常務会準備と石井光太の本3冊  

昨日書いた
芝浦での「公的全頭検査」については、
各紙が取り上げ、
特に東京新聞が大きく掲載していました。
わが組合も記事の中に登場。

その件で数件マスコミからの問い合わせがあり、
ある有名報道番組からは
カメラの前でのインタビューを要請されましたが、
ていねいにお断りしました。

情報は支部長を通じて組合員にも提供。


8日の常務会の資料案を作成し、
各部長へ。
今度の常務会は1時間で終わらせる予定ですが、
意外と議題が多くなり、
収まるかどうか、ちょっと心配。


「食肉ギフト券」廃止に伴う払戻しの完了報告は、
事情があって遅れていた県の報告書が受理され、
全ての発行県での手続きが完了しました。
近く「統一協定」終了の宣言を出す予定です。

お役所からの多少の指導はあったものの、
終わってみれば、順調に推移したようです。


明日は仕組債の利率の決まる日。
豪ドルは持ち直していましたが、
今日の昼頃、利下げの発表があり、
一挙に下落。
明日の午後3時まで、
ちょっと神経質な展開になりそうです。


〔書籍紹介〕

石井光太の著作を3冊まとめ読み。
筆者は、
東南アジアや中近東に出かけ、
底辺の人々の中に住み着いて取材し、
世界の貧困の実相をレポートしている方。

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「物乞う仏陀」は、
カンボジア、ラオス、タイ、ベトナム、
ミャンマー、スリランカ、ネパール、インドの
貧民窟に入って、
物乞いをしなければ生きていけない人々の日常を描く。

その原因は様々で、
たとえば、カンボジアでは、
地雷で足を失ったがゆえに
仕事を持つことが出来ず、
道端で義足やケガをした顔をさらすことによって
「憐れみを売って」暮らしている人々がいる。
ポル・ポト時代に
カンボジアは国土全体が地雷源と化してしまった。
自分の国の地面を汚すという暴挙を
あの狂気の政権はしてしまったのだ。
その被害者は今も苦しんでいる。

ラオスでは、
ベトナム戦争に巻き込まれて
降り注いだ爆弾の不発弾が
今でも暴発し、
子供たちの手足を奪っている村を取材する。
抑圧された少数民族もいる。

ネパールでは、
薬物中毒の人々を追い、
子供の時からシンナーを吸引している姿を紹介する。

タイでは、
障害者たちが宝くじを売ったり、道端で歌ったり、
粗末な物売りをする姿を追う。

そして、インドでは、
物乞いの効果をあげるために
小さな子供がレンタルされている現状、
その子供が大きくなってレンタルの価値がなくなると、
臓器を売ったり、
手足を鉈で切って、
人工的な障害者にして
物乞いをさせるビジネスが登場する。

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「絶対貧困」は、
スラムの成り立ちや
路上生活者の現状、
世界に数千万人から1億人以上いるといわれる
ストリートチルドレンの姿を追う。
とにかく、今日食べるものがない、
という実情は悲惨すぎて目がくらむ。

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「神の棄てた裸体」では、
舞台を中近東まで広げて、
体を売るしか生きていけない娼婦や浮浪児の実態に迫る。

単なる旅行者ではとても見ることの出来ない現状を
自らその環境の中に飛び込むことによって
描き出す石井光太の筆致は、
迫真の事実として迫って来る。
とてもこの真似は出来ない。

住むところも着るものも食べるものもない、
衣食住ことごとく失われた人々の生活は、
人間の暮らしとは思えないが、
今だにそれが世界の現状だ。

飽食の日本にいる身としては、
唖然とするしかない内容だが、
世界にはこのようにして
信じられないような貧困が存在しているのだということを
知らなければならない。

日本でもわずか100年前の農村では、
口減らしや人身売買や売春は存在していた。
数々の幸運と国民の努力で今の日本は出来上がったが、
一つ間違えば
今の日本もそうなっていたかもしれない。
事実、隣国・北朝鮮では、国民は飢えている。
その上に、「寒さ」という
耐えがたい試練が襲っているのだ。

何度「読むんじゃなかった」という後悔にとらわれたか分からないが
救いは、
そうした暮らしの中でも
貧しい者同士が助け合い、
小さな喜びを大きく感じて生きていること。
特に家族に対する思いやりが
保たれていることには、
救いを感じる。

帰宅の電車の中で読んで、
駅で降り立ち、
ショッピングセンターの食品売り場を歩くと、
あふれんばかりの食物が並べられた光景が不思議に覚える。

以前「クロッシング」という脱北者の映画を観た時、
肺結核の妻に与える薬を得るために必死に働いた夫が
南に逃れて来て、
その結核の薬が保健所に行けば無償でもらえることを知って、
「神は南にしかいなのか」と叫ぶシーンを思い出す。

この本の中に描かれた「絶対貧困」の人々が
もし日本のショッピングアーケードに来たならば、
富の偏在と生まれ落ちた場所の不公平
故郷の家族を思って泣くだろう。
そして、
今の世界で最も幸運な場所に生まれた日本人が、
その幸福を実感できず、
感謝も満足もなく暮らしていることに怒りと哀しみを覚えるだろう。

今この本を読んだからといって、
読んだ者は何もすることは出来ないが、
その実情を知った上で世界を見れば、
自分の生き方について
何らかの光を当てることは出来る。

事務局長の定年後の生き方に
影響を与えるかもしれない。






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