南米の旅・6 ナスカの地上絵 旅行関係
今回のツァーも
いつもの阪急交通社のトラピックスです。

最少催行人数10名のところ、
15名参加ですから、
旅行会社としては充分ペイしています。
15名の内訳は、
一人参加が男性5、女性4、
男性の二人連れが1組、
女性の二人連れが1組、
ご夫婦が1組でした。
一人参加の男性は、
定年退職者が私を含めて2名、
自営業者でリタイアした方が1名、
転職の狭間に長期旅行、という若者が2名。
一人参加の女性は、
主婦が2名、
就職前の長期旅行が1名、
仕事を2年間中断して、その間旅行三昧という方が1名。
ツァーには珍しい男性の二人連れは、同郷の幼なじみ。
女性の二人連れは、
以前別のツァーで知り合いになって、
じゃ、今度ご一緒しましょう、という方。
女性ではこういう方が結構います。
年齢は23歳から75歳まで。
お住まいは秋田、山口という方が最も遠方。
あとは神奈川県、千葉県、東京都といったところ。
通常、こういうツァーでは、
お互い名乗りませんが、
2週間という長さであり、
私は全員のお名前を把握しました。
昔のツァーは、参加者名簿などを配りましたが、
そのうち、お名前と出身地○○市まで記載されたものとなり、
やがて参加者名簿はなし。
それでも車内で自己紹介をするなど、
知り合いになるきっかけを作りましたが、
今は「個人情報」やらなにやらで、
全くしなくなりました。
「旅は道連れ、世は情け」
というのではなく、
全くの「同乗者」。
人一倍気を使う私のような人間は、
食事の時の場を持たせたり、
なにかと大変。
さて、今日はナスカの地上絵へ。

リマの町を出ると、
ご覧のような住宅事情。

ほとんどが不法滞在者だといいます。

バスはアメリカンハイウェイを一路南へ。

このアメリカンハイウェイ、
アルゼンチンからアラスカまで続く道路です。
道の脇には、こうした宣伝ボードが並びます。

テーブルマウンテン?

こうした景色が

延々と続きます。

民家の最上階が鉄骨むき出しなのは、

「まだ未完成」ということで、

税金逃れをするからだとか。

こういう生活臭むんむんの

光景が好きです。

このあたりに来ると

こういう三輪車が走っていますが、

リマでは見かけなかったのは、
何らかの交通規制が行われているからでしょう。

車内で回って来た紫トウモロコシ。

ペルーにはトウモロコシが1200種、
ジャガイモが3000〜5000種類あるそうです。
「すこしずつむいて食べて下さい」という伝言で、
5粒ほど食べましたが、
あとでガイドさんの
「生だから食べないで下さい」
との説明に、
一同「ゲ〜〜ッ」。
途中立ち寄った土産物屋。

こういう土産物を見ると、

ペルーに来た、

と感じます。

色合いが独特。




ここはピスコ空港。

実はナスカまではリマから車で450q、約8時間。
しかし、最近は、
200qほど手前のピスコから
飛行機で30分ほどかけて
地上絵の上空に行くルートが主流になりつつあります。
これだとリマから250q、約4時間。
小型のセスナ機に乗りますので、
体重を計って座席が決まります。

これが座席表。

2、5、8、11番の人は窓際でなく、
この座席配置は疑問。
私の席はさいわい4番でした。
これが搭乗券。

セキュリティチェックがありますが、
セスナをハイジャックする人などいないでしょう。

バスで飛行機まで。

操縦席は丸見え。

いよいよ離陸。


良い眺め。

カーナビならぬフライトナビ?

