時代の流れ  

世の中には、
大きな流れが出来ていて、
もはやどう抵抗しても、
その流れの勢いには負けてしまう、
ということがあります。

昔で言えば、
ロシアをはじめとする東欧社会主義政権の
連鎖的崩壊がそれでした。
軍隊の力でも止められない。
時代の波に抵抗することは無理でした。

今で言えば、
エシプトの長期独裁政権の打倒は、
既に歴史はその方向に進んでいて、
誰も止めることは出来ないようです。

こうした背景には、
自由を渇望する民衆の力があるわけで、
その思いが一つの束になった濁流は、
どんなものも押し流して行く力を持っています。

我々業界でもそういうことがありました。

「大店法」について抵抗した時。
大型店に対してあれこれ規制をかけようとした。
たとえば休日を増やしたり、
営業時間に制限を加えようとしたり。

しかし、結局、それらの抵抗は力にならず、
今の大型店は休日なしで、
その上、セブンイレブン並の営業時間で営業しています。

もう一つが牛肉輸入自由化の時。
生産者や業界がどんなに反対しても、
時代が要求していたことには抵抗しようがない。

その背景には、
利便性や安価な商品を求める
消費者の根源的願望があったわけで、
抵抗しても、
それは業界の利益の保存としか見えなかったのです。

そして、今、
小沢一郎なる古い体質の政治家を排斥する動きは
もう止められない。
世論調査の6割が議員辞職を求め、
2割が離党を求めている今、
それを時代の要請と受け止めなければならないのですが、
小沢さんと、その周りの人間には分からない。
検察審査会の制度までも小沢さんは批判していますが、
自ら賛成した制度だと言うのに、みっともない。
その上、国民の代表である検察審査会の委員を
「しろうと」と呼ぶなど、狂気の沙汰です。

更に、民主党の退潮も止められない。
国民の「うんざり」感は、どんな応急処置をしても無理。
かつて自民党が解散を引き延ばして
自党に有利な状況が出来るのを待ち、
最後には任期満了選挙になって大敗北しましたが、
それと同じ。
時間をかければかけるほど状況は悪くなるばかり。

こうした時代の奔流を見極める力のない指導者は、
早く退いてほしいものですが、
日本はエジプトと違い、
デモも騒乱も起こらない。
不思議なおとなしさ。
これがいつ爆発するのでしょうか。


ここで組合のことになりますが、
食肉ギフト券の件は、
各県の事務局の話を聞くと、
「待っていました」の感じ。
やはりこれも時代の流れを読み取る中で
決着していくような気がします。



アンケート回収再びと「アマデウス」  

アンケート未提出の方は出して下さい、
という呼びかけに応じて、
続々とFAXや封書でアンケートが戻って来ています。

一方、
部分肉カッティングの実技講習会
該当者に文書を出し、
さて結果はどうなりますか。

また一方、
「食肉ギフト券」に関する検討会について
他県組合から問い合わせもいくつか。
ギフト券事業の着地点を模索していた県組合にとっては、
大変タイミングの良い呼びかけとなっているようです。

その電話の最後に、
「いつもブログを
毎朝一番で読んでいます」

などと言われると、
とても励まされます。


〔書籍紹介〕

先日「フォロー・ミー」を「午前10時の映画祭」で観て、
はて、元となる戯曲はどんな形だったか、
と思い出せず、
図書館で借りたのが、この本。

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1962年5月、
ロンドンのグローブ・シアターで上演された、
ピーター・シェーファによる2本の戯曲。
「自分の耳」の原題はThe Private Ear、
「他人の目」の原題はThe Public Eyeで、
どちらも頭文字を取るとTPEになる。
また、両作品ともに、
一つの装置で登場人物は男2、女1の計3人、という共通点がある。
初演の時、マギー・スミスが両方の作品に出演した。
観たかったなあ。

「フォロー・ミー」はThe Public Eyeを
キャロル・リード監督
ミア・ファーロー主演で映画化したもの。

妻の素行を怪しんだ会計士が
探偵事務所に調査を依頼、
その調査報告を持って訪れた探偵は、実に風変わりな男だった。
しかも、報告内容は、妻はただロンドンの街を歩き回っていただけだという。
そのさ中、
たまたま事務所を訪れた妻から話を聞くと、
驚くような事実が浮かび上がってきた・・・
という、
さわやかで愛らしい小作品。

