南米の旅・4 ブエノスアイレス  旅行関係

南米5日目は、
再び国境の橋を渡って、
アルゼンチン側へ。

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今日のお昼は、
ブラジル風和食弁当

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やはり、日本の味はいいですね。

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連絡の行き違いで、
アルゼンチン側でも弁当が用意してあって、
これも美味しかった。
海苔巻き、稲荷が酢飯だったのがよかった。

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アルゼンチンの国内線で、
一路、ブエノスイレスへ。

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機内から見たブエノスアイレスの町。
大都会であることが分かります。

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アルゼンチンの国名は、
正式には、アルゼンチン共和国 República Argentina 。
長らくスペイン領だったため、
公用語はスペイン語です。
スペインからの独立は、
1816年7月9日。
面積は276万平方キロで、世界第8位。
人口は4027万人(2008年)で、世界32位。
2009年のGDPは約3100億ドル(約27兆円)で、
神奈川県よりやや小さい経済規模。

首都のエノスアイレスは、
市域で289万人(2010年現在)。
都市圏では、1280万人。
意味はスペイン語で「buenos(良い)aires(空気、風)」の意。
船乗りの望む「順風」が街の名前になったもの。
しばしば「南米のパリ」と呼ばれ、
南米の中で最も美しい町の一つとして数えられています。

市内にはモニュメントが多く、
道路も広い。

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まず訪れたのは、
高級住宅地の中心にある
レコレータ墓地

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歴代の大統領や有名人が眠る墓地。

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アルゼンチンでは、
墓のある場所によって階級を評価されますが、
この墓地は最高級。

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1882年に開設された、
ブエノスアイレス最古かつ
最も由緒ある墓地。

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彫像と伝統的な装飾が施された納骨堂は
見事で、とても墓地とは思えません。

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芸術的な墓地として世界的にも有名です。

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150m四方の敷地に
全部で6400の納骨堂があり、

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うち70の墓は
国の文化財に指定されています。

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これは、てんかんの発作で
生きたまま葬られた少女の墓。

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隙間から中を覗くと、
きれいなステンドグラスが。

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新品の棺。

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こんな場所もあります。

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ご主人様の墓を守るネコかと思ったら、

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ただ単に

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水を飲みたがっていただけとは。

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この花に飾られた墓は、

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エバ・ペロンの入った墓。

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つまり、「エビータ」の墓です。

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エバ・ペロンは、
田舎の財産家の私生児で、
旅回りの歌手についてブエノスアイレスに上京し、
次々と男を踏み台にして成り上がり、
最後はペロン大統領夫人となった人。
その美貌とドラマチックな人生から、
アルゼンチンではすこぶる人気が高い。

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1952年に33歳で子宮癌によって死去、
ブエノスアイレスで行われた葬儀には数十万の市民が参列しました。
死後も政変の嵐にさらされ、
エバの遺体はイタリアのミラノへ空輸され埋葬され、
「一旅行人の遺体」扱いを受けます。
16年後の1971年に遺体は発掘されスペインに空輸。
1976年の政変で、
エバの遺体はアルゼンチンに返還され、
ここ、生家のドアルテ家の墓に改葬されました。
市内には、彼女の遺品などを展示したエビータ博物館があります。

その生涯を一般的にしたのは、
アンドリュー・ロイド=ウェバー作曲のミュージカル「エビータ」で、
1978年にロンドンで初演され、
今も世界のどこかで上演されています。

ニューヨークで観た感想は、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20120914/archive

ソウルで観た感想は、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20120225/archive

1996年にはマドンナ主演で映画にもなりました。

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その中の一曲「アルゼンチンよ泣かないで」は最も有名で、
イグアスのラテン音楽ショーでも、
今夜のタンゴショーでも歌われました。
聞きたい方は、↓をクリック。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=-dlwVKm8ArQ

ただ、ミュージカル「エビータ」は、
チェ(ゲバラだと言われる)という人物を狂言回しに、
その生涯をやや懐疑的に描いており、
そこで、この墓の前でガイドさんと次のようなやりとりがありました。
「マドンナの映画はアルゼンチンでは上映されたんですか?」
「上映されましたよ」
「ミュージカルも?」
「上演されています」

