ベルギー・オランダ旅行記・11 アンネ・フランクの家  旅行関係

アムステルダムのプリンセン運河沿いに

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西教会があり、

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その脇、

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プリンセンフラハト263番地

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そこが、アンネ・フランクの隠れ家だった場所です。

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朝から行列が出来、

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その記念館の開場を待っています。

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入口では、
各国語の説明資料が配られます。

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これが、その日本語版。

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館内は撮影禁止です。

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アムステルダムの町は、
奥に深く、
父・オットー・フランクは、
オペタクとペクタコンという二つの会社を持っており、
そのジャム工場と
肉用調味料の製造工場の奥に
隠れ家を作ったのです。

中立を宣言していたオランダに
ドイツ軍が侵攻してきたのは1940年。
フランクフルトから逃げて来た
アンネ・フランクの一家は、
この隠れ家に1942年7月6日、
移り住み、それから2年間、
他の家族も交えた8人で生活することになります。

昼間は工場に人がいるため、
声も発せず、
水も流すことも出来ない生活。

↓は、その模型。

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屋根裏のような狭い場所かと思っていたら、
意外と広い。

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1942年6月12日から
1944年8月1日まで
アイネは日記を付けました。
13歳から15歳までの2年間。

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その3日後、8月4日に
ナチス親衛隊幹部が隠れ家を訪れ、
8人と協力者2人は逮捕、
それぞれ強制収容所に入れられました。
アウシュビッツの強制収容所がロシア軍に解放され
生還した父・オットー・フランク以外、
全員が強制収容所で亡くなっていました。

8月4日の連行の後、
階下の事務室で働いていたミープ・ヒースは、
アンネの日記を自分の机の引き出しに保管し、
ただ一人生還したオットーに日記を渡しました。
オットーは長らく考慮を重ねた末、
アンネの日記を公刊することに決め、
それが世界的に広がっていきました。

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1960年、
オットーは隠れ家を博物館にするために、
ここを訪れました。
その時の写真が↓。

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ただ一人生き残ったことを責めているような表情が印象的です。

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「アンネの日記」は、
1959年、ジョージ・スティーヴンス監督によって映画化されました。

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アンネ役を演じたのは、ミリー・パーキンス

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アカデミー賞には作品賞を含む8部門にノミネート。

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同居人、ファン・ダーン夫人を演じた
シェリー・ウィンタース助演女優賞を受賞しました。

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他に撮影賞(白黒)、美術賞(白黒)も受賞しています。

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今回の旅行の間、
2度ほど泣きだしたくなるような気持ちを味わいました。
一度目が、アントワープの教会でルーベンスの絵
「キリスト昇架」「キリスト降架」の2枚の絵の前に立った時。
もう一度が、アンネ・フランクの家を訪ねた時です。

祈りの蓄積した場所
悲しみの降り積もった場所は、
そこに立つだけで、
魂が共鳴するのか、
こみあげるものがあります。

表に出たら、
行列は朝よりも長く続いていました。

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最後に訪れたのは、ダム広場

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王宮

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第二次世界大戦の戦没者の塔

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広場の裏側にあったロシア風の建物。

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マダム・タッソーの蝋人形館も、この広場にあります。

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この新教会は、

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4月30日に行われた、
新国王の即位式の会場となりました。

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ベアトリックス女王が退位し、
33年ぶりに
ウィレム・アレキサンダー皇太子に王位を譲りました。

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ベアトリックス女王とウィレム皇太子と
王妃のアルゼンチン出身のマクシマ・ソレギエタさん。

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スキポール空港では、
驚愕の光景が。
この空港、
チェックインが自動なだけでなく、
荷物を預けるのも自動化。

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搭乗券をパネルにかざすと、
荷物のタグが出て、
それを自分で荷物に付けます。

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そして、ボタンを押すと、
控えのタグが出ると共に、
荷物が向こう側に。

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常日頃、
自動チェックインでも
荷物を預けるのにまた並ばねばならず、
同じことではないか、
と思っていましたが、
ここまで進んだか。

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さて、帰りは少し早く10時間10分。

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日本海の上を飛びましたから、
北朝鮮がミサイルを発射したら、
航路を変えなければならなかったところです。

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これで、
ベルギー・オランダ旅行記は終わりです。
長いことご愛読、ありがとうございました。


プラハ観光  旅行関係

今日は、午前中を使って、
プラハ市内観光。
プラハ城、聖ヴィート大聖堂から
カレル橋を通り、旧市街へ。
もちろん世界遺産です。
旧市街広場の建物を眺め、
小道を通って、ワクワクする思いを味わいました。
「その町の一番高い建物に登る」たいう方針に従い、
天文時計のある旧市庁舎へ。
また階段を登らされるかと思ったら、
エレベーターで最上階へ。
赤い色をしたきれいな屋根の連なりを眺めました。
バスは国境を越えて、ドイツへ。
ケムニッツという町で泊まり、
明日は、ドレスデン経由で、
最終目的地ベルリンへ。

