常務会準備と韓国のミュージカル事情その4  

明日の常務会へ向けての資料は
アンケート結果を残すのみとなり、
今日はその普通版に加え、
表にして、12年前の結果と比較したものも作成。
これを更に記事に書き改めたものも
作らねばなりません。
やはり、三連休の一部は欠けそうです。


それでは、
韓国ミュージカル事情の続きを。


「ミッション」

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これも世界初演。
一昨日も書いたとおり、
世界プロジェクトの発信地として韓国が選ばれたもの。

昨年上演する予定が、
中止となり、
興行会社に多大な被害を与えたが、
ついに今年は上演にこぎつけた。

1986年製作の映画『ミッション』(ローランド・ジョフィ監督)を
ミュージカル化したという。
映画は1986年の
カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞、
エンニオ・モリコーネ作曲の映画音楽が有名で、
今回も新曲を提供しているという。
映画の中で演奏された『ガブリエルのオーボエ』は、
後に歌詞が付けられ『ネッラ・ファンタジア』の題名で
サラ・ブライトマンらによって歌われている。


18世紀のスペイン植民地下の南米・パラグアイ付近を舞台に、
先住民グアラニー族へのキリスト教布教に従事する
イエズス会宣教師たちの生き様と、
植民地社会の現実や政治権力者の思惑との葛藤を描く作品。
ロバート・デニーロ、
ジェレミー・アイアンズ、
リーアム・ニーソン
らが出演。

映画の後半は、
1753年に始まる「グァラニー戦争」で、
スペイン・ポルトガル両国の係争に巻き込まれ、
移動を命じられた
イエズス会士と先住民は抵抗し、
スペイン・ポルトガル連合軍によって鎮圧される。

映画は宣教師のガブリエル神父を中心に、
婚約者を弟に奪われ、
決闘で弟を殺してしまったメンドーサが
贖罪の意味で同行し、
荷物を持った山をよじ登り、
先住民たちの信頼を得て神父になっていく。

やがて宣教した村が教会に見捨てられた時、
ロドリゴは再び剣を持って戦い、
神父は儀式の最中、
火に包まれて死ぬ。

一体、こんな話を、どうやってミュージカルに
という興味、
モリコーネがどんな曲を書いているか、
更に、世界初演に惹かれて観た次第。

舞台に本水の滝が出現したり、
船での夜襲や村の崩壊など、
映画そのままにやっているので驚いた。
部分的に場面を一つにまとめたりということはしているが、
映像の、かなり忠実な舞台化だ。
その意欲は買う。

では、ミュージカルとしてはどうか
これが全くのお粗末。
単なる「歌入り芝居」のレベル。
とりあえず、ここで、人物の心境を一曲歌で聞かせましょう、
という感じで平板そのもの。

ミュージカルというものは、
音楽や歌でドラマが進まなければ
あるいは、歌で感情が高まらなければ
ただ芝居の中に歌がはめ込まれただけ。

昔のミュージカルには、よくそういうのがあったが、
今の洗練されたミュージカルは、
みんな音楽が重要な役割を演じている。
だからこそ、ミュージカルにする意味がある。

この「ミッション」は、
そういう何十年も前のレベル。
制作段階で、誰も何も言わなかったのか。
根本的にミュージカルというものを知らない、
全く音楽的センスのない人達が作った
「歌入り芝居」。
がっかり、残念な出来だった。


次は「ジキルとハイド」

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「ミッション」に比べ、
この作品は、
歌が感情を高揚し、音楽がドラマを進める。
まさに、これぞミュージカル

実は、この作品、ブロードウェイで上演中、
事務局長は、劇場の前は通ったが、
縁がなく、
日本での鹿賀たけしの公演も
あまり好きな役者でなく、
いつも手を抜いている感じがいやで観なかった。
まさか韓国で初めて観ることになろうとは思わなかったが、
観終えて「すごい!」と何回言っても足りることのない素晴らしさ。
すごい! 本当にすごい! 

ロバート・ルイス・スティーヴンソン原作の、有名な二重人格の話。
これを見事に音楽で昇華する。
作曲は「天国の涙」と同じフランク・ワイルドホーン
1990年5月にテキサス州ヒューストンで初演し、
後7年間の全米ツアーを経て
1997年3月にブロードウェイに進出して
4年間に1543回上演という、
実力でのし上がった作品

二つの人格をどうやって舞台で表現するのかと思ったら、
髪形の工夫で見事に造形。
クライマックスの二人の人格が交互に現れて来る場面の物凄さ。
ハイド氏になった後の悪事の数々は
身の毛がよだつ。
演出のバランスもよく、
アンサンブルもよく統制が取れている。
2時間40分という時間が全く長く感じなかった。