そうか、アルゼンチン人、懐が深い。


続いて訪れたのは、
コロン劇場

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その名前の由来はコロンブスで、
ミラノ・スカラ座、パリのオペラ座と並び、
世界三大歌劇場と呼ばれている劇場。

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1階の椅子席と6階の桟敷席までで2800席。
立ち見を含めると4000人もの観客を収容出来ます。

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5月から11月がシーズンで、
これは欧米のシーズンオフに当たり、
つまり、オペラ歌手たち、
南米に出稼ぎして来るわけです。

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大統領官邸

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カテドラル

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あまり教会らしくない外観ですが、
中は教会。

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アルゼンチンの国民はヨーロッパ系が85%、
メスティーソおよびインディヘナなどが15%。

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もっともヨーロッパ系アルゼンチン人の占める比率は89.7%から97%と
資料によって大きな差があり、
近年の研究では
アルゼンチン国民の56%が
先住民との混血であることが明らかになっています。
自らを白人だと認識しているアルゼンチン人の過半数に、
実は先住民の血が流れていることになります。
ラテンアメリカで最も多いユダヤ人人口を抱え、
人口の約2%がユダヤ人です。

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国民の大多数の93%がカトリック教徒だと申告していますが、
教会はより正確には70%ぐらいだと見積もっています。
大統領はキリスト教徒しかなれません。

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1980年代からプロテスタントの福音派が足場を築き、
現在総人口の約10%の330万人が信者。

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イスラム教徒は総人口の1.5%を占め、
50万〜80万人いると推測されています。

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南米解放の父、
ホセ・デ・サン・マルティン将軍の柩が
アルゼンチン、チリ、ペルーの聖女の像に守られて安置されています。

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最後に行ったのは、ボカ地区
昔の港町で、
「母を訪ねて三千里」でマルコ少年が来た港。

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この一角が「カミニート」(小径)と呼ばれる一角で、

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画家の卵たちが

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自分の作品を持って集まっています。

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これが「カミニート」と書かれた建物。

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これ以外に色とりどりの建物が町を飾ります。

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ここは、タンゴ発祥の地としても有名。

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お金を払えば、このようなポーズで写真も可能。

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タンゴ「カミニート」を聴きたい方は、↓をクリック。

http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=7x9tChnHWhc

さて、ホテルに入り、

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夕食まで時間があったので、
町を探検しました。

7月9日通りは、
1816年7月9日の独立から名付けられた通り。
世界一道幅が広いとされています。
オベリスクは、
市制400年を記念して1936年に建てられました。
高さ67m。

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2005年の世界エイズデーの時、
「エイズと闘う」という意志を示すため、
ピンク色のコンドームをまとって変身。

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すごいことをするものです。

町には、このような石造りの建物が沢山。

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スペイン人がやって来て500年で
こんなすごい町を作るとは。

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バス網が発達しているらしく、
町中至るところに、こんな行列が見られます。

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ゴミ収集場所。

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公衆電話のチラシは歌舞伎町のよう。

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ほとんどがフーゾクのチラシです。

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このあたりは「映画館通り」と呼ばれ、

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様々な劇場があります。

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個人旅行だったら、
こんなところにも入るのですが。

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地下鉄の路線は6つくらいで、

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色分けされているのは、日本と同じ。

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結構市民の足になっているようです。

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日本の地下鉄が走っている、という話でしたが、
ペソと両替していなかったので乗れず、
ガイドさんから回数券を購入して乗った同行者から
写真を分けてもらいました。
↓のとおり、ペンキで落書きされていますが、
まさしく丸の内線

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日本語がそのまま残っているところもあります。

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夕食の後は、
ラ・ベンタナでタンゴのショー。

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入口には、
タンゴの名盤の展示があります。

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開演後は撮影禁止なので、
その前にパチリ。
こんな感じ。

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ショーはタンゴだけでなく、
フォルクローレ(ペルーの伝統音楽)も歌われ、
かなりレベルの高いものでした。

夜のオベリスク。

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こうしてブエノスアイレスの夜は更けていきました。





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