『笑いの経済学』  書籍関係

〔書籍紹介〕

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吉本の現役常務取締役が書いた本。
ただし、12年前の本だから
古くなっているところはある。

こういうものを改めて読むと、
当たっている点、外れた点、
実現できたもの、実現できなかったもの、
などが分かって面白い。

笑いの質は常に変わるので、
10年は一昔どころか二昔ほどの違いがある。
人気の出たタレントの凋落の激しいのも
お笑いの世界では顕著だ。

「人間にも賞味期限があり、
時代感覚へのずれは年齢と共にやって来る」

と自ら書いているように、
感覚をとりすましていないと
取り残されてしまう世界だろう。

「よく野球などで
球の速いピッチャーが登場すると、
松坂より尾崎のほうがすごかったなどと言い出す輩(やから)がいます。
あるいは、
サッカーでストライカーが出てくると
やっぱり釜本のほうがすごいよと言っているおじさんサポーターがいます。
それと一緒で
今も存在しない
見たこともない伝説だけが絶対になってしまい、
物事に対する判断が膠着化してしまうのです。」


という指摘は鋭い。
「昔はよかった」
という話ばかりしている人は駄目だと思う。

吉本新喜劇がつまらなくなった時、
乗り込んでいった筆者が、
そのつまらなくなった原因を解明するところがなかなか面白い。

「吉本新喜劇は
藤山寛美さんのような大スターがいて成り立つ
松竹新喜劇のようなものではなく、
大したスターはいなくても
一人のギャグに全員がこけて
笑いをとっていく全員野球のようなものです。
それがいつのまにかサラリーマン化してしまって、
同じようなことだけを繰り返していたのです。
生活そのものが、
お昼過ぎの2時に来て1回目、
夕方から2回目の公演をこなし、
夜はいきつけのスナックで一杯やって帰る
というようになっていました。
同時に花紀京さんとか岡八郎さんといったスター級、
いわば部長、課長クラスがいつのまにか、
牢名主のような存在となってしまって、
若い作家の台本や
若いプロデューサーのアイデアをことごとく退けて、
自分たちのやりやすいように変えていたのです。
やりやすい芝居というのは、
年を取った人間が動くのが億劫になっていたので、
身体を使わずにセリフで済ませるということなのです。
当然芝居は
動きのないダイナミズムのないものに陥っていきますから、
吉本新喜劇独特の全員野球のようなものは期待できないわけです。
これでは、客も引いてしまいます」


そこで、一旦全員をクビにし、
台本によってキャスティングしていったら、
今までベテランによって押さえつけられていた
次の世代が前に出て来たという。

というのは、
吉本に限らず、
あらゆる芸能、芸術に、
いや組織にも通じるものだろう。

何にせよ、安住したら、活力がなくなるのだ。

「教育のことを『エデュケーション(education)』といいます。
この言葉のもとは、educatusというラテン語から来ていにようなんですが、
この意味はもともと『引き出す』という意味だそうです。
そこから派生して
タンスとか机の「引き出し」という意味になったそうです。
ですから、教育の本来の意味は
君の引き出しのなかには
こんなに素晴らしい才能とか素質が一杯入っているんだから、
それを気づかせてあげて、
生きていく勇気と自信をあたえてあげるということなんです。
その本来の意味での教育をしないと、
この国ではいつまでたっても
Mサイズの人間しか生まれてこいなと思っています」


というのも炯眼。

日本は経済人も政治家も
すっかりMサイズ人間ばかりになってしまった。
やはり日本の全ての問題は
教育に行き着くようだ。







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