『夢違』  書籍関係

愛読していたブログが、
ある日気づいてみると、
長いこと更新されていない、
ということが時々あります。

たとえば、
ニューヨーク在住の女性で
メトロポリタンに足繁く通い、
私のものなど比較もできない
詳細な感想を書いていた
「OPERA! OPERA! OPRERA!」
3月3日を最後に更新されていません。

大学講師で韓国で教鞭を取ったことがあり、
韓国のミュージカル事情について
詳しい解説をしてくれていた方のブログも
3月末を最後にぴたりと止まりました。
こちらの場合はカレンダーさえ3月で止まっていますので、
ブログそのものが停止されているとしか思えません。

体でも悪くしたのか、
何か特別な事情が生じたのか、
まさか〜〜〜
と、ついつい悪い想像をしてしまいます。

このブログも読者の皆さんにそんな心配をかけないように、
健康に留意して続けていきたいものです。


定年後の感想を、
という声がありました。

まだ書くのは早い気がしますが、
2週間で早くも定着、というのが率直な感想。
ずっと前からこういう生活が続いていたような気分です。
勤めていた頃のことは遠くなり、
なんだか夢の中の出来事のよう。
一つだけあった心配事も少しずつ遠ざかりつつあり、
やがて「前世の記憶」になっていくのではないか、
そんな感じ。

やることは結構あり、
今日は、押し入れを改造したクローゼットを整理。
背広を着ることなど
今後ないと思うので、
大量に処分。

あとは、パソコンに向かって、
家計とりまとめの方策を策定。
うん、こういう形でやれば、
我が家の家計状況は一目瞭然で分かる、
というシステムを作り上げました。
海軍主計大尉であった父の血筋なのか、
お金の管理は性に合っているようです。

後は、旅行の準備と事後のまとめ。
ハワイの後の旅行がすぐに来るため、
ちょっと慌ただしい。
よく「やることがなくて困る」という
老後の話を聞きますが、
私の場合、さいわい
そんなことはありません。

それにしても
朝7時に起きて、
ベランダの花に水をやりながら、
その後に丸一日、
自由に使える時間がある、
しかも昼間の時間、
というのは実に楽しい気分です。


〔書籍紹介〕

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近未来の話。
人間の見た夢を映像化するシステムが開発され、
これを分析する人物が主人公。

ある小学校で
クラス全員がパニックに陥る事件が起こり、
何があったのかを解明するために、
子供たちの見た夢が集められる。
「夢札」と言われる夢の映像を監視しつつ、
その日、教室に、あるものが侵入して来た事実をつかむ。

この話を太い柱にしながら、
主人公の昔の恋人で、
予知夢を見るということで世間の注目を浴び、
交通事故で死んだ女性の姿があちこちで目撃される。
彼女は実は生きているのではないか、
という疑惑に主人公は苦しめられ・・・

フロイト以来、様々な解釈がされているが、
「夢」というのはまだ人類が未解明の分野
そこに目を付けた作者は炯眼だが、
未消化なままに小説化してしまったようだ。

「夢」を題材にすると、
最後は「何でもあり」になってしまいがちだが、
この作者もその呪縛からは逃れ得ず、
小説としては
卑怯、という感じで展開する。

というより、何だかシナリオを読まされているような感じで、
小説を読む喜びは湧かなかった。

映画でも「夢」を題材にしたものは多いが、
「何でもあり」と「卑怯!」の呪縛から解放されたものはまだ少ない。

着眼点はいいが、
食い足りないのが読後の感想。

小説の最後に、法隆寺の夢殿が出て来る。

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よく考えておると、意味深な名前だ。

大宝蔵院の夢違観音も出て来る。

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正しくは「観音菩薩立像」といい、
「夢違観音」は、
悪夢を良い夢に代えてくれるという民間信仰で付けられた俗称。
日本人も昔から夢の不思議には悩んでいたんだな、
とちょっと目を開かれた思いがした。


この「夢違」をもって、
先の直木賞(第146回)の候補作を全て読了。
あえて順位を付けると、

葉室麟 「蜩ノ記」
桜木紫乃「ラブレス」
真山仁 「コラプティオ」
恩田陸 「夢違」
歌野晶午「春から夏、やがて冬」
伊東潤 「城を噛ませた男」


となるが、総じて不作。
日本の小説界は何かとんでもない行き止まり
に陥っているような気がする。
それは日本映画や日本のテレビドラマを観た時の
感覚に似ている。
不出来は分かっているのに、抜け出せない。
しかし、それを言い出せば、
政治も経済も行き詰まっているわけで、
日本という本来素晴らしい力を持った国の
閉塞状況を反映しているのかもしれない。
日本よ、よみがえれ。





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