眼下には、アメリカンハイウェイが見えます。


紀元前後から800年頃にかけて、
海岸から80qほどの乾燥地帯に栄えたのがナスカ文化。

そのナスカの人々が
広大な大平原に描いたのが、地上絵。

描いた方法は、
地面の黒い土や石をどけて
白い地肌をあらわしたのだと分かっています。
ほとんど雨が降らない場所のため、
現在まで残りました。
上空からしか認識できない巨大な絵を
何のために残したのか。
今だに謎です。

宇宙人説、星座を表すカレンダー説、
宗教儀礼説など様々。
ただ、当時の人々は、
後にこれがペルーの観光資源になるなどとは夢にも思わなかったでしょう。

いよいよ地上絵の上にさしかかります。

副操縦士が
怪しげな日本語で、
「行キマショウ。
翼ノ下、翼ノ下。
分カッタ? 分カッタ?」
と言いますが、
そのあんたの説明が分からない。
探している間に過ぎてしまいます。
↓の上の方に見えているのは、クジラ。

↓山肌にあるのは、宇宙人。

↓は、サル。

↓は、コンドル。

↓は、オウム。

↓は、ハチドリ。

同じくハチドリ。

このあたりは、
パルパの地上絵と言われるあたりで、
↓は、スター。

図では、こんな配置です。

帰りは、ご覧のとおり。

ナスカの地上絵は、期待したほどではなく、
あれなら気球で回る方がいい。
時間がどれだけかかるか分からないし、
気球が飛んでいたら、
セスナが飛べないでしょうが、
見せ方は一工夫した方がいいと思いました。
「世界三大がっかり」というのがあって、
シンガポールのマーライオン
コペンハーゲンの人魚姫
ベルギーの小便小僧
他にシドニーのオペラハウス、ライン河のローレライ
を上げる人もいますが、
ナスカの地上絵もそれに迫る勢い。
少なくとも往復8時間もかけて
(ナスカまでだと往復16時間)
見る価値があるとは思いませんでした。
ただ、デザイン的には面白く、
↓は、レストランのランチョン・マット。

↓は、飛行機会社の
ナスカ地上絵搭乗証明書。

ピスコの海岸。
このあたりまで、
3・11の津波は押し寄せました。

太平洋。
このはるか向こうに日本があると思うと、不思議です。

リマでの夕食はバイキング。


ここではショーのおまけが付きます。






さあ、明日はクスコに発ち、
3000m級の高地での生活が始まります。
高山病が心配。
いつもの阪急交通社のトラピックスです。

最少催行人数10名のところ、
15名参加ですから、
旅行会社としては充分ペイしています。
15名の内訳は、
一人参加が男性5、女性4、
男性の二人連れが1組、
女性の二人連れが1組、
ご夫婦が1組でした。
一人参加の男性は、
定年退職者が私を含めて2名、
自営業者でリタイアした方が1名、
転職の狭間に長期旅行、という若者が2名。
一人参加の女性は、
主婦が2名、
就職前の長期旅行が1名、
仕事を2年間中断して、その間旅行三昧という方が1名。
ツァーには珍しい男性の二人連れは、同郷の幼なじみ。
女性の二人連れは、
以前別のツァーで知り合いになって、
じゃ、今度ご一緒しましょう、という方。
女性ではこういう方が結構います。
年齢は23歳から75歳まで。
お住まいは秋田、山口という方が最も遠方。
あとは神奈川県、千葉県、東京都といったところ。
通常、こういうツァーでは、
お互い名乗りませんが、
2週間という長さであり、
私は全員のお名前を把握しました。
昔のツァーは、参加者名簿などを配りましたが、
そのうち、お名前と出身地○○市まで記載されたものとなり、
やがて参加者名簿はなし。
それでも車内で自己紹介をするなど、
知り合いになるきっかけを作りましたが、
今は「個人情報」やらなにやらで、
全くしなくなりました。
「旅は道連れ、世は情け」
というのではなく、
全くの「同乗者」。
人一倍気を使う私のような人間は、
食事の時の場を持たせたり、
なにかと大変。
さて、今日はナスカの地上絵へ。

リマの町を出ると、
ご覧のような住宅事情。

ほとんどが不法滞在者だといいます。

バスはアメリカンハイウェイを一路南へ。

このアメリカンハイウェイ、
アルゼンチンからアラスカまで続く道路です。
道の脇には、こうした宣伝ボードが並びます。

テーブルマウンテン?

