普通の生活と『上を向いて歩こう』  

普通の生活に戻りました。
来客で事情を知っている人が
「全然疲れた顔をしていませんね」
と言うのは、嬉しい。
好きなことをして来て、
疲れていてはいけません。


明日の常務会に向けての資料、
FAXした内容に
修正の要請があったのを直していきます。
夕方には完成させ、
明日を待つばかり。


帰国後食べたのは、
まぐろとかつおとイカの刺身。
しゃぶしゃぶ。
ラーメンはまだ。
日本の食事は世界一おいしい。
もっと日本人は幸福に感ずるべきです。


〔書籍紹介〕

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この本は面白かった。
世界で一番有名な日本の歌「上を向いて歩こう」がどのように出来たか。
どうやって全米ヒットチャートの1位になったか。
どうして「SUKIYAKI」と題名がついたのか。
中村八大とはどのような人物か。
永六輔とはどのような人物か。
坂本九とは・・・

こうしたことを当時の日本の音楽界を背景にしながら解き明かしていく。

当時、事務局長は中学生。
守屋浩や三橋美智也など日本の歌謡曲から
洋楽に移行する頃。
ラジオの音楽番組を懸命に聴き、
ドーナツ盤を借りて(買えないから)、
チャチな「蓄音機」で聴いていた時代。

テレビは「ヒットパレード」
洋楽のカバーを日本の歌手たちが歌っていた。

この少し後、高校生になると、
土曜の夜はNHKの「夢であいましょう」を見、
日曜の夕方は「てなもんや三度笠」
「シャボン玉ホリデー」を見て、
週明けの学校の話題はそれだった。

「上を向いて歩こう」は、
「夢であいましょう」の「今月の歌」コーナーで歌われ、大ヒット。

この歌はそれ以前に、
1961年7月21日、
大手町の産経ホールで開かれた
「第三回中村八大リサイタル」のために作曲され、
その朝、出来たばかりの曲だった。
曲を取りに行った曲直瀬(まなせ)信子(マナセプロの社長の長女)が
八大のピアノで歌い方を確認。
譜面を読めない坂本九のために曲を覚えて、
リハーサルに向かう車の中で九にワンフレーズごとに
まさに口うつしで信子から九に歌が伝えられた。

リハーサルで「ウヘヲムフイテーアールコウォウォオオ」
と歌うのを聞いた永六輔は激怒したという。
しかし、中村八大は「あれでいいんだ」と認めた。

などという知らなかった話が山ほど出て来る。

アメリカのキャピトルレコードが発売に至った経緯は
わりとよく知られているが、
「SUKIYAKI」の由来は初めて知ることが書いてある。

東芝レコードは、
この曲をアメリカの前にヨーロッパで売ろうとしていた。
その結果、英国でディキシーランドのスタイルでカバーされ、
全英チャート10位になった。
その時の題名が「SUKIYAKI」。
「ウエヲムイテアルコウ」という、
外人がとても発音できない言葉に代わり、
この題名を付けたのは、
日本の東芝レコード本社だったというのも、
通説とは違う内容。

アメリカのキャピトルは、この題名を踏襲したわけだが、
当初のジャケットには「SUKIYAKA」と書かれていた。
後で修正されたが、
ただの間違いではなく、
SAKAMOTOとSUKIYAKAで、
「KA」の音で響きあうものとしたらしい。
(と書いてあるが、位置的には響かない)

という話も初めてだ。

更にビートルズは初めアメリカで受け入れられず、
レーベルを転々。
「シー・ラヴズ・ユー」など
フィラデルフィアのレーベルで発売されて、800枚しか売れなかった。
甘いアメリカンポップスに慣れた耳には斬新すぎたらしい。
アメリカで爆発的に売れたのは、
初期の頂点「抱きしめたい」からだ。

日本でもビートルズは「抱きしめたい」からだったのは、
そういうわけ。

というのも知らなかった。

「黒い花びら」のことも初めて知った。

当時のロカビリーの歌手たちを売り出そうという安直な企画で、
「檻の中の野郎たち」「青春を賭けろ」という2本の映画が作られた。
その頃、ようやく著作権問題に目覚めて来たため、
勝手に映画で外国の曲を使うことが出来なくなった。
そこで中村八大に作曲が依頼され、
わずか1日で8曲作らなければならなくなった。
その切羽詰まった状況の中で、
たまたま日劇前の路上で偶然出会った永六輔に作詞を依頼、
これが六・八コンビの誕生で、
その8曲の一つが「黒い花びら」。
映画の中では夏木陽介が歌う場面で、
水原弘がアテレコした。
それがレコード化されて大ヒット。
第1回レコード大賞を受賞する。

そう思って「黒い花びら」を聴くと、
確かに新しい音楽だった。
歌詞も、メロディーも。
中間、ワンコーラスまるごと松本英彦のサックスがメロディーを奏でるのもすごい。

こういう経過も知らなかった。

知らなかったことだらけ。
そういう意味でこの本は価値がある。

圧巻は、
「上を向いて歩こう」のオリジナル楽譜が掲載されており、
坂本九によって、
どのように工夫されたかのくだり。
音符一つ一つに当たりながら解きあかしていく。
坂本九の背景にプレスリーがあったとは知らなかった。

「上を向いて歩こう」が世界的にヒットしたのは、
曲が良かったのであって、
日本語歌詞の意味など分からないのだから、
歌手を誰でもよかったのだ、
という一部にある説も間違いだとよく分かった。
アメリカの若者たちは、
歌詞の意味は分からずとも、
坂本九の声質と歌い方の中に、
歌詞に含まれた哀愁とエレジーを感じたのだという。

確かにそのとおりで、
ポール・アンカやニール・セダカやコニー・フランシスの曲を聴く時、
当時意味など全く分からずとも惹かれたのは、
やはり彼・彼女たちの声質だったと思う。

事務局長は当時坂本九はあまり好きではなかった。
あの作り笑顔が不自然で、
ダサく感じたし、
歌っていた歌(「九ちゃんのズンタタッタ」や「幸せなら手を叩こう」など)が
なんだか安っぽく聞こえてならなかった。

でも、この本を読んで、
「上を向いて歩こう」という曲が世の中に出るために果たした
坂本九の貢献がよく分かる。

この本は、坂本九復権の本とも言える。


と、ちょっと書きすぎたが、
この本、当時リアルタイムに生きた方には、
絶対のおススメである。





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