マンデラ関係でDVD2本  映画関係

南アフリカを旅して、
ネルソン・マンデラゆかりの地を訪れたので、

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マンデラがらみの旧作映画を
ツタヤディスカスで借りて観てみました。


まず、「マンデラの名もなき看守」

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南アフリカ政府の刑務官であった
ジェイムズ・グレゴリーの手記『さようなら、バファナ』の映画化。
バファナとは、主人公グレゴリーの幼なじみであった、
近所のコサ人の子どもの名前からとっている。

ケープタウンの沖に浮かぶロベン島の刑務所は、
アパルトヘイト政策により、
反政府運動の活動家の黒人が投獄されていた。

ロベン島に赴任した看守、グレゴリーは
そこで終身刑を受けたネルソン・マンデラの担当に抜擢される。
黒人の言葉・コーサ語が解るので、
会話をスパイするためだ。
実際、釈放間近のアフリカ民族会議の戦士への
コーサ語の『秘密指令』を上司に報告、
その戦士は釈放後に泳がされてアジトに到着後、
南アフリカ国軍の襲撃で戦死する。
そのことで、グレゴリーは罪悪感にさいなまれる。

また、子供の頃、
人種差別とも偏見とも無縁だった頃の
幼なじみバファナとの思い出が
グレゴリーを悩ませる。

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最初、マンデラをただのテロリストと考えていたグレゴリーは、
独房で実際にマンデラと会い、
マンデラの威厳ある態度に接するに当たり、
考え方を徐々に変え始める。

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彼が書いたという「自由憲章」も読み、
その崇高な考え方に惹かれていく。
だが、そんな想いが周囲に知られれば、
自分の立場も妻子の安全さえも脅かされる。
仕事、昇進、理想、良心・・グレゴリーは葛藤に悩まされる。

マンデラ夫婦に便宜
(クリスマス・プレゼントにチョコレートを贈った)
を図ったことが新聞報道されて、
「黒人びいき」のレッテルを貼られ、
職場や地域の白人コミュニティーで孤立する。
妻が個人的にやっていた美容施設に客も来なくなる。
退職を願い出、他の刑務所に赴任するが、
マンデラの移送先のボルスムーア刑務所で、
マンデラ番としての『任務』に復帰する。

世界的批判と経済制裁の中、
南アフリカ政府の考え方も変わり、
1990年2月11日がやってくる。
世界中の目が注目したマンデラ釈放の日
マンデラを刑務所から送り出した時、
グレゴリーの使命は終わるのだ・・・。

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理不尽な囚われの身となっても、
人間の本質は憎しみではなく愛だと信じていた
マンデラの気高い志に導かれて、
一人の看守が、
歪んだ社会で失くしてしまった魂を取り戻していく過程を通して、
融和の大切さを訴え、他者を愛する勇気を与えてくれる。
『肌の色や生まれ育ち、
宗教などの理由に生まれつき他者を憎むものはいない。
人は憎しみを学ぶのだ。
憎しみを学ぶ事が出来るなら、
愛する事も学べるはずだ。なぜなら愛は、
人間の本性に自然によりそうものだからだ』

というネルソン・マンデラの崇高な考えが伝わって、
胸が熱くなる。

実話をもとにしたストーリー。
マンデラが初めて自身の人生の映画化を許可した記念すべき作品。
「24」で米国初の黒人大統領を演じたデニス・ヘイスバード
ネルソン・マンデラを威厳に満ちて演ずる。


「マンデラの名もなき看守」は、
マンデラの釈放の日で終わるが、
「インビクタス−負けざる者たち−」は、
その釈放の日から始まる。

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1994年の総選挙で 
マンデラは南アフリカ初の黒人大統領となった。
それまで政府の主要ポストを占めていた白人官僚たちは、
マンデラが報復的な人事をするのではないかと恐れ、
官邸でも荷物をまとめ始めていた。
それに対しマンデラは、
初登庁の日に職員たちを集めて

「今朝、執務室に向かう間、
この官邸内に空室がとても多いことに目が止まりました。
荷造り中のダンボールもね。
もしも皆さんがここを辞めたいのなら、
それは皆さんの自由です。
心の中にわだかまりがあって、
新政権と仕事をしたくないのであれば、
ここを去ってくれてかまいません。
今すぐ、どうぞ。
だが、荷物をまとめた理由が
私たちとの言葉や肌の色の違いを恐れるせいであったり、
全政権の職員であったために
もう働けないのだろうと考えたのであったからなら、
はっきり言っておきます。
怖がらなくていい。
恐れる必要はない。
『過去は過去』なのです。
未来だけを見ましょう。
力を貸して下さい。
皆さんの力が必要です。
ここに残る方は、これから
祖国に対して大きな貢献を果たすことになります。
私が望むのは、
皆さんが自分の仕事に自分の能力を捧げ、
心をこめて働くこと。
私もそれを誓います。
私たちが力を尽くせば、
この国は世界を導く希望の光となるでしょう」

