トラ・トラ・トラ!  映画関係

先日、ハワイ旅行の際に、
パールハーバーのアリゾナ記念館に行ったことを書きましたが、
現場を訪れたことから起こった興味に促されて、
ツタヤDISCASで取り寄せて(ほんとに便利、ツタヤDISCAS)
「トラ・トラ・トラ!」を観ました。

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1970年公開。
真珠湾攻撃を日米双方から
かなり公平に描いた作品で、
アメリカ側はアメリカの監督が
日本側は日本の監督に撮影させる、という方式。

アメリカ側監督はリチャード・フライシャー(「ミクロの決死圏」)、
日本側監督は舛田利雄深作欣二
当初黒沢明が監督で撮影を開始したが、
アメリカ方式との相違で苦しんだのか
ノイローゼに陥り、降板させられた。
後のカミソリ自殺につながる、
黒沢の経歴に大きく傷がついた事件。

脚本は
ゴードン・W・プランゲの「トラ・トラ・トラ!」
(リーダーズ・ダイジェストで出てましたな)
とラディスラス・ファラーゴの「破られた封印」を基に、
アメリカ側はラリー・フォレスター
日本側は菊島隆三小国英雄が共同脚色。
菊島と小国はチーム黒沢の一員で、
三人で書いた脚本が用いられたが、
黒沢の名前はクレジットされていない。

音楽はジェリー・ゴールドスミスで、
日本側の場面になると、
所々やや中華風の味付けの音楽になるのがおかしい。

当時二十世紀フォックスは「ドリトル先生不思議な旅」や「スター」などの
興行的失敗で苦しく、
大スターを起用出来なかったので、
マーティン・バルサム、ジョセフ・コットン、
E・G・マーシャル、ジェーソン・ロバーズ

らの渋い役者たちが演じており、
それが演技的に厚みを与えていた。

対する日本側は、
山村聡、三橋達也、田村高広、東野英治郎、島田正吾、千田是也、内田朝雄、十朱久雄
ら層の厚い役者を揃えていた。
とくに山村聡は、今更ながら顔が立派で、
軍神山本五十六を演じきっていた。
役所光司は、味のある顔だが、立派な顔ではない。

黒沢はプロの俳優を使わずに素人(財界人など)を起用するということで、
フォックスに不安を与えた。
後でフライシャーらが
次の作品のスポンサーにするために
会社の社長らに媚びを売ったのだと推測しているが、
これは全くの的外れ。
黒沢明はそういう人ではない。
私の推測では、
既存の役者の型にはまった演技に不信感を抱いていた黒沢が
演技理論などないまっさらの素人に演技指導するつもりだったのだろう。
後に「影武者」でオーディションを経て素人を起用して
重要な役をやらせ、
最も重いセリフを語らせているが、失敗だったと私は思っている。

制作費は2500万ドルもかかったのに、
アメリカでは1450万ドルしか興行収入も上がらなかったのは、
当時ベトナム戦争の最中で、
アメリカが負ける話には
観客が乗ってこなかったと言われている。
反対に日本では大ヒットで、
プロデューサーは日本の観客に感謝している。

私も公開当時観ているが、
改めて再見して、
しっかりした作りに感心した。
「史実に忠実に」というコンセプトとおり、
「パールハーバー」みたいにつまらない恋愛沙汰などはからませず、
日米両方の軍隊の
内情を上手に描いていて興味がつきない。
否、むしろ日本側が立派に描かれており、
アメリカ側はかなりまぬけだ。

しかし、これは当時、
1万キロも遠くの日本から
ハワイを攻撃するはずがない、
と思っていた油断によるもので、
そういう隙をついて、
綿密な計画で連合艦隊の所在を隠し、
民間の船とも出会わない航路で
攻撃地点まで到達した日本海軍の作戦勝ちと言えるだろう。

アメリカ軍が日曜日になると休み状態だったりしたのを
ハワイの日系人の諜報活動でとらえていたり、
時の指導者が、日系人による破壊活動を恐れて、
飛行機を一カ所に集めていたりという
戦略の見誤りによって被害が大きくなったことも
あり、
山本五十六の戦術と幸運が奇襲作戦を成功させた。
当時海軍でも戦艦中心の考え方の人と
航空機を主力とする人の考え方の相剋があったが、
山本五十六は、飛行機の重要さがよく分かっていたようだ。

最後通牒が出される直前、
日本からの暗号通信を解読したワシントンが
全軍に警戒態勢を伝えていながら、
ハワイの司令部に届いたのは
攻撃後1時間も後だった。
やはり、マヌケ。

ディテールで様々面白い事実も出て来る。
たとえば、新しい機械のレーダーの設置場所が思うままに出来ず、
その結果、電源が引けずに、電池が3時間しかもたないとか。
最適な高地に設置出来なかったのは、
国立公園なので制限があったり、
野生動物保護協会の反対を受けたとか。
(今日本で地熱発電の設置が進まないのは、
温泉地帯が国立公園中にあることが多いからです。)

あの日の朝、
飛行学校の飛行機が一台、
訓練生と女性教官を乗せて飛んでいたが、
ふと教官が気づくと、
零戦に囲まれていた、などいう描写もなかなかいい。(実話)

