『満つる月の如し』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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平安時代
藤原家が権勢を誇った頃の話。

内供奉(ないぐぶ)になったばかりの隆範(りゅうはん)は、
まだ若い仏師・定朝(じょうちょう)の彫った仏像に心奪われ、
叡山(比叡山)の本尊・釈迦三尊像の造仏を依頼する。
ちなみに、内供奉とは、
宮中で帝の健康や国家安寧を祈願する護持僧。
定員は十名で、持戒堅固な清僧が選ばれる。

しかし、七条仏所の棟梁の息子として生まれ、
類まれな才能がありながら、
定朝はなかなか取りかかろうとしない。
ある時、その真情を隆範に吐露する。

「もし本当に御仏がこの世におわすのなら、
なぜあの子たちは日々の糧に事欠き、
飢えねばならぬのですか」
「いくら美しい御仏を彫ったとて、
その御仏があの子らに何をしてくれるのでしょうか」
「毎年のように起こる疫病、洪水、飢饉。
盗賊たちの夜毎の跋扈(ばっこ)、
お偉い貴族さまたちの権謀術数の数々・・・
どれだけ御仏を作っても変わらぬ現実を見るほど、
僕は無力感に打ちひしがれてならないのです。
僕の作る御像が、
この世の中で何の役に立つのでしょう。
御仏とはいったい、どこにおわすのですか。
教えてください、隆範さま」


それに対し、叡山の色稚児・甘楽丸(かんらまる)は、
こう言ってのける。

「御仏が本当におるのかおらぬのか、
そんなところは実のところ、
大した話ではないのよ。
肝心なのは、それを信じたい者がおり、
それにすがるため、
寺を建てたり念仏を唱えたりする人々がおる。
そうせざるをえない弱い人心を如何に救い、慰めるかが、
仏師や僧侶の務めじゃわい」
「人は確かに、御仏を知らずとも生きていけよう。
されど御仏がいると信じられれば、
この困難な世において、
それに勝る幸せはないはずじゃ。
家がなくとも、親がおらずとも、
どこかで我らを見守っておられる方がおると考えられれば、
少しの苦労なら忍べようでなあ」
「御仏を信じられずば、
御仏を信じる人々を見ればよいのじゃ。
その者の向こうには必ず、
御仏の姿が見えてくるでなあ」


こうして定朝は、隆範との間に
「わたくしと共に、
これまでにない御仏を作りましょうぞ」

と約束する。

一方、皇太子の資格を剥奪された敦明親王が
その鬱屈のあまり狼藉を続けており、
その孤独を思う女房の一人中務(なかつかさ)の
命を惜しまぬ行為の中に
御仏の姿を
定朝は見いだす。

「僕はずっと、
御仏はどこにおわすのだろうと思っていました。
人が人を傷つけ、誰も信じられぬこの地獄のごとき世、
まことに御仏がおられるのであれば、
こんな苦しみがあるはずがないと迷い続けていたのです」
「ですが、この中務さまの御顔を見てわかりました。
僕はこれまでいったい、
なにを愚かに迷うていたのでしょう。
真実の御仏の姿とは、
人の裡(うち)にこそあるのですね。
そのことをようやく、悟りました」


しかし中務の死亡事件の罪をかぶる形で
隆範は東国に追放されてしまう。

時は流れ、
平等院鳳凰堂↓に阿弥陀如来を作りあげる。

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「どんな仏像であれ、
完成後に手直しした箇所が一つや二つ出てくるものだが、
この如来像にはそれがまったくといっていいほど見当たらない。
目の前にある尊容は、
幾度となく胸の中で彫った姿と、瓜二つであった。
本当にこの像は、
自分が作ったのだろうか。
ひょっとして己の中に隠れていた御仏が、
この腕や眼を通じて、
人間が有する普遍的な慈悲を
中務の容貌に仮託させたのではないか。
そんな思いが突然胸を突き上げ、
定朝は板間に両手をついた。
御仏の姿を探し求めるあまり、
中務を死なせた自分。
そんな己の中にも、
仏性は宿っているのか。
だとすればこの世は地獄などではない。
一見地獄と見えるこの世にも、
衆生を救う仏は間違いなく来臨し、
我々を見守っているのだ。
それでいいのだ、
と何者がささやいた気がして、
定朝は顔を上げた。
薄く見開かれた如来の双眸が、
静かに自分を見下ろしている。
その澄み切った眼差しが
自分を許しているかに思われ、
定朝はこみあげる嗚咽を懸命にこらえた」


定朝の作った阿弥陀如来像↓。

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その開眼供養の準備の最中、
自分の到達した造仏の姿を
群衆にまみれて隆範が見に来るのではないかと期待していた・・・

時は平安、仏教が人の身も心も縛っていた時代。
主人公は叡山の高僧と仏師。
そして、テーマは宗教の永遠の課題といえる内容。

着眼点は素晴らしくいい。
人物配置も適切。
なのに、話がはずまない。
人物像が立ち上がってこない。
一つ一つの事件が納得する形で収まっていかない。
実在の人物を随所に散りばめながら、
それが物語にからんでこないもどかしさ。

劇的空間と劇的テーマを掲げながら、
意余って筆足りず、の結果となった。
残念。






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