営業時間は制限されていますので、
朝7時前後などに開いている店は一軒もありません。

そこで、地下鉄のホームで各駅にある
↓の自動販売機で

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ワッフルと飲み物をゲット。

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駅のベンチで朝食です。
何だか淋しいですが、
薬を飲む関係で、
こんな貧しい食事となりました。

待ち合わせ場所のギャラリー・ラファイエット

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時間になると、旅行会社の係員がやってきました。

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まず、最初に強烈パンチ。
「モン・サン・ミッシェルは、今ストライキ中なので、
入れないかもしれません」
聞けば、島内のホテルや土産物屋の従業員の送迎バスが
6月からなくなり、
一般観光客と同じバスで島に行かなければならず、
バス停から徒歩で不便なので、
送迎バス復活のストをしているのだそうです。
なにしろ島の住人は26人しかおらず、
後は対岸からの通い。
「でも、今日と一昨日は
入場料を取らずに入れていましたから、
多分大丈夫と思います。
他の日にしますか?」
と言われても、
この日しか取っていませんから、
とにかく行くしかありません。

このパリからのツァーの参加者は15名。
うち6名が現地に泊まり、
残りの9名は日帰り。
6名は翌日のツァーのバスがピックアップしますから、
旅行会社は経費の負担はありません。
ホテルの手配も自分でするのですから、
リスクも手間もない。
なのに、日帰りと一泊で料金が違うのは、
万一、ツァーが非開催になった時に
ピックアップするためだけに現地にバスを派遣する
保険料なのでしょうか。

ちなみに、6名のうち3名は、
現地に泊まって
翌日、バスと列車を乗り継いで自力でパリに帰る人たち。
泊まるホテルは島の対岸で、
島内に泊まったのは、私だけでした。

入れないかもしれない、
という不安を抱きつつ、
バスは出発します。

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モン・サン・ミッシェルは、
パリから見て、ほとんど真西

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パリを出たら、すぐに、この風景。

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フランスは農業国だと分かります。

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途中トイレ休憩で立ち寄ったレストラン。

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自家製のりんごジュース。2ユーロは安い。

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お菓子には「甘い」という日本語が。

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オーナーが、オールドカーのコレクターのようです。

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途中立ち寄ったボンレヴェックの町。

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美しい川が流れ、

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ノルマンディー風の建物が連らなります。

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すっかりこの町を気に入ってしまいました。

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一度、ゆっくり訪れてみたいものです。

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再び、こんな景色の中をバスは進みます。

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途中、アヴランシュの町の教会が見えます。

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この町は、モン・サン・ミッシェルとは縁が深く、
西暦708年、
この町のオベール司教という人のところに
大天使ミカエルが現れ、
「あの島に礼拝堂を建てよ」
と命じました。
しかし、司祭はただの夢だと思ってしまいます。
2度までそういうことがあり、
すると、大天使は再び現れ、
「頭の中によく刻み込め」
と司祭の頭に指を突っ込みました。
目覚めた司祭は、
頭に穴が開いているのに気付き、
「これは夢ではない、まさに御告げだ」
と信じ、
島の山(トンブ山=墓の山)の上に礼拝堂を建てました。
アヴランシュの教会の宝物殿に行くと、
オベール司祭の穴の開いた頭蓋骨が祭られています。

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モン・サン・ミッシェルの
モンとは「山」、
サンは「聖」、
ミッシェルは大天使の名前。
ミッシェルはミカエルのフランス語読み。
英語ではマイケルとなります。
つまり、
モン・サン・ミッシェルとは「聖ミカエルの山」の意味。

しばらく行くと、

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はるか遠くに、モン・サン・ミッシェルが見えてきました。

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交通標識もこのとおり。

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島には直接車は入れなく、
対岸でバスから降ります。
このホテル、ルレ・サンミッシェルのレストランは、

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モン・サン・ミッシェルを眺めながら

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食事が出来るレストランとして有名。

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ガラス越しに見るモン・サン・ミッシェル。
わくわくします。

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時間が合ってしまったのか、
レストラン内は日本人客で一杯。

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こんな豪華なツァーや

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おなじみのトラピックスも。

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われわれパリ組も好位置をゲット。

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日本語の説明もあり、

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前菜はモン・サン・ミッシェル名物のオムレツ

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玉子に牛乳とクリームを加えて、よく泡立て、焼いたもの。
このオムレツが生まれたのは1880年頃で、
島に渡って来る巡礼のために
「すぐ食べられて栄養たっぷりの料理を」
マダム・プラールが考案したのが始まりとか。

