土曜出勤と『わが母の記』  

今日は土曜出勤
誰もいないと思い込んでドアを開けたら、
先客がいるので、びっくり。

実は、食肉共同購入の請求書発行業務の
パソコンが古くなったので、
買い換えたのですが、
なにしろ10年以上前のもので、
ウィンドウズも98。
セブンへの切り換えでは、
さすがに基礎データの移動が出来ない。
一からやり直しのため、
担当のSさんが
休み返上で入力作業をしていたわけです。
いやあ、ご苦労様。
自分の仕事を愛しているんだね。

古いパソコンもご苦労様でした。

というわけで、
今日も引き継ぎ資料の作成。


帰路、映画鑑賞。

〔映画紹介〕

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「わが母の記」だなんて、
こんな題名の映画は観たくない、
まして、↓こんな写真や

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↓こんな写真を宣伝に使われると、

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個人的経験と重なりそうで、
敬遠した方が得策と思ったが、
原作がこの題名では仕方ないし、
原作が井上靖
監督が原田眞人では
観ざるを得ない、
それに、観ないで
後で後悔する、
という予感があったので、鑑賞。

いやはや。
泣かされてしまった。
日本のある時代の母子像が、確かにここにある。
現代にも通じる話だが、
大家族制が崩壊してしまった今となっては、
やはり文化的遺産としての景色となっている。

戸籍をいじったり、
血のつながらない人との生活は
昔はいくらでもあった。
絆が濃密だから、
その絆の瑕疵を
心の中にトラウマとして抱えることになる。

冒頭、雨の中で向かい合う家族の姿が出て来るが、
主人公の大作家は
その時の心の傷をずっと抱えて生きることになる。

井上靖68歳の時、
80歳から89歳までの母の姿を書いたのが原作。

昔は認知症などという意味不明の病名はなく、
「耄碌した」という言葉がぴったりだった。
既に↑の字は、若い人は読めないだろう。
「もうろく」です。念のため。

耄碌した母の姿ほど辛いものはなく、
息子は、母の美しい時の姿
永遠に心の中に抱いて生きたいものなのだ。

「母に捨てられた」
という思いを抱いていた作家が、
母への誤解と恨みを解いていく過程が切ない。
「詩」のくだり、
船から下船するくだりで落涙した。
ちゃんと伏線を張ってある脚本がうまい。
最後のたき火をしながら待つ場面はちょっと不自然か。

原田眞人の演出だと
どうしてこんなに役者たちが
リアルで自然なセリフ回しになるのだろうか。
そして、樹木希林の絶妙な演技。
間違いなく彼女の代表作。
昔から老婆を演じていた人だが、
69歳の今、近づいて来たのだろう。
受けて立つ役所広司は、やっぱり、うまい。
画面は終始安定し、美しい。

日本人のメンタリティには「母」があり、
だからこそ
初期キリシタンは
キリストよりもマリアを受け入れた、
というのが事務局長の自説だが、
心の中に「母」を抱える日本人の一人として、
胸に迫る映画だった。

外国語映画賞を選ぶ
アカデミー会員の眼力は確かだが、
この作品、選んでもらいたいものだ。

5段階評価の「4.5」

余談だが、
事務局長は伊豆出身(といっても、首根っこの韮山だが)なので、
中に出て来る「伊豆弁」がなつかしかった。
あのバスはどこから探して来たのだろう。

「印税」という言葉は既に死語だろうが、
当時の流行作家が
検印を押すために
家族総出でやっていたというのは、
初めて知った。

井上靖の実際の書斎で撮影もしたそうだ。

ますます余談ですが、
大作家と事務局長は、
名前が一緒です。

樹木希林があるバラエティの中で
「私、人からモノをもらうのが嫌いなんです」
と言っていたのは、なかなかいい。
彼女は事務所に所属せず、
自分でマネージメントをしているのだが、
電話をすると、
「私の出演作映像の二次使用の申し込みでしたら、
どんどん使って下さって結構です」
という録音が流れるそうだ。
たいした人です。

そのうち、
クイズ番組で
「樹木希林の前の名前は何だったでしょうか」
という問題が出るかもしれない。
答えられますか?
正解は「悠木千帆(ゆうき ちほ)」で、
彼女は1977年のチャリティ・オークションで
自分の名前を出品した。
2万2千円で世田谷の人に落札され、
その後、他の女優に譲渡されて、
二代目悠木千帆として使われている。









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