その原作は、まさに映画のとおりの展開で
観客の想像力をいたく刺激する。
たった3人の登場人物で、
こんなに奥深い人生の機微が描けるものかと感心させられる作品。
一度読んだことのある作品なのに面白い。


そのピーター・シェーファーの本を図書館で検索している時に出て来たのが
「アマデウス」

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映画化作品はアカデミー賞作品小賞他 部門を受賞。
事務局長が「宇宙旅行に持っていく10本の映画」には必ず入る作品。

これも以前読んでいるが、やはり面白い。
モーツァルトの死にまつわる話で、
当時の宮廷作曲家のサリエリが
モーツァルトを追い詰め死に至らせたという話。
別に直接手を下したわけではなく、
奸計によってモーツァルトを貧困のどん底に追い込んでいく。

事務局長はこの作品の日本初演、
サリエリが市川染五郎(今の松本幸四郎)、
モーツァルトが江守徹、
コンスタンツェが(誰だっけ)というベストメンバーで観る、
という幸運にあっている。
事務局長の演劇体験の中でも5本の指に入る作品。

久しぶりに読んでみても、いまだに新鮮で感動的。
行間からモーツァルトの音楽が沸き上がって来るような体験。

映画はピーター・シェーファー自身の手によるものだが、
大きな改変は、
モーツァルトの曲が大々的に取り入れられていること。

「フィガロの結婚」の最後のシーンが流され、
その重唱の中に、サリエリは舞台全体に神の恩寵が
音楽の形を取って広がるのを感じる。

また、父親レオポルドの死の直後、
「ドン・ジョバンニ」の舞台に
彫像の騎士を借りて父親が登場し、
息子を非難していることを
誰も気づいていないのに、
サリエリただ一人が感ずる。
この場面など、震えが来るほどの場面。
モーツァルトの音楽をこのように
読み込んだ戯曲など、今だただの一つもありはしなかった。

また、ストーリー展開上の大きな変更は、
モーツァルトの死の直前、
サリエリが「レクイエム」の作曲に協力するシーン。
死の床にいるモーツァルトから頼まれて、
サリエリは、
モーツァルトの頭の中にある曲を
楽譜に写し取っていく。
モーツァルトを憎み、
その失敗を望み、
死にまで追いやった男が
あの素晴らしい鎮魂ミサ曲が
地上に生み出る場に遭遇する。
なんという皮肉

この場面は、
音楽と映像が融合した素晴らしい出来だったが、
舞台の方はこの部分は、
毎夜毎夜サリエリがモーツァルトの住まいの窓の下に経って、
立てた指を一日一日減らして、
「レクイエム」作曲の催促にかこつけて
モーツァルトの死を予告するという展開になっていた。

「告白します。
1791年11月、
私、国王陛下の第一宮廷楽長、
アントニオ・サリエリは、
人気の無い、凍りつく月下のウィーンの街を、
7日間、毎晩欠かさず、さまよい歩いたのです。
街の時計台が午前1時を打つ丁度その時、
私はモーツァルトの部屋の窓の下にたたずみました。
そして、私自身が、
モーツァルトにとって、何よりも恐ろしい時計になったのです」


最後にサリエリはモーツァルトの部屋に呼ばれ、
書きかけの「レクイエム」の楽譜を見せられる。

「長いこと、恐怖におののく一人の男は
もう一人の男を見つめていました。
それから、
信じられない話ですが、
丁度オペラと同じように、
私は承知したと、うなずき、
彼の部屋へと向かい始めたのです。
(「ドン・ジョヴァンニ」の序曲が、
高く低くうねるように、
不吉に響いてくる。
この暗く、うつろな局と共に、
サリエリ、ゆっくり舞台奥に歩いて行く)
ドアの掛け金を外し、
石のように重い足取りで、
私は彼の家の階段を登って行きました。
止めようはありませんでした。
私は彼の夢の中にいたのですから」