こうした景色が

延々と続きます。

民家の最上階が鉄骨むき出しなのは、

「まだ未完成」ということで、

税金逃れをするからだとか。

こういう生活臭むんむんの

光景が好きです。

このあたりに来ると

こういう三輪車が走っていますが、

リマでは見かけなかったのは、
何らかの交通規制が行われているからでしょう。

車内で回って来た紫トウモロコシ。

ペルーにはトウモロコシが1200種、
ジャガイモが3000〜5000種類あるそうです。
「すこしずつむいて食べて下さい」という伝言で、
5粒ほど食べましたが、
あとでガイドさんの
「生だから食べないで下さい」
との説明に、
一同「ゲ〜〜ッ」。
途中立ち寄った土産物屋。

こういう土産物を見ると、

ペルーに来た、

と感じます。

色合いが独特。




ここはピスコ空港。

実はナスカまではリマから車で450q、約8時間。
しかし、最近は、
200qほど手前のピスコから
飛行機で30分ほどかけて
地上絵の上空に行くルートが主流になりつつあります。
これだとリマから250q、約4時間。
小型のセスナ機に乗りますので、
体重を計って座席が決まります。

これが座席表。

2、5、8、11番の人は窓際でなく、
この座席配置は疑問。
私の席はさいわい4番でした。
これが搭乗券。

セキュリティチェックがありますが、
セスナをハイジャックする人などいないでしょう。

バスで飛行機まで。

操縦席は丸見え。

いよいよ離陸。


良い眺め。

カーナビならぬフライトナビ?

眼下には、アメリカンハイウェイが見えます。


紀元前後から800年頃にかけて、
海岸から80qほどの乾燥地帯に栄えたのがナスカ文化。

そのナスカの人々が
広大な大平原に描いたのが、地上絵。

描いた方法は、
地面の黒い土や石をどけて
白い地肌をあらわしたのだと分かっています。
ほとんど雨が降らない場所のため、
現在まで残りました。
上空からしか認識できない巨大な絵を
何のために残したのか。
今だに謎です。

宇宙人説、星座を表すカレンダー説、
宗教儀礼説など様々。
ただ、当時の人々は、
後にこれがペルーの観光資源になるなどとは夢にも思わなかったでしょう。

いよいよ地上絵の上にさしかかります。

副操縦士が
怪しげな日本語で、
「行キマショウ。
翼ノ下、翼ノ下。
分カッタ? 分カッタ?」
と言いますが、
そのあんたの説明が分からない。
探している間に過ぎてしまいます。
↓の上の方に見えているのは、クジラ。

↓山肌にあるのは、宇宙人。

↓は、サル。

↓は、コンドル。

↓は、オウム。

↓は、ハチドリ。

同じくハチドリ。

このあたりは、
パルパの地上絵と言われるあたりで、
↓は、スター。

図では、こんな配置です。

帰りは、ご覧のとおり。

ナスカの地上絵は、期待したほどではなく、
あれなら気球で回る方がいい。
時間がどれだけかかるか分からないし、
気球が飛んでいたら、
セスナが飛べないでしょうが、
見せ方は一工夫した方がいいと思いました。
「世界三大がっかり」というのがあって、
シンガポールのマーライオン
コペンハーゲンの人魚姫
ベルギーの小便小僧
他にシドニーのオペラハウス、ライン河のローレライ
を上げる人もいますが、
ナスカの地上絵もそれに迫る勢い。
少なくとも往復8時間もかけて
(ナスカまでだと往復16時間)
見る価値があるとは思いませんでした。
ただ、デザイン的には面白く、
↓は、レストランのランチョン・マット。

↓は、飛行機会社の
ナスカ地上絵搭乗証明書。

ピスコの海岸。
このあたりまで、
3・11の津波は押し寄せました。

太平洋。
このはるか向こうに日本があると思うと、不思議です。

リマでの夕食はバイキング。


ここではショーのおまけが付きます。






さあ、明日はクスコに発ち、
3000m級の高地での生活が始まります。
高山病が心配。