決算打ち合わせと面接  

何年か前に
毎日のように写真を掲載した「芝浦の桜」が咲き始めました。

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例年なら今の時期伝わって来る花見について
全く報道されず、
今年は桜さえ悲しみのあまり咲くのをやめたのではないか
と思ったりもしましたが、
自らの中にあるDNAの命令によって、
遅まきながら咲き始めたようです。

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今日、組合は「決算打ち合わせ会」。
昨日確定した数字を元に、
理事長・専務らと報告方法を検討し、
剰余金処分案を作成する作業です。
ささやかではあっても、
両組合共に黒字であることは、
やはり前に進んでいける、という感じがします。

その後、面接
今次長がしている食肉共同購入供給事業の事務を
引き継ぐ人を雇用するためです。
二十代の方は
40歳も離れていますので、
どういう世界を持っているのか、皆目分かりません。
職場に同世代がいない、
というのは、
懸念材料ですが、
何とか定着してほしいものです。


新聞に池澤夏樹という作家が、
東日本大震災(この名称が最も定着しているようです)について
素晴らしい一文を寄せていたので、少し抜粋。
                   
正直に言えば、
ぼくは今の事態に対して
言うべき言葉を持たない。
被災地の惨状について、
避難所で暮らす人たちの苦労について、
暴れる原子力発電所を鎮めようと
(文字どおり)懸命に働いている人々の努力について、
いったい何が言えるだろう。

自分の中にいろいろな言葉が去来するけれど、
その大半は
敢えて発語するに及ばないものだ。
それは最初の段階でわかった。
ぼくは「なじらない」と「あおらない」を
当面の方針とした。

政府や東電に対して
みんな言いたいことはたくさんあるだろう。
しかし現場にいるのは彼らであるし、
不器用で混乱しているように見えても
今は彼らに任せておくしかない。
事前に彼らを選んでおいたのは我々だから。

今の日本には
この事態への責任の外にいる者はいない。
我々は選挙で議員を選び、
原発の電気を使ってきた。
反原発と言っても
自家発電で暮らすことを
実行した者はいなかった。


等々と書いた後、
最後にヴィスワヴァ・シンボルスカ(ポーランドの女性詩人。ノーベル賞受賞者)
の詩でしめくくる。

「またやって来たからといって
春を恨んだりはしない
例年のように自分の義務を
果たしているからといって
春を責めたりはしない」

「わかっている
わたしがいくら悲しくても
そのせいで
緑の萌えるのが止まったりはしないと」







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