バスのガイドは別の説明。
島に、本土のお偉いさんが来ることになったが、
玉子が3個しかない。
そこで牛乳とクリームを加えて泡立て、
いわば、「水増し」して作った料理。
しかし、「うまい」と評判を呼び、
名物料理になったとか。
どっちが本当でしょうか。

味は薄味。
口の中で溶けるが、おいしいものではありません。

これは前菜で、
島内で食べると、
もっと大きいものが出るようです。

メインは豚肉料理。

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それに、デザート。

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馬車でも行けるようです。

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島の東西方向の断面図↓。

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南北方向の断面図↓。

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山の頂上に礼拝堂が乗り、
それを脇の建造物で支える形をしています。

オベール司教の建てた当時は
↓のような簡素なものでしたが、

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966年には
ノルマンディー公リシャール1世が
ベネディクト会の修道院を島に建て、

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増改築を重ねて、

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13世紀にはほぼ現在のような形になりました。

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しかし、すごいですね。
当時の建築技術。
イギリスとの百年戦争(1337〜1453年)の期間は
島全体が英仏海峡に浮かぶ要塞の役目を果たし、
城塞の形に改築されました。
18世紀末のフランス革命時に
修道院は廃止され
1863年まで国の監獄として使用され、
その後荒廃していましたが、
ヴィクトル・ユゴーがここを訪れた際の
「モン・サン・ミッシェルは、
フランスにとって、
エジプトにとっての
ピラミッドに値する」

の紹介がナポレオン3世を動かし、
1865年に再び修道院として復元され、
ミサが行われるようになったのです。

昔は島で、
大潮の時だけ地続きとなりましたが、
今陸との間に堤防が作られ、
↓このバスで行くことが出来ます。

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バスに乗って、出発。

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次第に近づいて来ると胸が踊ります。

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ついに到着。

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いよいよ島内に入りますが、
それは、明日。


モン・サン・ミッシェル旅行記@ パリへ  旅行関係

それでは、忘れないうちに、
モン・サン・ミッシェル旅行記を書いてしまいましょう。
(中欧旅行記は、しばし中断します。)

今度、急遽旅行をする契機になったのは、
3泊のホテル付き、
燃油サーチャージ込みで99,800円という格安ツァーを見つけたこと。
しかし、それは、アブダビ経由でした。

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昔、ヨーロッパに行こうと思ったら、
アンカレッジ経由の北極回り空路が普通。
モスクワ経由もあり、
もう一つが南回りルート。
バンコクやカラチなどを経由するので、時間がかかります。
私がイタリアに初めて行った時、
オリンピック航空というギリシャの航空会社で、
アテネを含めて、2、3箇所給油で立ち寄りました。

その後、長距離を飛ぶ飛行機が出来て、
シベリア上空をノンストップで行くのが主流になり、
アンカレッジ経由の便はなくなりました。
同時に南回り経路もなくなったと思っていましたが、
ドバイ、アブダビ、ドーハ経由の
こうした便の形で残っていたんですな。

今回の航空会社はエティハド航空

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ご覧のとおり、ガラガラ。

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1〜2割の搭乗率で、経営状態を心配するほど。
だから、安売りツァーに利用されるのでしょう。
出発間際に4人席に移りましたので、
横になって寝ることが出来、快適でした。

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機内エンタテインメントも充実。
ハンドセットの操作性もスピードもピカ一の速さ。
日本語で観られる映画は14本。
うち10本が既に観た映画だったので、
残りの4本を観ました。

出発前、照明がこのようになります。

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機内食は和食が充実。
行きは食べられましたが、
帰りは一つ前の席で和食は終わってしまいました。

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エティハドの毛布は、
大きい上に暖かい。

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只今、インド上空を通過中。

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アブダビ到着
深夜3時36分。
ぴったり11時間。
直行便なら、あと1時間半でパリに着いているのに。

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長い長い通路を歩いて、

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ターミナルを移動。

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この景色は、見たことがあります。

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ここで6時間の待機。
長かった。

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航空会社の毛布を借りて、
ひと眠りする人も。
この席は奪い合い。

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現地通貨しか使えないので、
飲み物も買えません。

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タバコ飲みの人たちは隔離。

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朝9時30分、パリに出発。
意外や、機材はエア・フランスです。

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小さな画面。
それでも、日本語で見られる映画は5、6本あります。

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いよいよパリに到着。
成田を出てから23時間半
やれやれ。

