『しろばんば』と伊豆長岡温泉  旅行関係

〔書籍紹介〕

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昭和37年の井上靖の自伝的作品。
この文庫版は昭和40年の刊行で、
平成21年までで88刷。
すごいね。

小学校時代、
伊豆の湯ヶ島で
血のつながらない「おぬい婆さん」(曾祖父の妾)と暮らした数年間を描く。

冒頭、↓のような素晴らしい文章で始まり、

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題名の「しろばんば」の意味が出て来るが、
このことについては、二度と描写されない。
「白い老婆」という意味だとあり、
一緒に住んで、老衰で亡くなるおぬい婆さんの姿を託している気もする。

大正4、5年のことというから、
まだラジオもテレビもない時代。
電話さえもなく、
他の世界と隔絶された山村は
特別なことは起こらないまま、
田舎の時間がゆったりと過ぎていく。

その自然の中で
子どもから思春期に差しかかろうとする
一人の少年の心象風景がじっくりと描かれる。

従姉妹の恋愛や妊娠、出産、
結核の発病と死亡、
教師の発狂や、
移転して来た家庭の
都会の空気をまとった少女への思慕、
尊敬できる人物との初めての出会い・・・
こうしたことの中から、
一人の子どもの自我がめざめて来る

出色なのは、おぬい婆さんと共に
実父母のいる豊橋に出かけるくだりで、
馬車に乗って大仁まで行き、
軽便鉄道(今の伊豆箱根鉄道)に乗って三島に出て沼津に泊まり、
東海道線に乗って豊橋まで行く旅で
一挙に世界が広がっていくあたりが実に興味深い。
自分の住んでいる村以外に
こんなににぎやかな町があり、
違う雰囲気の人たちが住んでいる。
それは、今の時代の海外旅行に匹敵するカルチャーショックだった。
主人公の目に映る一つ一つがみずみずしい驚きを呼ぶ。

↓は、三島の水辺の文学碑。

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当時の湯ヶ島の子どもたちにとって、
三島が既に「異国」であったことが分かる。

主人公・洪作は、
おぬい婆さんが死に向かう中で、老いという悲しい現実を知り、
やがて、中学に入るために浜松に発っていくのだが、
その最後の描写が↓のとおり。

「洪作は路傍に立って、
楽隊の通り過ぎて行くのを見ていた。
数人の小さい子供たちが楽隊の背後からついて行った。
洪作にも、全員五人の楽隊の一行は、
決して花やかなものには見えなかった。
どこかに侘しいものがあった。
こうしたものを侘しいと感じたのは、
洪作にしても初めてのことだった。
侘しい、侘しい・・・
そんな気持を、洪作は胸に抱きしめていた。
郷里を離れる日の感傷的な気持でもあったが、
また一方で、
洪作は侘しい音楽を、
やはり侘しい音楽として受け取るだけの年齢になっていたのであった。」


「我が母の記」を観たのがきっかけで読んだ大作家の少年時代
伊豆に小学校4年まで過ごし、
5年生になる時、
初めて静岡県を出て、
東京に向かった自分自身の経験と重ならせながら読んだ。
それにしても大作家の記憶力には敬服する。


というわけで、
井上靖の世界を背後に感じながら、
伊豆旅行の続き。

私の故郷の村には、「韮山温泉」というのがありますが、
狩野川での鮎釣り客用の宿。
そこで、狩野川を越えて、「伊豆長岡温泉」へ。

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泊まったのは↓の旅館。

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もちろんネットで予約。
ネットには、
宿泊客の感想が
率直に書き込まれるので、
旅館も大変です。

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ここに決めたのは、
夜も朝も部屋食というのが気に入ったから。

窓からの景色。

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部屋は、この部屋に、

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寝室が付いています。つまりスウィートルームです。

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お食事。品数がやたらと多い。

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舟盛りはこんな。

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地元の牛?

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お風呂は

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貸し切り状態。

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「テルマエ・ロマエ」に出て来た、薬の宣伝入り桶。

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露天風呂からは、晴れていれば、前方の山の間に富士山が見えるはず。

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夜はやることがなくて困りましたが、
旅館の人に教えられて、ホタルを見に。
旅館の人が車で送ってくれました。

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反射炉のそばの川に飛ぶホタルはなかなか幻想的で、
カミさんはえらく感動していました。
小学校(共和分校)に行く途中の川で夏、ホタルを見ましたが、
それから55年ぶり。
いや、目白の椿山荘で見たな。
あれは買って来たホタルを庭に放つのですが、
今日のこれは、本当に自然のホタル。
デジカメには絶対写らない光量なので、写真はなし。
でも、なかなかの経験でした。

朝御飯は↓。

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お釜は釜飯ではなく、豆腐が入っています。

7月になると、あやめ祭が始まります。

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その昔、古奈(こな)の町にあやめ御前という美しい方がいて(ホントかね)
宮中へ上がって
源頼政の妻となり、
頼政の死後古奈に戻って、
尼として余生をすごした。
そのあやめ御前を偲ぶお祭。
(伊豆の国市観光協会より)

ご当地には「あやめ音頭」というのがあり、
脳味噌のどこにしまってあったのか、
その歌が旅行の間中、頭の中でぐるぐる回って困りました。
ネットで調べたら、
正式には「伊豆長岡あやめ音頭」といい、
昭和9年発売。
西条八十作詞、中山晋平作曲!
知らなかった。
「ハア〜
あやめ音頭はな(ソラショ)
あやめ音頭は紫だすき(チョイチョイ)」
という感じ。

「沼津エレジー」という歌も
記憶の中からよみがえり、
頭の中に反響。
これはネットにも出ていませんので、
忘れられた歌なのでしょうが、
私の頭の中には残っています。

と書いて、再度ネットを調べたら、
題名が間違えており、みつからないのは当たり前。
正しくは「沼津夜曲」といい、
↓のレコードのマークをクリックすると、聴くことが出来ます。

http://www.yamanashinouta.com/numazuyakyoku.html

50年も前の記憶なのに、
歌詞もメロディーも間違っていなかった。
恐るべし、脳の記憶システム。






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