10周年と最後の1年  

今日で事務局長に就任して10周年になります。
平成13年6月1日、前事務局長が5月末日で退任したのを受けて、
次長がそのまま昇格した次第。

前事務局長が退任を表明して数日後、
「仕事を引き継がせていただきたい」と
事務局長自身が申し出ました。
その時、前事務局長は、他の人に、
「自分は良い部下を持った」と述べたそうです。

就任後、
ある幹部は、
「君は事務局長になるのが3年遅かった」
と言いました。
また、ある人は、
組合十年の計を作って下さい」
と言いました。
大げさな、そんなこと出来るかい、
と思いましたが、
その後の展開で、
全国団体から脱退し、
その返還金を基金にして
平成17年に
「組合内助成事業」を創設
資産運用によって資金を作り、
組合員の喜ぶ事業を次々展開して、
既に7年目。
リーマン・ショックという危機により
存続が危ぶまれましたが、
定款変更によって
組合本会計の決算内容に左右されることなく
助成事業が継続出来る体制を作りましたので、
これが後3年続くとしたら、
それが「組合十年の計」だったのかもしれません。

10年前にはそんな構想はなく、
全国団体の脱退も
仕組債による運用の成功も
組合内助成事業の組合員による圧倒的支持も
全て結果が良かったので、
一つ間違えば、
責任を取ることになっていたかもしれません。
幸運に恵まれた、としか言いようがないですね。

そして、今日から事務局長は
最後の1年間の奉公となります。
来年の今日は、もういない。
定年という社会のルールにより、
ありがたく業界から去らせていただきます。

その1年間がどのようなものになるのか。
世界情勢も社会の状況も為替の動向も不明ですが、
今の基本路線を守りながら、
円滑に組織運営に従事したいと思います。
この1年間起こることは、
全て事務局長にとっては「最後の」の冠付き。
去りゆく日々を大切にしながら、
良い1年にしたいと思います。


という、1年の初日に、
病院で手術を受けるために、早退させていただきました。
手術というと驚くかもしれませんが、
1カ月ほど前に報告した額に生えた「皮角」を切除する手術です。

ベッドに横になり、
資料のために写真を撮られ、
麻酔を注射され、
あとは顔の上に患部だけ穴の開いた布をかけられました。
手術は10分で終わり、
今度はうつぶせになって、
股と尻の境目(というものがあるのかどうか知りませんが)あたりに出来た
もう一つの皮角の除去手術。
パンツを看護師さんにちょっとめくられ、
何か背後でごそごそやっているのを感じながら、
痔の手術はどんな姿勢でやるのかな、
やっぱりパンツは脱ぐんだろうな、
看護師さんもいるし、
きっと恥ずかしいだろうな、
などと考えているうちに、これも10分で終わりました。

今日、写真を撮られましたが、
実は昨夜、記念のためにデジカメで、
その部分の写真を撮りました。
位置的に自分では撮れないので、
カミさんにやってもらいましたが、
ブツを見て、カミさんが大いに笑いました。
「まるでいやらしい写真みたい」ですと。
写真を見ると、確かに笑える。                         
何やら妙なものが1センチほど皮膚に生えています。
このブログで写真を公開すると、
一生笑われそうなので、写真は非公開。

鏡を見ると、
あきれるほど大きな絆創膏が貼ってあります。

来週、抜糸をし、
取った組織の病理検査の結果を教えてくれるそうです。
ついでに言えば、
前に取られた血液検査の結果は、全てマイナスだそうです。
ああ、よかった。
                                           コメントで、
「最近、内容が高尚過ぎる」と叱られましたので、
今日はくだけた内容にしました。


手術の後、せっかくの5時前なので、市役所へ。
転籍の手続きです。
事務局長の本籍は、結婚前は茨城県の石岡市。
父親の本籍にありました。
結婚した時、実家のあった港区港南に新戸籍を作り、
今後の便利のために
現住所に本籍を設定。
すごい簡単な手続きで、
これでいいのか、と思いましたが、
法的には、申請日から有効だそうで、
本日を期して、
事務局長はめでたく
本籍も住所も浦安市の人間になりました。






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