常務会  

本日は常務会。

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2月からの3カ月間は、
本拠地、食肉市場センターでの会議となります。
必要書類を事務所に取りに行けるので、便利です。

議題は、
@総代会・理事会の日程
A総代選挙
B理事・支部長会
C顧問の委嘱

といった組織運営に係わるものと、
Dアンケート調査の結果
E食肉ギフト券の回収終了と払い戻し

などのトピック的なもの。
また、事務局長の定年に係わる
F事務局の引き継ぎ作業
といった内容を審議。
アンケート調査の結果は、
総務部長からポイントを説明。
興味深い結果も出ています。

その後は新聞の原稿を書き、
いよいよ明日から、
アンケート結果の内容を記事にまとめる作業に入ります。

スケジュールを見たら、
来週、再来週にかけて
会議が5つ控えており、
その全ての資料を作らなければなりません。
う〜む、という感じですね。



常務会準備と韓国のミュージカル事情その4  

明日の常務会へ向けての資料は
アンケート結果を残すのみとなり、
今日はその普通版に加え、
表にして、12年前の結果と比較したものも作成。
これを更に記事に書き改めたものも
作らねばなりません。
やはり、三連休の一部は欠けそうです。


それでは、
韓国ミュージカル事情の続きを。


「ミッション」

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これも世界初演。
一昨日も書いたとおり、
世界プロジェクトの発信地として韓国が選ばれたもの。

昨年上演する予定が、
中止となり、
興行会社に多大な被害を与えたが、
ついに今年は上演にこぎつけた。

1986年製作の映画『ミッション』(ローランド・ジョフィ監督)を
ミュージカル化したという。
映画は1986年の
カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞、
エンニオ・モリコーネ作曲の映画音楽が有名で、
今回も新曲を提供しているという。
映画の中で演奏された『ガブリエルのオーボエ』は、
後に歌詞が付けられ『ネッラ・ファンタジア』の題名で
サラ・ブライトマンらによって歌われている。


18世紀のスペイン植民地下の南米・パラグアイ付近を舞台に、
先住民グアラニー族へのキリスト教布教に従事する
イエズス会宣教師たちの生き様と、
植民地社会の現実や政治権力者の思惑との葛藤を描く作品。
ロバート・デニーロ、
ジェレミー・アイアンズ、
リーアム・ニーソン
らが出演。

映画の後半は、
1753年に始まる「グァラニー戦争」で、
スペイン・ポルトガル両国の係争に巻き込まれ、
移動を命じられた
イエズス会士と先住民は抵抗し、
スペイン・ポルトガル連合軍によって鎮圧される。

映画は宣教師のガブリエル神父を中心に、
婚約者を弟に奪われ、
決闘で弟を殺してしまったメンドーサが
贖罪の意味で同行し、
荷物を持った山をよじ登り、
先住民たちの信頼を得て神父になっていく。

やがて宣教した村が教会に見捨てられた時、
ロドリゴは再び剣を持って戦い、
神父は儀式の最中、
火に包まれて死ぬ。

一体、こんな話を、どうやってミュージカルに
という興味、
モリコーネがどんな曲を書いているか、
更に、世界初演に惹かれて観た次第。

舞台に本水の滝が出現したり、
船での夜襲や村の崩壊など、
映画そのままにやっているので驚いた。
部分的に場面を一つにまとめたりということはしているが、
映像の、かなり忠実な舞台化だ。
その意欲は買う。

では、ミュージカルとしてはどうか
これが全くのお粗末。
単なる「歌入り芝居」のレベル。
とりあえず、ここで、人物の心境を一曲歌で聞かせましょう、
という感じで平板そのもの。

ミュージカルというものは、
音楽や歌でドラマが進まなければ
あるいは、歌で感情が高まらなければ
ただ芝居の中に歌がはめ込まれただけ。

昔のミュージカルには、よくそういうのがあったが、
今の洗練されたミュージカルは、
みんな音楽が重要な役割を演じている。
だからこそ、ミュージカルにする意味がある。

この「ミッション」は、
そういう何十年も前のレベル。
制作段階で、誰も何も言わなかったのか。
根本的にミュージカルというものを知らない、
全く音楽的センスのない人達が作った
「歌入り芝居」。
がっかり、残念な出来だった。


次は「ジキルとハイド」

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「ミッション」に比べ、
この作品は、
歌が感情を高揚し、音楽がドラマを進める。
まさに、これぞミュージカル

実は、この作品、ブロードウェイで上演中、
事務局長は、劇場の前は通ったが、
縁がなく、
日本での鹿賀たけしの公演も
あまり好きな役者でなく、
いつも手を抜いている感じがいやで観なかった。
まさか韓国で初めて観ることになろうとは思わなかったが、
観終えて「すごい!」と何回言っても足りることのない素晴らしさ。
すごい! 本当にすごい! 