高射砲基地からの攻撃も受けず、
真珠湾上空に敵機のないことを確認した途端、
はやばやと「トラ・トラ・トラ」(我、奇襲精巧せりの暗号)と打電したのも面白い。
(なお、この暗号は、
聖徳太子が信貴山で
物部守屋討伐の戦勝祈願をした際に、
寅の年、寅の日、寅の刻
毘沙門天が聖徳太子の前に現れ、
その加護によって物部氏に勝利した
という伝説にちなんだもの。
当時の海軍は教養があったんだね)

ワシントンで、
重要事項の伝達リストから
大統領が外されたりすることもあったらしい。

また、ルーズベルトが
日米が戦争に突入するなら、
日本からの第一撃を望んでいた、というのも出て来る。

圧巻は真珠湾攻撃シーンで、
今だったら「どうせCGでしょ」と思うシーンが
ミニチュアと実寸大のセットを使って、
迫力満点に見せる。
零戦を実際に作って飛ばせたのではないか、
と思っていたら、
よく似た機影の飛行機を改造して本当に飛ばせたらしい。
元々アメリカの訓練機を真似て零戦が作成されたので、
そういうことが可能だったという。

印象的なシーンがいくつもある。

当時海軍の中でもハワイ奇襲作戦は卓抜すぎて議論があった。
その会議の場で、
山本五十六がはっきり言う。

「日米戦避け得ざる時、
私が連合艦隊司令長官である限り、
真珠湾作戦は、必ずやる。
危険な作戦であることは分かっている。
しかし、俺たちに、贅沢な作戦は、出来んのだ。
連合艦隊麾下、
今後、この作戦をやるやらないについて、
論議は一切無用。
ただし、やるための討論なら、存分にやれ」


指揮官はこうでなければ。

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また、別な会議の場でも、
外交交渉で戦争を回避したいと思っていた山本は、
ハワイに向かう途中でも、
交渉が成立したら、
引き上げを命ずると言う。
すると軍人たちから
「出て行ってから帰って来るのか、それは無理だ」
「せっかく盛り上げた兵員たちの決意の捌け口をどする」
などと反対意見が出ると、山本はこう断言する。

「もし和平の道が開け、
それゆえ帰れと命じられて
なお、帰れぬと考える指揮官があるならば、
ただ今直ちに任を解く。
即刻辞表を出せ」


党の決定に反対する議員に
党首は、これくらい言えないのか。

そして、山本は、その後、こう言う。

「なお、もう一言つけ加えておく。
多くの日本人は、
アメリカ人の民主的政治を、統一を欠く政治、
明朗に生活を楽しむ態度を、贅沢、
自由な精神を、道徳の頽廃
とこじつけ、
国力は見かけ倒しだと教え込まれてきた。
とんでもない誤りである。
もし戦わば、アメリカは
日本がこれまで戦った最強の敵となることを肝に命ぜよ。
これは、油断を戒めるための言葉ではない。
私が、この目で、しっかりと見て来た事実である」


山本はアメリカに住んだ経験があるので、
他の視野の狭い軍人たちとは違っていた。
それが、最後の場面につながる。

奇襲攻撃の戦果に喜ぶ司令部の中で、
山本五十六は、
最後通牒が届く前に攻撃をしてしまった事実に触れて、
(真相は、ワシントンの日本大使館で書類作成が遅れたため。
アメリカ政府は、暗号電の解読で、
日本の宣戦布告を既に知っていた) 
このように言う。

「私の意図は、
宣戦布告の直後、
アメリカの太平洋艦隊並びにその基地を徹底的に叩き、
アメリカの戦意を喪失させるにあった。
しかし、アメリカの放送によると、
真珠湾は、
日本の最後通牒を受け取る55分前に攻撃されたと言っている。
アメリカの国民性から見て、
これほど彼らを憤激させるものはあるまい。
これでは、
眠れる巨人を起こし、
奮い立たせる結果を招いたも同然である」


会議室から一人出た山本は、
忸怩たる思いを胸に、戦艦の船首に立ち、
遠い海の向こうを見やる。
そこに真珠湾の火の海の光景が見えて来る。

この最後のくだりは、
フライシャー監督のアイデアだというが、
見事というしかない結末であった。

なお、このブルーレイには、
当時のニュース映画や
製作秘話などの特典映像が沢山付録でついており、
中には、アメリカ公開版まである。
アメリカ版には、
映画を見ながら、
フライシャー監督が解説する特別音声もついている。
その中には、
黒沢監督と長すぎるシナリオをカットする交渉場面など、
垂涎の証言が出ている。

日本公開版に対してアメリカ公開版の方が4分弱短いのは、
戦艦の厨房で料理人の渥美清と松山英太郎が
日付変更線について話すコミカルなシーンと、
山本が天皇に拝謁するシーンがカットされているためである。
前者はどうでもいい、つまらないシーンだからいいが、
後者は、内大臣役の芥川也寸志が
研ぎ澄まされたセリフを語る名場面なので、
何に遠慮してカットしたのか、分からない。

なお、既に書いたとおり、
私は42年前の公開当時、観ているのだが、
これほど面白い作品とは思っていなかった。
当時より多少知識が増えたのだろうか。
それともハワイで現場を見たからなのか。
ならば、まさに「旅の効果」なのだが。








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