『最後の将軍』  書籍関係

[書籍紹介]

クリックすると元のサイズで表示します

1967年3月の単行本だから、
相当古い。
古いけれど、読む気になったのは、
時代の転換点のまっただ中にいた人物像に興味があったからだ。

言うまでもなく、
徳川慶喜は
第15代将軍、
つまり、江戸幕府最後の将軍である。
江戸幕府はこの徳川慶喜が
皇室に「大政奉還」することで終焉した。
江戸城を明け渡し、
「無血革命」が成就した。
勤皇と佐幕との血を血で洗う抗争も部分的に終わった。
その後、廃藩置県があり、
封建制度が崩壊した。
大名も旗本も雲散霧消した。
誰一人こんなことになるとは想像もしてない変化が日本国に起こった。

その時代の変化の真っ只中にあり、
将軍職を退いてからは、
全く政治の舞台に登場することなく、
趣味三昧の生活を送った。
その潔さに興味を持った。

坂本竜馬が立案し、
後藤象二郎が推進した大政奉還案
大目付の永井尚志から聞く場面が白眉だ。
恐る恐る言上した永井の案に相違して、
慶喜が怒りもせず、
取り乱しもせず、
「そうか」
とだけ言う。
その内心を司馬遼太郎は、
「慶喜は永井にはいわなかったが、
この瞬間ほどうれしかったことはなかったであろう」

と書く。

慶応3年(1867年)10月13日、
慶喜は京都の二条城大広間に
在京40藩の代表を集め、
政権を朝廷に返上する旨を告げた。
そのことを伝える書状を受け取り、
竜馬はしばらく顔を伏せて泣いたという。
竜馬は体を横倒しにし、
畳を叩き、
やがて起き上がると、
声をふるわせて、こう言ったという。
「大樹公(将軍)、今日の心中さこそと察し奉る。
よくも断じ給えるものかな」
(「竜馬がゆく」)
そして、このように書く。
「日本は慶喜の自己犠牲によって救われた、と竜馬は思ったのであろう。
この自己犠牲をやってのけた慶喜に、竜馬はほとんど奇蹟を感じた。
その慶喜の心中の激痛は、
この案の企画者である竜馬以外に理解者はいない。
いまや、慶喜と竜馬は、
日本史のこの時点でただ二人の同志であった」


今のような時代の変換期、
道州制の導入なども言われる中、
時代の行く末を遥かに先読みした傑出した人物、
徳川慶喜の人物伝は興味深かった。






AutoPage最新お知らせ