『国を蹴った男』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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「春はそこまで」と並び、
先の直木賞候補作。

伊東潤らしく、
戦国武士に題材を取った6篇の短編集。

「牢人大将」

武田家牢人衆の頭目郡波(なわ)藤太郎と
その側近、五味与惣兵衛の奮闘を描く。

武田軍の中で鬼っ子扱いの牢人衆は、
危険な任務ばかり与えられるが、
功績をあげ、人数も増え、
藤太郎は「牢人大将」と呼ばれるまでになる。
無理ばかりさせる、ということで、
信玄からは「無理之介」という名前までいただく。

藤太郎には、上杉輝虎に奪われた旧領郡波城を取り戻すという目的がある。
しかし、功をあげた藤太郎の求めたものは、
「わが身分は、このままで構いませぬ。
その代わり、わが功を黄金(こがね)に替えていただけませぬか」

と申し出、その金を部下と共に遊里で使ってしまう。
その思いは信玄との次の会話に現れている。
「武士たるもの、失うものが大きければ大きいほど、
よき働きはできませぬ。
それゆえ失うものがない立場でおる方が、
よき働きができると思うのです」
「失うものがない立場とな」
「はい。人は土地を持てば一家を成します。
一家を成せば、それに甘んじ、大過なく過ごせるよう、
何事も無難にこなすようになります。
さすれば怠惰の心も生まれます。
それがしは、それがいやなのです」
「いかにも人は安住の場を得ると、心が萎える。
常に不安に身を置いていれば、
死に物狂いの働きもできる」
「仰せの通りにございます。
地位も身分もなき方が、
武士はよき働きができるのです」


信玄の死後、
勝頼軍の中で危険な仕事に従事する中、
応援に向かった砦を武田家直臣たちが逃げ散ってしまった事態に遭遇する。
逃げない牢人衆に対して武田信実が
「なぜ逃げぬのか」と問い、「おぬしらは忠義者だな」と言うのに対して、
次のように答える。
「われらが逃げぬは、
忠義心からではありませぬ。
われらは、仕事をせねば飯が食えぬのです。
たとえそれが死地であろうと、
われらは託された仕事を全うすることで、
食い扶持を得ています。
いったん逃げてしまえば、
われらは糧を得ることはできませぬ。
それが逃げても飯の食える直臣の方々とは違うのです」
「それが牢人というものなのだな」
「はい、われらは、それを誇りにしております」

その結果、死地におもむき、
「与惣兵衛、さらばだ」
「無理之介、冥土で会おう」

と言葉を交わし
「これだけの死に場はない」
と歓喜の中で討ち死にする。

「戦は算術に候」

石田三成の部下、
長束利兵衛正家は、
算術に長け、
兵站維持に必要な物資、費用、運搬にかかわる馬の数などを瞬く間に算出でき、
石田三成の秘密兵器として重用される。
秀吉からは「道具は使うもので、使われてはならぬ」と言われ、
「よき算盤を持ったからといって、
算盤ばかりに頼ってはならぬ。
算盤がいかに正しき答えを弾き出しても、
それが正しいか否か、
疑ってかかる必要がある」

と諭されるが、
石田は人が信じられぬこの世で、
頼みとするのは理だけであり、
それを支える算があれば、怖いものはないと思っている。

秀吉の死後、
小早川勢を味方につけるために
黄金5千枚を用立てた石田三成は、
天下分け目の関が原の戦いで、
小早川に約束の履行を迫るが、
小早川は「値切った」と言って約束を果たそうとしない。
長束正家に聞くと、
「耳をそろえて黄金五千枚相当、引き渡した」
との返事だ。
「今、何と言った。その相当というのは、いかなる意味か」
との問いに正家の答えを聞いた時、石田三成は、
「算盤がいかに正しき答えを弾き出しても、
それが正しいか否か、
疑ってかかる必要がある」
と言った秀吉の言葉を思い出し、
──わしには、道具を使いこなすことなどできなかったのだ。
と悟るのだった。