以前にブロードウエイの中継の舞台をビデオで観たが、
この韓国ヴァージョンは、
既に進化しており、
これなら何度も再演するのは納得できる。

ジキル博士は4人の俳優が交互に演じており、
プログラムの序列が
俳優の力量か人気順であるとすれば、
観た時は4番手の俳優。
4番手でこの凄さ。
1番手だったら一体どうなんだ。

密度の濃い、感情を鷲掴みされる舞台。
こういう作品には、なかなか出会えるものではないが、
韓国に来てミュージカルを観ると、
何度もこういう出会いの経験をする。
いかに韓国ミュージカルのレベルが高いか分かるだろう。

日本と俳優の訓練の仕組みがどう違うのか、
一度どなたかに分析してもらいたいものだ。



講習会準備と「盤上のアルファ」  

午前中、
3月に実施する、部分肉の実技講習会の講師である
得丸哲士先生が事務所においでになり、
芹田理事長と会って、
当日の打ち合わせ。
次第に形が見えてきました。

もう一人、証券会社の来訪を受けた以外は、
明後日の常務会の資料作り

一方、アンケートの締め切りを本日に定め、
最終集計。
一度集計したものに加算していくのは、
実は一番能率が悪い。
この時点で、
パーセンテージに変化はほとんどありません。
常務会の際は「速報」という形ですので、
分析はまだ。
結局新聞掲載の段階で分析を含めたものを出すことになります。
11年前の調査との変化については、
どこまでやれますか。
時間との競争です。


時間の経過の早い現代では、
愛知県のトリプル選挙の結果はもう旧聞に属するのかもしれませんが、
既成政党への不信感以外に
この結果から見えて来るものが沢山あります。

たとえば、

市会議員レベルで国政政党からの立候補者は必要なのか
むしろ市民は、
地元に密着した候補者が
現実的な政策をするのを望んでいるのではないか。

職業議員は必要か
国会、県議会はスケールの違いがあるから
時間的に専従するのは仕方ないとしても、
市会議員レベルは
ちゃんとした職業を持った人が
夕方から集まって、ボランティアでやったらいいのではないか。
(アメリカの地方議会はみんなそうだ)

自分の給料を削る、などという潔い行為は、
自分では決して出来ない。
外からの力で強制するしかない。

しかし、これも情けない話で、
1兆を越える借金を抱える自治体の議員が
1千6百万円の給料をもらい、
活動費を合わせれば、一人2千万円を越えるというのは
自分でおかしいとは思わないのか。
住民が怒って当たり前だ。

この削減が市民の共感を得たのは、
河村市長自らが゛
自分の給料を3分の1にするということを実行してみせたからだ。

翻って、
民主党は、公約であったはずの
議員数削減も給与の削減も、
議員たちの反対でひっこめてしまった。
こういう状態で消費税増税を言っても誰も着いてはこない。

たびたび書いているが、
賢い日本国民は、
最後は消費税の税率引き上げは仕方ない日が来ると分かっている。
しかし、その前にやることがあるだろう、
というのがその声で、
国会議員がみずからの数を減らし、
自分の歳費を半減して、
初めて国民の納得が得られるもの。
その決意が見えないから
「どうせ、口だけだ」
とみくびられてしまうのだ。


〔書籍紹介〕

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これは相当面白い
「小説現代」の長編新人賞で、
選考委員全員が支持したというのもうなずける。

主人公は地方新聞の事件記者。
同僚に嫌われ、他社にスクープを抜かれて、
将棋記者に左遷された。
将棋のことは何も知らないまま、
不思議な世界に入り込んで、鬱々としている。

もう一人の主人公は、
悲惨な少年時代に将棋に出会って、
将棋を奪われたら何も残らない
特異な風貌のアマチュア棋士。

その二人が出会い、
間を取り持った小料理屋のおカミと一緒に
奇妙な共同生活を始める。

棋士がプロになるためには、
困難な編入試験で、
8戦のうち6戦勝たなければならない。
既に5勝2敗で、
最後の対局を失えば、
人生の敗北者になってしまう。
そして・・・

というわけで、
魅力あるキャラクター
生き生きとした会話
波瀾のストーリーを展開する
王道の娯楽読み物。
何より登場人物に共感し、
感情移入できる点が、読み物として最高。
将棋については門外漢の事務局長だが、
それでも楽しく読めた。

(事務局長、勝負事はマージャンとブラックジャックくらいで、
将棋は王と歩と飛車と角の動かし方しか知らない。
囲碁はルールも知らない。
競輪、競馬も無知。
パチンコもやらない。
昔、アレンジボールに凝ったことがある)

おそらく映画化されるだろうが、
ケンドー・コバヤシあたりを抜擢して面白くしてもらいたいものだ。





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