愚か者  

来週の二つの会議に向けて準備中。
特に際立った動きはありません。


新聞に「2月に復興庁が出来る」という記事を見て、
どこの国の話かと思ったら、
日本のことだった。
東日本大震災が起こったのが3月。
復興庁設置まで11カ月かかった。
こんな国があるだろうか?

大切なことを差し置いて、
増税に「不退転の決意」をした方は、
ことごとく順番を間違える。

「税と社会保障の一体改革」についても、
「一体改革」というのなら、
税制だけでなく、
社会保障についての改革案も同時に示さなければならないのに、
それがされていない。
つまり、これは「税の改革」にしか過ぎない。
増税のためのアリバイ作りだ。
やはりここでも順番がおかしい。

「増税の前にやるべきことがあるだろう」
という大きな声に、
議員定数や公務員給与の削減を
いやいや始めるようだが、
天下りの根絶も公約していたはず。
議員年金の特典も放置したままだ。
参議院議員の80削減など、
一度も手を付けていない。
それこそ「不退転の決意」でのぞむべきだろう。

これでは誰も付いていかない。
何が重要で、何が重要でないか、が分からない人を愚者という
と誰かが言っていたが、
やはり、野田さんは愚かだと思う。


ところで、芥川賞の田中さんだが、
その後、いろいろなインタビューを聞いてみると、
社会で働いたことのない
未熟な人なのだと分かってきた。
本人も「私は礼儀を知らない」と言っていたが、
ちゃんとした礼節を学ぶ機会を
社会で揉まれて
得ることが出来なかったのだ。
だから、大先輩石原さんに対しても
あんな無礼が言える。
石原さんのことを何も知らないのに。
子どもが「知事は怖そうだから、いやだ」と言っているに過ぎない。

つまるところ、
作家になるしか世の中を見返すことが出来なかった人なので、
評価されて、
自分の居場所をみつけたのだから、
幸運というべきだろう。

作家だから、
小説で勝負すればいい。

スポーツ選手が
どんなことを言われても
成績で見返すことが出来るのと同じだ。
そういう意味で
今みたいにインタビューを受けて、
作品内容以外の部分で
自分の無知と未経験をさらけ出さない方がいいと思う。
村上龍とはモノが違うのだ。

マスコミもちょっとした変わり種を
面白がって、
本人に誤解させない方がいい。

前に杉村太蔵君の時も書いたが、
ただの社会的経験の浅い未熟な青年
「ニュータイプ政治家」などと持ち上げて
勘違いさせるのは可哀相だ。


ある新年会と挨拶  

夕方から
業界団体の新年会へ。

クリックすると元のサイズで表示します

芹田理事長も壇上へ。

クリックすると元のサイズで表示します

お定まりの鏡開きなどあって、

クリックすると元のサイズで表示します

お食事。

クリックすると元のサイズで表示します

ローストビーフは、

クリックすると元のサイズで表示します

「がんばれ東北」の意味で
福島牛を使ったそうです。

クリックすると元のサイズで表示します

あとの料理の写真は、カット。

クリックすると元のサイズで表示します


1年に1度、
この時だけしか会わない人も多くおり、
その人の1年間が顔に表れます。

中には、
悪徳不動産会社の社長のような風貌になってしまった人もいて、
どんな1年間だったのでしょうか。

ある団体の理事長をしている方は、
28年前の初対面から変わらない姿を見せていました。
この方は、
事務局長が組合に入った時に、
連れて行かれた農水省の
課長補佐だった人で、
事務局長の顔を見た途端、
「業界の人みたいな顔をしていないね」
と言ってのけた人。
そういう見方の出来る人だから、
本人も変わらない。


そういえば、
この東京会館は、
昨日の芥川賞・直木賞の記者会見の場だったはず。


特にこの新年会について言うわけではありませんが、
せっかく挨拶に立たされながら、
何でこんなにヘタなんだろうとう人がいます。
国会議員の方は、
さすがに経験値が違って
総じて、お上手です。
都会議員クラスになると、
かなりレベルが落ち、
今日も書いたものを読んでいる人がいましたが、
代理代読ならまだしも、
本人なのに読むというのはいかがなものか。
普段、その場にいる人たちと交流がないことが歴然としてしまいます。

なぜ挨拶がつまらないかというと、
自分の実感的経験が織り込まれていないからで、
それがないと通り一遍のものになって、
聞いている人の胸を打ちません。

というより、時間を奪うことになります。
3分の挨拶が空疎だと、
その場にいる人が200人だとすると、
3分×200人=600分、
つまり、総計10時間分の時間が無駄にされたことになります。

