まだやるのか、と『歌うクジラ』  

昨日のブログで、
政権にしがみつく菅さんのことを書きましたが、
今朝の産経新聞1面トップに、
『首相「まだ、やらねば」』
とあって、苦笑しました。

昨夜の民主党幹部の会談で、
またもや退陣説得(正確には、早期の退陣説得)に失敗したためです。
それもこれも「一定のメド」を明確にしなかった詰めの甘さゆえ。
そして、今の政治の焦点は、
会期延長を50日にするか70日にするか120日にするか、
の不毛な論議。
会期末を明日(22日)に控えているというのに。
明日決まらなかったら、
自動的に閉幕になるのでしょうか。
だとしたら、国会は本当に機能不全。
普通なら責任を取って総理はやめるでしょうが、
それでもやめない。
本人が「やめる」と言わなければ、やめさせられない。

それにしても菅さんの強気は、どこから来るのでしょうか。
一体、誰が励ましているのか。
誰もやめさせられないことを
逆に確認して強気になっているのでしょうか。

総理に対するリコール権は、国民にはありません。
内閣にも、国会議員に対してさえリコール権はない。
あれは地方自治体だけのことです。
そうしている間に日本はどんどん沈んでいく。
不思議どころか恐ろしい話です。


と、また政治ネタですが、
今日は、7月の二つの会議の案内を発信すると共に、
明日の全国団体の総会への出席の準備。
議案の内容を「翻訳」する作業です。
とにかく、この業界は言語伝達能力が欠けていますので。


〔書籍紹介〕

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天才・村上龍の未来社会を描く大作。

2022年、グレゴリオ聖歌の旋律を正確に歌うクジラが現れ、
そのクジラから不老不死の遺伝子が発見され、
SW遺伝子と命名される。
SWとは、「歌うクジラ」(Singing Whale)の頭文字。
その時から人類は急激な変化をとげ、
「文化経済効率化運動」によって、
社会は効率だけを求めるようになり、
さらに階層を棲み分け、階層間の相互交流を遮断することにより、
差別や妬みのない「理想社会」を作り上げる。

物語は、最下層の島(その名も「新出島」)で育ったアキラという少年が、
父親により体に埋め込まれたICチップを
ある人物に届けるために
島を脱出し、
様々な階層の社会を通過しながら、
旅をしていく姿を描く。

200年ほど後の日本の社会の
村上龍が想像力で作り上げた有様を一緒に見ていくわけだ。

「文化経済効率化運動」により、
意味や根拠なく笑顔を作ることも禁止され、
性欲も生殖目的以外は禁止、
食欲さえも美食目的は禁止、
従って、栄養効率だけの「棒食」というものを食べている。

敬語もなくなり、
父親のデータベースにより敬語の使えるアキラは特殊扱いされる。
また、反乱移民の子孫たちは、
わざと助詞を不正確に使うことによって、
抑制から逃れようとしている。

巨大スタジアムでの競技の様子や、
中国人街の情景や、
ボノボのようになって暮らす人々や、
医療を受けて病身のまま永遠に生き続ける人々や
人類の行き着く先の姿が次々と展開する。
まさに村上龍ワールドで、
一度頭の中を覗いてみたい。

最後にヒロシは最上層の人物に、
ある場所で会い、
ある光景を観るのだが・・・

内容は歴史論から遺伝子学、社会学、ロボット工学、宇宙論、贖罪論まで多岐にわたり、
村上龍が並外れた知能と知識の持ち主であることが分かる。
その高度な知性が想像した未来社会は、
実におぞましい。

だが、描写は美しく、哀しみにも満ちている。
特に、サツキという、                              
かつてアキラと性交渉を持った                          
最高位の百歳を越える女性が、
別れるアキラに執着して、述べる諦念の言葉、

「わたしはあるとき、気がついたの。
取り戻せない時間と、
永遠には共存し合えない他者という、
支配も制御もできないものが
この世には少なくとも二つあることを、
長い長い自分の人生で
繰り返し確認しているだけなのだって、
わたしは気づいたの」


という言葉は美しい。
                                        
上下2冊の長い作品だが、
時間を忘れて読んだ。
特に、ラストの場面での展開は
息を飲み、
電車を降りてからホームに座って読み続けた。

読書の持つ知的側面を満足させてくれる本だが、
かなり厳しい残酷描写と性的描写があるので、
そういうのが苦手な人、
そもそも近未来社会モノが好きでない方にはお薦めしません。






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