そして、サリエリはその楽譜をちぎって食べてしまう。
まさに、背後にある神との闘争、
キリスト教の秘儀である聖餐式を想起させる場面。
映画とは違う高揚感と迫力のあるシーンだった。

もう一つ違うのは、
「魔笛」の上演をモーツァルトとサリエリが一緒に観る場面で、
映画ではモーツァルトは指揮をしていて、サリエリと一緒にはいない。
舞台では、「魔笛」を観ながら、
サリエリが、モーツァルトの存在を横目で見て、
神が地上に神の音楽をもたらすために選んだ「魔法の笛」と感じる。

「そしてその太陽の中に、
なんと、私は彼の父親を見いだしたのです。
もはや息子を責めているのではない、
許している父親の姿を。
この世に愛の手を差し延べる、至高なる聖者。
ヴォルフガングはもうレオポルドを恐れてはいなかった。
そうです、彼にとって最後の伝説物語が創られたのです・・・。
ああ、その響き。
今までにない平和の響き、
それは決して衰えることのない
私のあの胸の痛みをあざけっているかのようでした。
文字通り『魔笛』がそこにあったのです。
私のすぐ傍に」


このように戯曲で自分が書いた重大な場面をあっさりと映画では切ってしまうところ、
さすがピーター・シェーファーだと思う。

戯曲を読んで涙が出たのは久しぶり。
今日は「アマデウス」でも観てみようか。



ハガキの反応と講習会の準備  

ついこの間新年を迎えたかと思ったら、
あっという間に、2月になりました。
2月は6回の会議があり、
資料作りに忙殺されることになります。


昨日出したハガキの反応が続々。
やはり日本の郵便機能は優秀ですね。
「FAXで用紙を送ってくれ」で送ると、
じきに記入したものが戻ってきます。
「自分がアンケートを送ったかどうか確認してくれないか」
という問い合わせも。
無記名で分からないから全員に送っているんですが。

今、反省しているのは、
支部長を通じて配付・回収すれば、
もっと回収率はよかっただろうな、
ということ。
それは分かっていたのですが、
アンケートの配付で支部長さんの労を取っては申し訳ない、
という配慮があったことは事実で、
いずれにせよ、100点満点はいただけません。
普通のアンケートは30%あれば十分なので、
目標が高すぎたのかもしれません。

今日来訪したある中央団体の人も、
普通は3割そこそこで、
回収率を上げるために、
電話をかけまくるのだそうです。


夕方、高田馬場にある区の施設へ。

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3月に開催する部分肉製品化の実技講習会の会場の予約。

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ご覧のとおり、
講師の師範台以外に4つの調理台があります。
ここは昔、
主婦向けの料理講習会で何回となく使ったことがあります。
駅から徒歩2分で至便ですが、
今年8月で閉館、
リサイクルと福祉の施設が出来るのだそうです。


高田馬場は、昔住んでいたことがあり、なつかしい。
カミさんと初めて夜を過ごしたのも、ここでした。
まさに「神田川」の世界そのままに、
二人で銭湯にも行きました。

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↑早稲田松竹。まだあるんですね。
ここでよく2本立てを観ました。

用事があって、早稲田に。

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学生時代、
何となく早稲田の気風が合って、
なじみました。

大隈講堂の小ホールで
事務局長の芝居を上演したこともあります。
合唱組曲を初演したのも、ここ、大隈講堂。
このあたりは、路地裏も含めて
思い出が一杯です。

先日の学生時代の友の死もあり、
なんだか昔を懐かしむ。
事務局長、近々死ぬのでしょうか。
(と、前にも書いて、まだ生きています。
今朝の体脂肪計付き体重計は、
体内年齢39歳、と告げています。
もうじき40代に突入です。)


今日から娘はソウルへ
朝早く発ち、明日の夜帰ります。
1泊2日で何をしに行ったかというと、
東方神起のメンバー、ジュンス
新作ミュージカル「天国の涙」の初日を観るためです。

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夜は観終えた後、
「感動した」「号泣した」「カッコよかった」という電話が入りました。

去年はジュンスの「モーツァルト!」やJYJのコンサートを観るために、
8回も韓国に行った娘。
一体誰のDNAなのか。
あ、俺か。






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