と語りかける。
安堵した職員たちはマンデラのもとで働くこととなり、
ボディーガードチームも予想に反して黒人と白人の混成チームとなった。

南アフリカ代表のラグビーチーム「スプリングボクス」は
世界ランキングトップ10入りしている強豪ではあったものの、
当時低迷期にあり、
黒人選手もわずか1人という状況だった。
当時南アフリカでは、
英国発祥のラグビーは
白人もしくはある程度の地位を獲得した富裕層の行なうスポーツである
という印象が強く、
多数を占める黒人の国民の間では
非常に不人気なスポーツだった。
政府内では「スプリングボクス」のチーム名や
ユニフォームの変更を求める意見が多数を占めており、
一時はその方向で決まりかけていた。
しかしマンデラは
このチームが南アフリカの白人と黒人の和解と団結の象徴になると考え、
チーム名とユニフォームの存続を求め周囲を説得する。
この会議の場に単身乗り込むマンデラの姿は、
映画的な創作かと思ったら、
実話なんだそうだ。

チームの主将フランソワ・ピナールを茶会に招いて励まし、

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スプリングボクスのメンバーたちは、
マンデラの意向で貧困地区の黒人の子どもたちにラグビーの指導に赴く。
当初それを不満に感じていたメンバー達も、
一連の地道な活動により、
国民の間でチームの人気が少しずつ高まり、
自分たちの存在が国内のみならず世界的に注目されていることを知るに至った。

スプリングボクスは、
南アフリカ開催の
1995年ラグビーワールドカップにおいて予想外の快進撃を見せ、
ついに決勝進出を果たす。
今や新生南アフリカの象徴として見られるようになったスプリングボクスは、
全南アフリカ国民が見守る中、
強豪ニュージーランド代表オールブラックスとの決勝戦に臨む・・・。

アパルトヘイト政策により国内対立が激しい国情を愁い、
「許し」による融和をとなえるマンデラが
ラクビーワールドカップを通じて
国内を一つにしようとする情熱が
伝わって来る。
「この国は誇れるものを求めているんだ」

その思いを受けて、
主将フランソワは次第に
マンデラの思想に共鳴していく。

チームメイトと共にロベン島を訪ね、
マンデラが過ごした独房にも入ってみる。

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そして、当時課せられていた
肉体労働に思いを馳せる。
「27年も独房に入れられながら、
それでも人を許せるのはどうしてか」
とつぶやくフランソワへの答えは、
「許しは魂を自由にする」だった。

ワールドカップのシーンは大迫力。
どうやって撮影したのかと思うシーンが続く。
そして、試合を通じて国民が一つになっていく。

題名の「インビクタス」は、
イギリスの詩人、
ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩で、
獄中のマンデラを力づけ、
マンデラはフランソワにもその詩を贈る。

夜より出でて私を覆う
奈落のごとき漆黒の闇
どんな神であれ感謝する
征服されざるわが魂を

過酷の魔の手に落ちてなお
私はひるみも叫びもしなかった
運命に打ちのめされ
頭(こうべ)が血にまみれようとも
決して屈しまい

怒りと涙つきぬこの地の彼方
死の影が恐怖をほのめかす
だが、幾年月脅威にさらされようとも
私は何ひとつとして恐れはしない

その門がいかに狭くとも
いかなる苦しみを負うことになろうとも
私が我が運命の支配者
我が魂の指揮官なのだ


最後にマンデラとフランソワは、
次のような会話を交わす。
マンデラ「ありがとう。祖国に誇りをもたらしてくれたね」フランソワ「僕こそ感謝しています。誇れる祖国にして下さった」

南アフリカの復興のために
世界的に投資を呼びかけ、
国内融和に尽くしたマンデラは、
1999年、政治の舞台から引退する。

マンデラを演ずるのは、
マンデラ自身が望んだという、モーガン・フリーマン。渋い。

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フランソワを演ずるのは、マット・デイモン。演技開眼。

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監督はクリント・イーストウッド

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多彩な監督歴の一つだ。


両作品とも一度観た作品だが、
ロベン島を実際に観た結果、
感銘が深まった。


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