やはり、聞いている人が、
「ああ、いい挨拶を聞いた、
得るものがあった」
というものにしないと、
時間をもらった分、申し訳ない。

外人、特にアメリカ人が
日本人の挨拶を聞いて驚くのは、
ユーモアのかけらもないことで、
アメリカではユーモアのない人は
人間的幅がない、とみなされます。

かと言って、ユーモアのセンスが悪いと、
「法務大臣というのは楽ですねえ」
とか、
「ブータンの国王の晩餐会よりこちらが大事」
などということになります。

挨拶の常套句、
「〜すると共に」
とか、
「さて、」
とか
「最後に」
とか
「簡単でございますが」
など、
無意味だし、聞き苦しい。


既に書いたとおり、
1月6日の組合の新年賀詞懇親会における
山本一力氏の挨拶は、
自分の実体験を語り、
人から聞いた格言への自らの感動があり、
出席者に対する励ましがある。
だから、私語が一切なく、
シーンと聞き入る。

文章を書く人、必ずしも話が上手ではなく、
話がうまい人が、必ずしも良い文章を書くわけではありませんが、
その両方うまいのは、珍しい。

本人の了解を得て、
「東京食肉新報」に掲載しましたが、
講読していない方のために、
次に山本一力氏の挨拶を採録します。


皆様、明けましておめでとうございます。
今日、この会場で何べん、
おめでとうございますを言ったか分かりませんが、
とにかく、新年が始まった、本当におめでたい日です。

時代小説を書いておりますこの身とお肉屋さんの皆さんと、
どんな接点があるんだとお考えかもしれませんが、
そこには、大きな縁(えにし)が横たわっております。

私は中学3年の時に、
14歳で高知から東京へ出てまいりました。
渋谷区の富谷というところで新聞の専売所に住み込んで、
新聞を配達しながら学校に通うというところから、
私の東京の暮らしが始まりました。
今年で64を迎えますので、
言わば半世紀前の話です。

その半世紀前に、
実は今のこちらの食肉組合の事務局長をしている大野谷、
同級生ですから、あえて呼び捨てでいきますが、
大野谷と渋谷の上原中学という区立の学校で出会いました。
私は高知から出て来て、右も左も分からない。
土佐弁丸出しでわあわあしゃべってて、
何か言うとみんなから笑われる。
そんな中で、大野谷とは、
映画が好きだとか、
音楽のことだとかで気の合うところがあり、
大変深い結びつき、縁を得ることが出来ました。
新聞を配る配達先まで一緒に大野谷は付いてきて、
配達を手伝ってくれた、ということもありました。
もう50年も昔の話です。

私は高校を卒業して、社会に出ました。
大野谷はその後大学に進み、
学生時代は交わるところはありませんでした。
私はとにかく早く卒業して、
社会に出たいと思っておりましたので、
卒業と同時に、念願叶って、社会人になりました。
旅行会社に入社し、
配属されたのが、
このすぐ近所の有楽町駅前にある交通会館です。
このあたりは社会人の第一歩を歩んだ場所でもありました。

それから先、ずっと長い時間が経過し、
私が販売促進の仕事をやっていた時に、
大野谷が前の事務局長である岡本さんに顔つなぎしてくれて、
組合の料理パンフレットを作るという仕事を
させてもらったというご縁もありました。

思えば、
物書きになって直木賞に手が届く今から10年前までは、
食うのが精一杯という暮らしをしておりました。
そんな時に手を差し伸べてくれた方の一つが
こちらの食肉組合です。
ありがたいことです。
人は辛い時に受けたご恩というのを簡単には忘れません。
深い縁になります。

何か機会があればと思っておりましたら、
今日この場で、私の方から皆さんに
お礼を申し上げる場を作ってくれる
ということになったものですから、
喜び勇んでまいりました。
本当に組合のおかげで、
組合から仕事をいただいたおかげで、
私は食いつなぐことが出来ていたんだとはっきり思っています。

クリックすると元のサイズで表示します

もう一つ、
先程芹田理事長さんがご挨拶の中で言い及んでくれたことなのですが、
こちらの帝国ホテルの小林哲也社長とも又ご縁があります。
今話している「縁」の言葉の源を私に教えてくれたのは、
実は他ならぬ小林社長です。