「短慮なり名左衛門」

上杉謙信死後の跡目争いで功を挙げた毛利名左衛門は、
長考の名左衛門と呼ばれ、重用されていたが、
論功行賞の不満を持っていた。
それを上杉景勝の奏者で頭角を表して来た樋口与六政景から同情される。
やがて政景から執政二人を除く計画を持ちかけられるが・・・
「長考」と呼ばれた名左衛門のしたことが
「短慮」と呼ばれるに至る一篇。

「毒蛾の舞」

佐久間盛政が前田又左衛門利家の内室、まつから
「(夫)又左を男にしていただきたい」
と色仕掛けで責められる。
実は幼少の時、
又左とまつの交合の様を目撃して以来、
まつへの想いが盛政にはあったのだ。
賤が岳の戦いで
その実行を迫られた中、
盛政の決断は・・・
戦国武将の判断が
一人の女の色仕掛けで左右されるという、
ちょっと納得のいかない一篇。

「天に唾して」

堺の自治をめぐり
秀吉の狡猾な罠にはまった千宗二は
秀吉の茶堂として出仕しながら
秀吉に対する不信と嫌悪を棄てきれないでいた。
「この猿のような男の小さな頭から出る悪知恵を、宗二は憎んだ。
己の欲望を満たすには、
人の弱みに付け込めばよいという簡単な道理を、
秀吉は知悉していた。
おそらく、これまでの人生で多くの辛酸をなめ、
その中から会得した知恵であるに違いない。
しかし、そうしたやり方こそ、
人が最も嫌悪することなのだ」

やがて秀吉の裏切りに合い、
諫言するが斬られそうになる。
その際の啖呵がなかなかいい。
「天下を獲ったとて、やはり心根は下郎の頃と変わらぬようですな」
「聞け、藤吉。茶の湯の道はな、欲に囚われた者には、
生涯かかっても分からぬものだ」


その後、転々とした宗二は、北条家に身を寄せ、
秀吉の総攻撃を前に
和睦交渉の使者に立てられる。
その場で、師匠千宗易(千利休)と共に
秀吉に罠をかけるところが本編の白眉。
6篇中、本編が一番面白かった。

「国を蹴った男」

蹴鞠(けまり)工房に勤める五助は
師匠の裏切りに合い、
流浪の旅に出た後、
今川義元の息子氏真(うじざね)に拾われる。
氏真は蹴鞠の名手であり、
氏真の庇護のもと、
五助は幸福な日々を送る。

やがて、桶狭間の戦いで義元が死ぬと、
今川家の命運は氏真の双肩にかかるが、
和歌と蹴鞠に耽溺する氏真は動こうとしない。
失望した家臣は一人二人と去り、
今川家は昔日の面影がないほど落ちぶれていく。
落城寸前、氏真は想いを五助に語る。
「五助、わしは鞠を蹴り、歌を詠んで生涯を過ごしたかった。
わしなど鞠を蹴るか歌を詠むほかに何もできぬ男だ。
このまま、ここで鞠でも蹴っていれば、
甲州兵が討ち取ってくれる。
さすればこんな世とも、
おさらばできるというものだ」

これに対し、五助は
「──蹴鞠や和歌がうまくて、何が悪い。
欲に駆られた餓鬼ばかりの世にあって、
これほどのお方がいようか」

と思い、
「御屋形様が悪いのではなく、
戦ばかりのこの世が悪いのです。
己の欲の赴くままに、
他人の土地を侵す餓鬼どもに何の価値がありましょう」

と励ます。

その後、氏真が織田家に召し抱えられる頃には、
付き添いは五助たちわずかなものとなっていた。
そして、織田信長の前で蹴鞠の技を披露する前、
五助は以前世話になった宗兵衛から
妻子の命と引き換えに
信長暗殺計画の加担をもちかけられる・・・

蹴鞠を作る職人「鞠くくり」という珍しい職業人を題材に取った一篇。
「天に唾して」に次いで面白い。
特に、氏真が武士をやめてから、
歌人としての才能を溢れ出すことなど、
人には「任」というものがあることを知らしめて妙。
「江戸幕府の厚意により、
その葬儀は、
十万石の大名に匹敵する格式で盛大に営まれたという」
という結語が味わい深い。






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