バルト三国の旅4・カウナスと十字架の丘  旅行関係

バルト三国の旅、3日目は、
ヴィリニウスからカウナスを通り、
ラトビアに入ります。

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カウナスでは、まず、
杉原千畝(ちうね)記念館へ。

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元の日本領事館。

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えっ、こんなところに、
と思うほどの住宅街にあります。

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中には杉原さんゆかりの文物が展示されています。

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ここでは、杉原さんの功績をたどる
15分ほどの映画を見せられます。

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第2次世界大戦時、
ナチスの迫害を逃れて
通過ビザを求めて来たユダヤ人たちが
日本領事館前にあふれます。
当時の領事代理の杉原さんは
本国にビザ発給の許可を求める電報を何度も打ちますが、
本国外務省の答はいつも「否」。
ドイツと同盟を結んでいたからです。

悩んだ末、杉原さんは、
独断でビザを発行する決意をし、
昼といわず夜といわず、
腕が動かなくなるまで
ビザを書き続けました。

当時、リトアニアにもソ連兵が入城しており、
日本領事も一刻も早い出国が迫られていました。
リトアニアを出発する列車の中でも、
ビザを書き続け、
「許して下さい。
渡しにはもう書けません。
みなさんのご無事を祈っています」
と最後のビザを渡した杉原さんを
ユダヤ人たちは
「私たちはあなたを忘れません。
もう一度あなたにお会いします」
と汽車と共に走って見送ってくれました。

発行されたビザは1600を越え、
日本経由で第三国に渡ることの出来たユダヤ人は
6000人に及んだと言われています。

しかし、本国の命令に従わなかったことで、
帰国後の杉原さんには処分が待っていました。
このことについて、杉原さんは、
「私のしたことは外交官としては間違っていたかもしれない。
しかし、
私には頼ってきた何千もの人を見殺しにすることはできなかった」

と語っています。

戦後、ユダヤ人は恩人を探しましたが、
ユダヤ人が発音しやすいように
「センポ・スギハラ」
と教えていたために、
「該当者なし」とされ、
それでも杉原さんの所在を突き止めた時、
ユダヤの新聞は
「スギハラが見つかった」
と報道したそうです。

その後、杉原さんの名誉回復が行われ、
「日本のシンドラー」と呼ばれるようになりました。
シンドラーとは、
強制収容所に行くユダヤ人たちを
自分の工場に入れて、
その命を守った
オスカー・シンドラーのことで、
スピルバーグが「シンドラーのリスト」として映画化しました。

という、「正義の人」の映像を観て、
いたく感動しました。
以前、港区の小劇団が舞台化したのを観たことがあります。

杉原千畝さんについては、↓をクリック。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E5%8E%9F%E5%8D%83%E7%95%9D

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リトアニアの観光コースにもなっており、
日本中から訪れた都市が
日本地図にピンで留められていました。

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奥様の幸子夫人。

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話はヴィリニウスに戻りますが、
ホテルの近くに
奥様が桜の記念植樹をした公園があり、一人で訪れました。

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記念碑が建っており、

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杉原さんが発行したビザが刻まれています。

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リトアニアと日本を結ぶ絆とも言えます。

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記念館のある住宅街からは

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きれいな黄葉が見られ、

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日本人を乗せた観光バスが来るのは場違いな感じ。

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その後、カウナスの町を一望出来る展望台へ。

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リトアニア第2の都市の眺望が開けます。

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その後、旧市街を散策。
カウナス城

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これもトラカイ城同様、
13世紀にドイツ騎士団の侵略を防ぐために造られた城。
ドイツとロシアに挟まれた地理的な難しさです。

↓すれ違いになった幼稚園の園児たち。
外国の子供は本当に可愛い。

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修道院

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旧市庁舎
「白鳥」にたとえられる美しいバロック様式の建物です。

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旧市庁舎前の広場。

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ペルクーナスの家

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この場所には雷神ペルクーナスを祀る神殿があったそうです。

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大聖堂

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修復中でしたが、

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その祭壇は、すごく美しい。

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カウナスの町。

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石畳が美しい。

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このレンガ2階建ての建物が
伝統的な商家の建物です。

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バスは国境を目指します。

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途中トイレ休憩で寄ったレストラン。

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キリスト教が来る以前の

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土俗的宗教の神の像があります。

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芝生からはキノコが生えています。

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途中訪れたここは・・・

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近づくと・・・

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無数の十字架が。

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「十字架の丘」と呼ばれる場所で、

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数万本の十字架が立っています。

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5万、と言っていましたが、

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それより多い感じです。

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大きいの、小さいの

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古いの、新しいの

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最初の十字架は、
1831年、
ロシアへの蜂起で処刑・流刑にされた人のために建てられたそうです。

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驚くのは、

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倒れている十字架が皆無なこと。

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誰が管理運営しているのでしょうか。

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雨や雪や風の日はないのでしょうか。

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ローマ法皇が来て、
説教した場所。

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丘への入り口では、十字架が販売されていました。

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何だか不思議な景色、
胸に残る景色でした。

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夕方、いよいよ、
2カ国目、
ラトビアに入国しました。





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