ある会食の後、
小林さんから
「人には縁という大事なものがある。
『小人は縁に気づかず、
中人は縁を生かせず、
大人は袖すりあう縁も縁とする』
これは中国の大事な言葉ですが、
覚えておいた方がいいですよ」
という話をうかがいました。
もうあれから何年もたちますが、
小説を書いていながら、
そのことを常に思っております。

クリックすると元のサイズで表示します

今日お集まりの多くの皆さんは
町のお肉屋さんであるとうかがっています。
お肉屋さんこそ、
お客様との縁を大事にされるご商売です。

アメリカのイーストマン・コダックという
大きな、写真の世界のガリバーだった会社が、
破産の申請をするというニュースが伝わって来ました。
1880年に創業して、
世界中のフィルムの8割のシェアを誇っていたこの会社が、
なぜそんなことになったのか。
答えは簡単です。
ユーザーとの縁を大事にしなかったのです。
ユーザーが今何を欲しがっているか
ということに耳を傾けず、
俺たちはフィルムの開発メーカーだというところに
あぐらをかいてきたことが、
この考えられない結果を引き起こしたと思えてなりません。

私はジョン万次郎の物語を書き続けており、
その取材で何度もアメリカに行っております。
ニューヨークという町は、
歩いて回れる大変好きな町です。
この町にはいたるところに食料品屋があります。
一つの町の中に本当に小さな食料品屋さんが3つも4つもある。
驚いたことに、
どのお店も同じ値段でものを売ってない。
たとえばコカコーラを例にとって言えば、
あるお店では95セントで売っているのに、
別なお店では1ドル15セントで売っている。
高いお店に行って、
あそこでは95セントで売っているのに、
というと、
ウチがいやなら、そっちで買ってくれという。
彼らは、そういう商売をしていながらも、
お客様との縁の結び方は大変に絆が強い。
ですから、少々高かろうが、
お客様は、
その店にわざわざ訪ねて行って、ものを買うということをしている。
それを目(ま)のあたりにして、
ああ、商いの原点はここにあるんだな、
ということを本当に痛感しました。

消費者と一番先端で結びついているのが、小売店です。
小売店が元気でないところに発展などあるわけがありません。
うちの小僧も、
上は大学2年、下が高1ですが、
せっせと町場のお肉屋さんに行って
買って帰って来ます。
小さなお店でそこのご主人の顔を見ながら、
見ている前で肉を切っていくあの包丁さばき。
包丁さばきの見事さの中には、
技だけではなく、心が詰まっている。
どういう心かというと、
人の口に入る食べ物を
おかしなものは絶対に売らないという
その誇りに満ちた心が詰まっています。
それがある限り、
町の小売店は元気になります。
絶対元気です。

皆さんが一生懸命やっておられることを
理解できる消費者も数多くいます。
私も及ばずながら、
自分の小説やエッセイの中で
小売店の大事なことをこれからも書き続けていきます。

どうか皆さん、
年の始まりに当たり、
今日も明日も、
どこよりもおいしいお肉を食べさせてくれる商いであることに
誇りを持ってこの1年を迎えて下さい。
お招きいただいて、本当にありがとうございました。



年度末へ向けて と 芥川賞  

徐々に事務局長は年度末モードに入りつつあり、
今日も決算へ向けての試算をしてみました。
豪ドルが上昇し、
一時80円を越えたりしており、
ちょっと見通しが明るくなってきました。
まあ、為替だけは
自分の力ではどうすることも出来ないので、
天に祈るのみです。


ところで、
今日は芥川賞・直木賞の選考結果が発表。
芥川賞を受賞した二人のうちの
田中慎弥さんの記者会見を観ましたか?

じきにWEB上からも消えると思うので、
↓に採録。



−−まず一言

「確か、(米女優の)シャーリー・マクレーンが
何度もアカデミー賞にノミネートされた末にようやく取ったとき、
『私がもらって当然だと思う』と言ってたらしいが、
だいたいそういう感じです」

「4回も落とされたので、断るのが礼儀といえば礼儀。
でも私は礼儀を知らないので、(芥川賞を)もらうことにした。
断って、気の小さい選考委員が倒れて都政が混乱してはいけないので。
都知事閣下と都民各位のために、もらっといてやる。
もう、とっとと終わりましょうよ」

−−今回は東京ではなく地方在住の作家の受賞が目立つが

「感想はありません」

−−他の受賞作については

「読んでないのでわかりません」

−−5度目の候補で受賞したことについて

「1回目で受賞するのが一番いいんで。
5回目だとまぬけです。
もうやめましょうよ」

−−田中さんは「自分は働いたことがない、働いたら負けだ」
と以前話していましたが、
いま仕事の見つからないニートの方に一言あれば

「人によって状況が違うので他の人に言うことはありません。
私は本を読んで小説を書いて、小説家になっただけです」

−−田中さんは携帯を持っていないが、今日はどのようなかたちで受賞の報を受けたのか

「都内の飲み屋で待っていました。
プリぺイド方式の携帯を編集者が持ってきて、(受賞の報を)受けました」

−−どなたかに知らせましたか

「母に」

−−お母さまは何と?