『何者』  

〔書籍紹介〕

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先の直木賞受賞作

就活(就職活動)に励む
大学3〜5年生の群像を描く。

二宮拓人は劇団をやめ、
鬱々たる就活に励んでいる。
同居人の光太郎は、
ライブ活動をしていて、
人気を集めているが、
そろそろやめ時。
田名部瑞月は、
その光太郎と付き合っていて、別れたが、
まだ想いは残っている。
その瑞月を拓人は密かに想っている。
小早川理香は、
拓人たちのアパートの上階の住人で、
瑞月とは友人、
同居人に宮本隆良がいる。
隆良は休学中で他人のホームページでコラムを担当している。
烏丸ギンジは、
演劇集団の座長として、月1回の公演に勤しんでいる。

全員がツイッターをやり、
この本の中に
そのツイッターがしばしば登場する。

これが現代の学生気質か、
というような、
とりとめのない毎日が
とりとめなく過ぎる様を描写する。
エントリー・シートや面接やの日常で
お互いの就活状況を延べあう状況の中で、
題名にある「何者」かであろうとする
呻吟を描こうとするのだが・・・

就職サイトがオープンする十二月一日が近づいてくると、
就職活動を個人の意志のない
世間の流れだと言い始める人が出てくる。
自分は就職サイトに登録しなかった、
というさりでない一言を利用して、
自分は就職活動に興味がない
ちょっと変わった人間です、
というアピールをしてくる人が出てくる。
まるで、興味、関心がないことが
優位であるというような話ぶりで、
「企業に入るのではなく、
何者かである
個人として生きていく決断をした」
という主張をし始める人が出てくる。
「就活就活って人を見てると、
なんか想像力がないんじゃないのかなって思う。
それ以外にも生きていく道はいっぱいあるのに
それを想像することを放棄してるのかな、って」


こういう意見は、
実は「負け犬」の論理であるということを、
大人は知っているのだ。

「だって会社って、
考え方が合うわけでもない人たちと
同じ方を向いて仕事しなくちゃいけないんだろ?
その方向っていうのも、
会社が決めた大きな大きな目標なわけで、
納得せずに、
自分を殺して、
毎日毎日朝から晩まで働くって、
そんなの難の意味があるんだよって俺は思う。
自己実現が人間にとって一番大切だって、
どこかの哲学者も言ってただろ」


まあ、そんなたわごとは、
就職経験してから言ってくれ。

「いい加減気づこうよ。
私たちは、何者かになんてなれない。
自分は自分にしかなれない。
痛くてカッコ悪い今の自分を、
理想の自分に近づけることしかできない。
みんなそれをわかってるから、
痛くてカッコ悪くたってがんばるんだよ。
カッコ悪い姿のままあがくんだよ」


こうした観念的な議論が延々と続く。
そして、その論理の欺瞞を
瑞月が隆良を責め、
理香が拓人を追及する。

結局、
就職前の半端な学生たちの
半端な議論だけ。
未熟な人間
生煮えな考えの披瀝。
それを彩るツイッターの記述。

自分の学生時代を思い浮かべて
赤面してしまった。

直木賞の選考委員の選評も、
どこか腰が引けている。
阿刀田高の
「一般論として言うのだが、
昨今の若い作家の作品には
自分を中心にして千メートル以内の世界を描いたようなものが多く、
もっと想像力の豊かな小説を待望しているので、
『何者』にもそんな傾向を見てしまったのである。
だが他の委員より
就活に悩む学生たちがさまざまな情報や評価に踊らされ、
自分が何者なのか、
周囲は何者なのか、
喪失感に陥り、
それが今日的な大きな問題であることを指摘され、
この作品の評価が変わった。」

というのが、選考会の雰囲気を伝えて興味深い。

「何かここには新しいものがあるのではないか」という
目新しいものに触れた時の選考委員の
戸惑いと劣等感と恐怖心が感じられる。

これにくらべて
もう一つの受賞作「等伯」は堂々たる内容。
2作同時受賞は「等伯」に対して失礼というものだ。


テルチとチェスキー•クルムロフ  

今日は、チェコ内を移動、
テルチとチェスキー•クルムロフという
二つの町を訪れました。
どちらも16世紀の街並みが保存された
世界遺産です。
テルチは本当に小さな町で、
1530年、火事で全焼したのを、
当時の領主がお金をだして、
全てルネサンスかバロック様式で
建て直させた町。
チェスキー•クルムロフは、
大きく湾曲して流れるヴルタヴァ川に
抱かれるように作られた町で、
領主の移転で廃墟になっていたのを、
せっかく美しい街並みが残っているのだからと
復活させた。
共産主義政権も粋なことをしたものです。
どちらの町も古いものを
保存し伝達する気持ちがあふれています。
夜は、プラハへ。