ロバート・ルイス・スティーヴンソン原作の、有名な二重人格の話。
これを見事に音楽で昇華する。
作曲は「天国の涙」と同じフランク・ワイルドホーン
1990年5月にテキサス州ヒューストンで初演し、
後7年間の全米ツアーを経て
1997年3月にブロードウェイに進出して
4年間に1543回上演という、
実力でのし上がった作品

二つの人格をどうやって舞台で表現するのかと思ったら、
髪形の工夫で見事に造形。
クライマックスの二人の人格が交互に現れて来る場面の物凄さ。
ハイド氏になった後の悪事の数々は
身の毛がよだつ。
演出のバランスもよく、
アンサンブルもよく統制が取れている。
2時間40分という時間が全く長く感じなかった。

以前にブロードウエイの中継の舞台をビデオで観たが、
この韓国ヴァージョンは、
既に進化しており、
これなら何度も再演するのは納得できる。

ジキル博士は4人の俳優が交互に演じており、
プログラムの序列が
俳優の力量か人気順であるとすれば、
観た時は4番手の俳優。
4番手でこの凄さ。
1番手だったら一体どうなんだ。

密度の濃い、感情を鷲掴みされる舞台。
こういう作品には、なかなか出会えるものではないが、
韓国に来てミュージカルを観ると、
何度もこういう出会いの経験をする。
いかに韓国ミュージカルのレベルが高いか分かるだろう。

日本と俳優の訓練の仕組みがどう違うのか、
一度どなたかに分析してもらいたいものだ。



講習会準備と「盤上のアルファ」  

午前中、
3月に実施する、部分肉の実技講習会の講師である
得丸哲士先生が事務所においでになり、
芹田理事長と会って、
当日の打ち合わせ。
次第に形が見えてきました。

もう一人、証券会社の来訪を受けた以外は、
明後日の常務会の資料作り

一方、アンケートの締め切りを本日に定め、
最終集計。
一度集計したものに加算していくのは、
実は一番能率が悪い。
この時点で、
パーセンテージに変化はほとんどありません。
常務会の際は「速報」という形ですので、
分析はまだ。
結局新聞掲載の段階で分析を含めたものを出すことになります。
11年前の調査との変化については、
どこまでやれますか。
時間との競争です。


時間の経過の早い現代では、
愛知県のトリプル選挙の結果はもう旧聞に属するのかもしれませんが、
既成政党への不信感以外に
この結果から見えて来るものが沢山あります。

たとえば、

市会議員レベルで国政政党からの立候補者は必要なのか
むしろ市民は、
地元に密着した候補者が
現実的な政策をするのを望んでいるのではないか。

職業議員は必要か
国会、県議会はスケールの違いがあるから
時間的に専従するのは仕方ないとしても、
市会議員レベルは
ちゃんとした職業を持った人が
夕方から集まって、ボランティアでやったらいいのではないか。
(アメリカの地方議会はみんなそうだ)

自分の給料を削る、などという潔い行為は、
自分では決して出来ない。
外からの力で強制するしかない。

しかし、これも情けない話で、
1兆を越える借金を抱える自治体の議員が
1千6百万円の給料をもらい、
活動費を合わせれば、一人2千万円を越えるというのは
自分でおかしいとは思わないのか。
住民が怒って当たり前だ。

この削減が市民の共感を得たのは、
河村市長自らが゛
自分の給料を3分の1にするということを実行してみせたからだ。

翻って、
民主党は、公約であったはずの
議員数削減も給与の削減も、
議員たちの反対でひっこめてしまった。
こういう状態で消費税増税を言っても誰も着いてはこない。

たびたび書いているが、
賢い日本国民は、
最後は消費税の税率引き上げは仕方ない日が来ると分かっている。
しかし、その前にやることがあるだろう、
というのがその声で、
国会議員がみずからの数を減らし、
自分の歳費を半減して、
初めて国民の納得が得られるもの。
その決意が見えないから
「どうせ、口だけだ」
とみくびられてしまうのだ。


〔書籍紹介〕

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これは相当面白い
「小説現代」の長編新人賞で、
選考委員全員が支持したというのもうなずける。

主人公は地方新聞の事件記者。
同僚に嫌われ、他社にスクープを抜かれて、
将棋記者に左遷された。
将棋のことは何も知らないまま、
不思議な世界に入り込んで、鬱々としている。