「『良かったね、おめでとう』だけです」

−−文学振興会から受賞の報を受けたとき、どう返事したのですか

「ちょうだいします、と」

−−今回の受賞を受けて、心境の変化はありますか

「気持ちの変化はありません。私には意欲がありません」

−−故郷・下関への思いを教えてください

「非常に乾いた街です」

−−受賞によって下関を離れるとか、書くスタイルは変わりませんか

「今までどおりです」

−−シャーリー・マクレーンと同じく受賞は「当然だ」ということですが、当然とは?

「当然だから当然です」

−−選考委員の石原慎太郎氏に一言

「おじいちゃん新党結成に向けていそしんでいただければ」

−−地元の恩師の方からもお祝いの声が寄せられています

「それは嘘ですね、私は教師に嫌われていたわけですから」

−−不機嫌なのはなぜ?

「とにかくやめましょうよ。
私は円城さんのように丁寧にできないので」

−−今日はお酒は飲んできたんですか

「ワイン2杯くらいです」

−−たくさんの人の前で話すのは嫌いなのですか

「こんな場所で話すのが好きな人はいないでしょう。
政治家じゃないんだから」

−−最近講演などもされているそうですが

「それは、ギャラが出るんで」


実際に観たい方は、↓をクリック。(これも消えると思うので、早めにどうぞ)

http://video.search.yahoo.co.jp/search?p=%E7%94%B0%E4%B8%AD%E6%85%8E%E5%BC%A5&ei=UTF-8

どう思いますか?
こういう記者会見をするのも勇気が要りますね。
無礼なのは、
本人が「私は礼儀を知らないので」と言っているのだから、
仕方ないでしょう。
まあ、普段からこういう人で、そのままなら、それでいいんで。
ただ、こういう人が会社や近所にいたら、
イライラするでしょうね。

ただ、言えるのは、
くだらない質問だなあ」
と本人が頭の中で思っているのは確かです。

たとえば、
−−田中さんは「自分は働いたことがない、働いたら負けだ」
と以前話していましたが、
いま仕事の見つからないニートの方に一言あれば

などという質問に

「人によって状況が違うので他の人に言うことはありません」

と答えたのは、
全く正しい。

下関の件以外、
作品の内容に入っていった質問は皆無で、
記者たちが作品を読んでいないのがアリアリ。
政治家への会見での質問もそうですが、
記者たちの質の劣化ははなはだしい。
本質に切り込む、ということがない。

田中さんもこんな場に出てこなければよかったのに
というのが率直な感想。
まあ、受賞後の通過儀礼だから仕方ない。
この記者会見については、
いろいろ言われるでしょうが、
作家の勝負の場は作品そのものですから。


「気の小さい選考委員」と言われた石原さんの
最近の作家の作品についての感想は
↓の記事に現れています。


「自分の人生を反映したようなリアリティーがないね」
 芥川賞の選考委員を務める東京都の石原慎太郎知事は6日の定例会見で、
いまの若手作家に欠けているものについて、こう語った。

 石原知事は
「(作品に)心と身体、心身性といったものが感じられない」と指摘。
「見事な『つくりごと』でも結構ですが、
本物の、英語で言うならジェニュイン(正真正銘)なものがない」

と述べた。
石原知事は昨年11月の会見でも
「みんなマーケティングで、
同じ小説家がくるくる違うことを書く。
観念というか、自分の感性でとらえた主題を
一生追いかけていくのが芸術家だと思う」

などと語っていた。

第146回の芥川賞候補作は6日付で発表され、
17日に選考委員会が開かれるが、石原知事は
「苦労して読んでますけど、バカみたいな作品ばっかりだよ」
とぼやくように話した。