ベルギー・オランダ旅行記・10 再びアムステルダム  旅行関係

アムステルダムは運河の町

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どこを見ても絵になります。

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家がくっついて建てられています。

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傾いています。

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自転車の町でもあります。

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道路には、必ず
自転車専用道路が併設されています。

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だから、安心。

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町のありとあらゆるところが自転車置場になります。

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スイスイと長身のお嬢さんたちが行きます。

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ついに平均身長で、北欧を抜き、世界一になったといいます。

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18歳以上の人が
男性で平均180p
女性で平均170p

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レンタサイクルも盛ん。
個人旅行なら、きっと借りていたでしょう。

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市電も市民の足。

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王立美術館に行きました。

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この「I amsterdam」という洒落の看板、
 
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至るところで目にしました。

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実は、この美術館、
改装中だったのが、
4月13日にオープンしたばかり。

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ラッキーです。

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館内の装飾も修復。

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というのは、
質素、倹約を美徳となすプロテスタントの影響で、

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壁の宗教画が塗りつぶされていたのを、復活させたのです。

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素晴らしい天井の下、

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正面にレンブラントの「夜警」が見えます。

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長い間、絵画の発注者は、
金のある教会か貴族だけでしたが、
市民革命により、
市井の市民が金を出せば、
絵画の絵の題材になる時代が訪れたのだといいます。

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レンブラント「ユダヤの花嫁」(「イサクとリベカ」とも)

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同じくレンブラントの「自画像」。

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フェルメールの2点しかない風景画のうち「小路」

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フェルメールの「恋文」

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フェルメールの「牛乳を注ぐ女」。これは本物。

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フェルメールの「手紙を読む青衣の女」

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これで、見たフェルメールが一挙に4作増えました。

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レンブラントの「夜警」の前には、
いつも人だかり。

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『夜警』はオランダ黄金時代の絶頂期であった
1642年に完成。
題名となった市民隊(火縄銃手組合による市民自警団)が
出動する瞬間を描いています。
黒い服に隊長の印である赤い飾り帯を斜めにかけた隊長と、
その右横の黄色の服を着た副隊長は
隊を率いて動き出そうとし、
その周辺では銃に火薬を詰める隊員や銃を構える隊員が銃の技量を示し、
鼓手がドラムを構え、
後ろでは旗手が隊旗を掲げています。
一斉に人々が動き始めたため、
その下では犬が吠えたて、
左には少年が走り回っています。
各隊員はそれぞれ異なった方向に体を向け、
多様な表情を見せています。

この絵は描かれてから長い年月が経ち、
表面のニスが変色し黒ずんだため、
夜の風景を描いた絵=「夜警」であるという
誤った印象を与えるようになりましたが、
20世紀に入り、
二度の洗浄作業でニスが取り除かれた際、
絵は明るみを取り戻し
実は、昼を描いた絵であることが明らかになりました。

1715年、
それまで掲げられていた火縄銃手組合集会所のホールから、
アムステルダム市役所に移された際、
市役所の部屋の二本の柱の間に絵がきちんと納まるように
はみ出す部分が切り落されてしまいました
弟子による模写が
脇に飾られており、
これから元の状態を推測することができます。

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しかし、レンブラントの絵をカットするとは!
発注を受けた技師が悩む姿は、
小説の題材になりそうですね。

その他、武器の収集や

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楽譜の収集も豊か。

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館内を一応くまなく巡り、

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いろいろなものを目にしましたが、

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長崎の出島のミニチュアという珍しいものも。

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「ワーテルロー」

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きっと6人でお金を出し合ったんでしょう。
「俺が真ん中だ」
「いや、一番金を出した私が真ん中に」
「ここは、先輩を立てるべきでしょう」
などという議論があったのかなかったのか。

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素敵ですね。この形。

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日本の「キモノ」も展示されています。

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スカーレット・ヨハンソン?

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その後、ダイヤモンドの工房へ。

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何カラット?

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ダイヤをダイヤで研磨する。

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ダイヤを評価する「4つのC」。

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カラット(Carat)=重さの単位。1カラットは0.2ミリグラム。
透明度(Clarity)。
色(Colour)
カット(Cut)

この後は、商品説明。

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つまり、「買って下さい」。

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「ポケットに入れない限り、
自由にお手に取ってご覧下さい」
と言われました。

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どんどん品数が増えます。

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それでも、
10万円級のものが二つ売れました。
カミさんを連れて来なくてよかった。

クリスタルで、こんな商品もあります。

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ミッキーも。

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美しい絵とダイヤで、眼福、眼福。





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