もう一人の主人公は、
悲惨な少年時代に将棋に出会って、
将棋を奪われたら何も残らない
特異な風貌のアマチュア棋士。

その二人が出会い、
間を取り持った小料理屋のおカミと一緒に
奇妙な共同生活を始める。

棋士がプロになるためには、
困難な編入試験で、
8戦のうち6戦勝たなければならない。
既に5勝2敗で、
最後の対局を失えば、
人生の敗北者になってしまう。
そして・・・

というわけで、
魅力あるキャラクター
生き生きとした会話
波瀾のストーリーを展開する
王道の娯楽読み物。
何より登場人物に共感し、
感情移入できる点が、読み物として最高。
将棋については門外漢の事務局長だが、
それでも楽しく読めた。

(事務局長、勝負事はマージャンとブラックジャックくらいで、
将棋は王と歩と飛車と角の動かし方しか知らない。
囲碁はルールも知らない。
競輪、競馬も無知。
パチンコもやらない。
昔、アレンジボールに凝ったことがある)

おそらく映画化されるだろうが、
ケンドー・コバヤシあたりを抜擢して面白くしてもらいたいものだ。


アンケートと韓国ミュージカル事情その3  

アンケートの集計を開始。
10日の常務会でとりあえずの発表。
分析を加えて新聞に発表するためには、
週末の連休を使う必要がありそうです。

コメントに、
「何がわかり 何を知りたくて 何が私達に 及ぼすのか」 と、
若干の疑問を呈して下さった方がいましたが、
今回一番知りたいのは、
後継者の問題
それに、現在抱えている問題
転廃業の見込みがどれくらいあるか、
というところです。
それ以外の部分は、
組合員を取り巻く状況の把握のためのものです。

その後継者ですが、
今の集計では、
後継者がいる方は34%。
3店に1店が後継者がいます
予想より多いような気がしませんか?

転廃業を現実問題としている方は23%。
4店に1店が転廃業を視野にいれていることになります。

経営上の問題点として、
半数の54%が「来店者数の減少」を挙げており、
次が「商店街の衰退」で、43%。
この二つは表裏一体と考えていいでしょう。
量販店の進出による競争の激化」は41%。
昔はこれが最大の問題の時もありました。
以上3つとはかなり数字的に離れて、
経営者の高齢化」と「設備の老朽化」という
連結した問題が続きます。

詳しくは新聞をご期待下さい。


さて、話はがらりと変わります。
下の新聞記事をご覧下さい。

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記事は拡大して読んでもらいたいですが、
内容は、
韓国ミュージカルのレベルの高さに注目した松竹が、
京都の南座で韓国製ミュージカルの「宮」(クン)を上演する、
ドラマ、映画、K−POPと広がる韓流ブームの
次なる潮流は「韓流ミュージカル」になりそうだ、
というもの。

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公式サイトは、↓

http://www.musical-k.com/


この話題については、
事務局長も「韓国ミュージカル事情」として、
2度ほど書いています。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/2010214/archive

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20101117/archive

で、最新の情報を、「その3」として、お伝えしましょう。
ここで、文体が変わります。

1本目は、世界初演「天国の涙」

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トリプルキャストの1人に、
東方神起、JYJのジュンスがいるため、
ジュンスの出演のステージの分は数分で売り切れた、
と話題になった。
実は事務局長もチケット争奪戦に参戦した一人で、
奇跡のクリックでチケットが取れた。
娘は代行屋さんから倍額のチケットを買って、
既に2月1日の初日に観劇。

この作品は国際的プロジェクトで、
作曲に「ジキルとハイド」のフランク・ワイルドホーン
演出に「メンフィス」「スウィニー・トッド」のガブリエル・ベリー
舞台デザイナーにディビッド・ガロらが参加して、
やがてはブロードウェイでの上演をめざす。

それがなぜ韓国で初演かというと、
もともとブロードウェイ・ミュージカルというのは、
アメリカ国内の地方都市で試演をしつつ、
観客の反応を見て、改良を加えて、
ブロードウェイで本公演になる仕組み。

それが時代を反映して国際化し、
まずソウルで初演し、
各国で試演して、最後はブロードウェイをめざす。
その途中、日本でも上演する予定という。

その発信地にソウルが選ばれたというのも、
最近の韓国ミュージカル界のレベルの高さによるものだろう。

↓会場の国立ヘオルム劇場。

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内容はベトナム戦争のサイゴンで
恋に落ちた韓国の兵士ジューンと
歌手リンの愛と別れの物語。
恋人を奪われて激怒したアメリカ人大佐が
除隊間際のジューンをわざと危険な激戦地に送り、
ベトコンに捕らわれたジューンは拷問の間に、
リンの弟に救われサイゴンに戻るが、
ジューンが死んだと嘘をつかれたリンは、
お腹の子供を救うために大佐の言うなりにアメリカに渡り、
大佐とも別れ、
乞食のようになりながら子供を生んで死ぬ。
やがて、娘のティアナは有名な国際的歌手になり、
その声を聞いてリンの娘と気づいた中年のジューンが訪ねて来て、
ティアナは初めて母の物語を知る・・・