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シャルル・ド・ゴール空港第2ターミナルは、初めてです。

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ホールAからホールFまで6つあり、
しばらく歩いて、ホールCとEの間に
市内へ行く郊外列車RERの乗り場があります。

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チケット購入は、自動販売機で。
クレジットカードしか受け付けてくれません。
9ユーロ50(1250円位)と、意外と安い。

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列車はこんな。

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路線図があるので、安心です。

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車内は空いています。

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線路と

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駅のホーム。

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乗り換え駅のダンフェール・ロシュローまでは、35分くらい。

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ここで地下鉄に乗り換えて、

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ホテルのあるアレージア駅へ。

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地下鉄の出口は切符は必要なく、押すだけ。

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突然路上に出ます。

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アレージアの交差点。

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この商店街を20分ほど歩き、

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一つ道を間違えて、戻って、
ようやくホテルに到着。

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空港への出迎え、ホテルへの輸送は別料金7800円取られますが、
自力で節約。
空港の案内図、市内への移動は「地球の歩き方」がなければ無理。
ホテルへの地図もネットのマップがないと無理。

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ホテルのロビー。

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エレベーターの外ドアは、手動です。

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ふーむ、狭い。

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バスタブなし。
仕方ないか、2つ星だし。
料金が安いし。

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この時点で、午後6時。
シャワーを浴びて、
路上駐車の道を通って、

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再びアレージアの交差点へ。

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明日の集合場所までの経路を下見。
バリの地下鉄は1.70ユーロ(220円位)の均一料金。
1日乗車券5.60ユーロ(740円)を購入。

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パリの地下鉄は14の路線があり、
各線の終着駅が重要。

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乗り換え駅では、
路線番号と終着駅を辿ると乗り場に到着します。

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ホームには、
次の電車と次の次の電車の到着までの時間が出ていて、親切。
これで、次の駅の表示があれば、
申し分ないのですが。

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ドアは自動で開くのと、
自分で把手を操作して開くのとがあります。
ボタン式もあります。
日本みたいに開くのを待っていると、
降り遅れます。

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集合場所のギャラリー・ラファイエットを確認して、
残りの時間は観光。
実は、パリは6回目で、
基本的な位置関係は頭に入っています。

まず、↓オペラ座から。

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装飾の彫刻が素敵。

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オペラ通り。

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ルーヴル美術館

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「ダ・ヴィンチ・コード」によれば、
このピラミッドの下に、あるものが埋まっているとか。

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ガラスを通して見た、中の様子。

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その後、セーヌの右岸を歩きます。

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遠くにシテ島のノートル・ダム寺院が見えます。

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河岸では若者たちが時間をつぶします。

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何か敷いたらどうなのか。

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岸の通りには、美術関係の屋台が。

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ポン・ヌフ=新しい橋。

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今は7時半ですが、
サマータイムと北に位置するせいで、
太陽がまだ高い。

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ノートル・ダム寺院の前に無粋な構築物が。
着工(1163年)から850年の記念の展示です。

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寺院の前には階段が。

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でも、階段の上から写真がよく撮れます。

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階段の下ではストリート・ミュージシャンが
音楽を奏でます。

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この行列は

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オルガンコンサート。

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無料なので、入ってみました。

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これがパイプオルガン。

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ノートル・ダム寺院の脇のレストランで、夕食。

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ガレットという料理です。
そば粉・水・塩などを混ぜて寝かせた生地を
熱した平鍋またはガレット調理専用の鉄板に注ぎ、
こてで薄い円形に伸ばす。
クレープと異なり片面だけを焼き、
生ハムなどの肉類、魚介類、
おろしたグリュイエールやゴーダなどのチーズ、
鶏卵、サラダなどで飾って提供する。
卵は、焼いている途中のガレットの上に割り込み、
目玉焼きのようにして火を通す。

もともとはブルターニュ地方の貧しい家庭(自給自足農家)の料理で、
生地はそば粉、卵、水だけで、暖炉で焼いていたもの。
それが、パリのノートルダム寺院の側の
レストランで食べられる、というわけです。

凱旋門

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シャンゼリゼ通り

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その中程にある、
シアターレストラン「リド」。

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そういえば、以前は来るたびに
ここでショーを観たものでした。

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シャイヨー宮から観るエッフェル塔
建築当時は不評だったのが信じられない、
今はパリの顔。

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この時点で、午後10時。
ライトアップにはまだ時間があります。

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人通りのない道を歩いて、
ホテルのヴィラ・ドゥ・メーヌに着いたのは、
午後11時。

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さて、明日は、
今回の旅行の目的地、
モン・サン・ミッシェルに向かいます。





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