不思議な出来事  

会議3連発のうち、1本目の企画指導部会
なんともはや横道にずれっぱなしの会議で、
こういう会議は疲れます。
 

さて、今日、とても不思議なことが起こりました。
午前中、組合に一本の電話があり、
「おたくの組合のブログを書いている人は、
大学の時一緒だった人のようだが」

と言っている、というのです。

電話を代わると、
何と大学時代の合気道部で同期だったKさんではありませんか。
一瞬のうちに記憶が蘇り、
人の良さそうな顔が浮かびます。

それにしても、ブログを見て、どうして分かったのか不思議で、
聞いてみると、
合気道部の先生であったT師範の名前で検索していたら、
このブログに行き着いたというのです。
そういえば、
以前、亀井静香の件を書いた時に、
大学の合気道部の先輩だということで、
T師範に触れた部分があり、
後で調べてみると、
本日、確かにT師範の検索ワードでブログを訪問した形跡が残っていました。

Kさんは、これを読んで、
茨城県の橋本昌知事が一学年先輩と書いてあるので、
このブログの筆者は、自分の同期ではないかと気づき、
更に、
当時バンカラで学生服と下駄で大学に通っていた、
と書いてあるのを読み、
これはもしかして消息不明のアイツではないか、
と思い至って、電話をかけてきたというわけなのです。

その日のブログは、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20091005/archive

そこに書いてあるとおり、
私は黒帯を取った段階で退部しましたので、
OB名簿には載っていません。
なのに、わずか1年半しか所属していなかった人間のことを覚えてくれていたとは。

当時、毎日昼休みに稽古していましたので、
1週間のうち6日は顔を合わせ、
合宿ともなれば、
寝食を共にした仲間。
18歳から20歳くらいの、
多感な青春の時代でしたから、
記憶にとどまっていたのかもしれません。

時々、同期で集まっているそうで、
私の消息を探してくれていた幹事のKさん(別なKさん)に連絡してくれ、
午後、今度はそのKさんから電話がありました。
彼とはクラスも一緒。
「41ST13B」というのが、そのクラスの名前。
「41」は入学年度、「ST」は理科一類の意、
「13」がクラス番号で、「B」は、第二外国語がドイツ語であったの意味。
40年も前のクラスの番号など、
頭の中のどこにしまってあったのでしょうか。

話の中でも、なつかしい名前が次々と飛び出します。
中には、小山台高校で菅直人と同期の方もいます。
みんなどうしていたのか。
定年を迎えた人もいるようです。

駒場の道場の汗臭い匂い、
本郷の七徳堂の荘厳なたたずまいが、
一挙に記憶の中から蘇ります。

↓七徳堂。

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他の写真は、↓をクリック。

http://www.ee-tokyo.com/kenzoubutsu/toudai/shichitoku/shichitokudou.html

思えば、悩み多き学生時代でした。

Kさんは、直ちに同期会のメンバーに
「消息判明」とメールしてくれたようで、
私の自宅にも、それが届きました。

40年も交わりがなかった人からの突然の電話。
しかもブログの文面から推理しての、ビンゴ
面白いことが起こるものです。





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