まあ、そのとおりですね。
直木賞を取った葉室麟さんの作品は、
まさに、
「自分の感性でとらえた主題を
一生追いかけていく」
ものですが。



小康状態  

先週末で新聞が終わったので、
ちょっと小康状態。
といっても、
この後、会議が続きますので、
その準備を始めています。

まず、24日が総務部会
26日監査会
28日臨時三役会
2月に入って5日が芹田理事長の厚生大臣表彰祝賀会
9日が三役会と常務会
新聞の入稿を終えた後、
15日広報部会
16日企画指導部会
17日厚生部会
と3連続をやって、
21日事業部会
これらの各部の立案をまとめて、
3月2日の予算編成委員会へとつながります。

その間に高校時代のクラス会があったり、
個人的なイベントが3回あります。
今週末には、その個人的イベントで、ソウルへ
娘に会うためですが、
実はミュージカルを3本観ることになっています。
羽田から夜8時頃ソウルに発つ便があるので、
金曜夜から日曜夕方まで
仕事に差し障りなく出かけることが出来ます。
便利な時代です。





かまくらと『ファウスト』  オペラ関係

↓は、昨日紹介した有楽町駅前のイベント。

クリックすると元のサイズで表示します

ちょうど「なまはげ太鼓」というのをやっていました。

クリックすると元のサイズで表示します

秋田県のゆるキャラ。

クリックすると元のサイズで表示します

B−1グランプリで優勝したという「横手焼きそば」も売っていました。

クリックすると元のサイズで表示します

脇では右翼が情宣活動。

クリックすると元のサイズで表示します

新年賀詞懇親会の挨拶で山本一力氏が触れた、
社会人になって最初の勤務地の交通会館の店。(当時とは場所が違う?)

クリックすると元のサイズで表示します

銀座の歩行者天国は今も実施。

クリックすると元のサイズで表示します

今日の歌舞伎座跡地。

クリックすると元のサイズで表示します

1月10日のブログの写真は夜でしたが、
これは夕刻の写真。

目的地はここ、東劇で、

クリックすると元のサイズで表示します

METライブビューイング、グノー「ファウスト」です。
1859年、パリで初演。
1883年のMET(旧劇場)のこけら落としで上演された作品。
日本でも始めて上演されたオペラがこれで、
その日(11月23日)は、「オペラの日」に制定されています。

ストーリーは有名すぎて書きませんが、
今回の演出(デス・マッカナフ。ブロードウェイの演出家)は、
20世紀に時代を移し、
ファウストは第2次世界大戦当時の物理学者という設定。
メフィストによって若返った後は、
第1次世界大戦当にタイムスリップ。

このブログを今までお読みの方は、
こういう読み替え演出は
事務局長が最も嫌いなものとご存じでしょうが、
歴史モノを現代化するのと違い、
元々寓話なので、
現代に持って来ての上演はそれほど抵抗がありません。

どころか、
第3幕(オリジナルの第4・5幕)の演出はなかなかのもの。
なにしろ、
原爆実験の情景や、
広島・長崎を連想する場面が出て来て、
しかもそれが照明の演出だけで展開される。
そうか、メフィストの目的はそれであったか、
すると、ファウストは原爆開発に加担した物理学者であったか、
だから自殺するのか、
等々の勝手な解釈が成り立ちます。

どうかと思う人もいるでしょうが、
悪くはない。

というのも、
思いつきだけでなく、
細かい演出がそれを補完しているからで、
更にそれを支える歌手陣がとてもいい。
メフィストフェレスのルネ・パーペは圧倒的な存在感。
コミカルな味が出ているところがまたいい。
居酒屋のシーンではダンスまで踊る。

クリックすると元のサイズで表示します

マルグリットのマリーナ・ポプラフスカヤは、

クリックすると元のサイズで表示します

「ドン・カルロ」のエリザベッタなどよりよほどいい。

クリックすると元のサイズで表示します

教会のシーンなどぴったり。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

昇天シーンは別の意味があるように見えた。

クリックすると元のサイズで表示します

ファウストのヨナス・カウフマンは、

クリックすると元のサイズで表示します

いい男で、暗い声音がこの作品に合っているが、

クリックすると元のサイズで表示します

この演出のこの役柄に戸惑っているよう。

クリックすると元のサイズで表示します

嫌いな演出なのに、
ダンスの部分を割愛して一挙になだれ込む
終幕は息を飲んだ。
敵ながらあっぱれ


なお、オペラに付き物が事故が
この中継日とは別な日にあったようで、
その顛末は、
ニューヨーク在住のMET好きの方のブログ↓に詳しいので、お読み下さい。

http://blog.goo.ne.jp/madokakip/e/d70f05aff899bdb453b4b812b2256934






AutoPage最新お知らせ