『終の信託』  書籍関係

昨日は、二日連続で「上京」し、
親戚筋に娘帰国の報告を。

↓こんなご馳走をいただきました。

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真ん中の栗は、
渋皮ごとに時間をかけて煮込んだもの。
一流料亭に出してもおかしくない一品です。
エビも大きくおいしく、
右側のホタテの佃煮は、私の好物です。

娘のFacebookには、
韓国で食べた料理の写真が沢山載っており、
「お前のFacebookを見ると腹が減ってたまらん」
と言われていました。
このブログも食べ物の写真が多く、
「腹が減る」と誰かが言っているのでしょうか。


〔書籍紹介〕

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「シャル・ウィ・ダンス」の周防正行が監督して
話題になった映画の原作本。
2008年に「命の終わりを決めるとき」の題で刊行された作品で、
題名を変えたのは映画に合わせたらしい。
作者の朔立木(さく たつき)は、現役の法律家。
他に短編「よっくんは今」も収録。

読んだ関心は映画との違いだが、
構成がほとんど同じなのには驚いた。
主人公の女医・折井綾乃が検察庁に呼び出されるところから始まり、
待たされている間に
担当の喘息患者・江木泰三を死に至らしめる過程が回想される。
そして、検察官・塚原透との対決、
逮捕、連行までは一気呵成。
プッチーニのオペラ「ジャンニ・スキッキ」の中のアリア
「私のお父さん」の果たす役割も同じ。

違うのは、
江木から「苦しまないで死なせてほしい」と依頼されるのが、
映画では往診に出かけた綾乃が
たまたま外で江木を見かけ、
車の中で信託を受ける、という部分くらいか。

また、映画で描いていない部分では、
気管内チューブ抜去の措置を
綾乃は他の患者で既に一度しており、
その時はスムーズに死に至って、
患者からは感謝されたこと。
江木の時はチューブそのものが
固まってしまったのか抜けなく、
その後も江木が苦しんで暴れた。
その結果、鎮静剤を致死量まで与えることになる。
その二つの例の違いが映画では描かれていない。
綾乃にとっては成功例が一つ前にあったという点。

それと、江木臨終に当たって、
耳元で歌う子守唄だが、
臨終にあたっても聴覚が最後まで残ると言われていることから、
子守唄を歌うことが
「その時」を告げる合図になっている、という点。

いずれにしても、
臨床例が条件によって異なることは常識だし、
担当医が突然死者の耳元で
泣きながら子守唄を歌う姿を見た
遺族の驚愕と疑念は晴れないだろう。
映画では遺族の反応は描写されていないが、
小説には、
「あの女医は、
父の喉からチューブを抜いたり、
注射をしたりする時、
泣きながら変を唄を歌っていた。
『もう、子守唄にしましようね』と言ったり、
頭がおかしいのかと思った」
という江木の息子の供述が紹介されている。

映画の感想で、
「間抜けな登場人物には、観客は同情しない」
と書いたが、
それは、小説も同じだ。

映画の感想は↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20121101/archive

従って、
映画と小説の感想は同じとなる。
というより、
もっと映画的なふくらませ方はできなかったのか
というのが映画と小説を比較しての感想だ。

解説で周防正行が、
「『終の信託』は、間違いなくラブ・ストーリーなのだ」
と書いているが、
このあたりが、
映画化に当たってのミスに思えてならない。






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