という話に、
ジューンとリンが次第に恋心を抱いていく過程や、

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別れてもお互いの声を聞き合おうとの約束をして
戦場に向かうジューンや

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戦場で人を殺して苦悩する姿や
北の砲撃で崩壊するサイゴンを逃げまどう民衆の姿などが描かれる。
この場面など、迫力十分で、
アンサンブルもいい。

虎と鳩を使った寓話も幻想的だし、
主題歌の「Can you hear me?」の繰り返しも効果的。
ジューンがベトコンを殺した後、
「ぼくは銃を手に持って生まれて来たんじゃない。
愛するために生まれてきたんだ」

という歌も胸を打つ。

なかなかのスケールの話を、
映像など
様々な技術を使って見せてくれる。
また、音楽が素晴らしく良く
音楽だけでもとろけてしまうほど。

しかし・・・・
先行作品「ミス・サイゴン」の峰はあまりに高かった。
別の作品だから比較されるのは不本意だろうが、
しかし、ミュージカルとして舞台に乗せる以上、
海千山千のミュージカルファンに
比較されるのは覚悟していただかないと。
(様々な場面で、
「オペラ座の怪人」や「レ・ミゼラブル」「KA」などを
思い出してしまうのが、
ミュージカル・ファン。)

その結果、感じるのは、
あまりにストーリー・ラインが弱いということ。
愛する恋人同士が引き裂かれる原因が
アメリカ人大佐の嫉妬と、
リンの仲間のアメリカに行きたいがゆえの嘘、
というのでは、
大悲劇を構成する骨組みとしては弱すぎる。

その点、「ミス・サイゴン」は、
あの大混乱の軍事基地の内と外で離ればなれになり、
無理やりヘリコプターに乗り込まざるを得ない米兵としてしっかり描かれていた。
その後、難民として逃亡するキムが、
ベトコンの高官となった元の婚約者に探し出され、
その時、アメリカ兵の子供を生んでいたことが分かり、
子供を殺そうとする婚約者を撃ってしまい、
追われながらタイ国境をめざす難民の群れの第1幕幕切れで、
戦争のもたらす民族の悲劇としてよく表現されていた。
ついでに言えば、
「ミス・サイゴン」には、
ベトナム民衆のアメリカに対する憧憬、
そのアメリカのベトナム戦争に対する原罪意識も反映されていて、
重層的な世界を作り上げていた。

その点、この話はあまりに単純すぎて、
再び言うが海千山千の演劇ファンには食い足りない。

特に、最後のくだりで、
戦争の罪と愛と許しのテーマが浮かび上がった来るのだが、
あの部分こそ、もっと高らかに歌いあげてもらいたかった
そうでなければ、
母の死の真相を知ったティアナが、
嘘をついて二人の別れの原因になった
育ての親に対して「もう、あなたには二度と会いたくない」とまで言った気持ちが
和解に行き着くまでには至らない。
あの部分はジュンスの癒し系の声質にぴったりのはずなので、
あんな短い歌ではなく、
たっぷり人の心を動かすような歌を一曲加えたら、
ずっと最後の感動は深まることだろう。

また、せっかく二人が、
別れ別れになってもお互いの声を聞き合おう、
と約束したのだから、
戦場で遠い土地にいるリンと
耳を傾け合う歌も欲しかった。
手紙を書いている場面にしかなっていないが、
あそこにも一曲必要。

今のままではブロードウェイは無理だが、
そもそも磨きをかけるためのトライアウト。
これから改良充実していくのを期待したい。

なお、アメリカの大佐を演じたブラッド・リトル

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あの声量、音程、スタミナ、肺活量!
さすが「オペラ座の怪人」を何千回も演じただけのことはある。
ジュンスも横綱の胸を借りるつもりで吸収したらいい。

ジュンスの演技は、
正式の訓練を受けておらず、
個性と感性だけで演じているので、
十分な役作りまでは到達せず、
まだジュンスのまま。
しかし、この高いIQと天才的な感性を持った青年は、
いつの間にか自分のものにするはず。
「モーツァルト!」の時もそうだったが、
役がジュンスの方に寄り添うような現象を起こすので、
中盤、終盤と良くなっていくに違いない。
「モーツァルト!」でも、
初期と最後では別人だった。

リンを演じたユン・コンジュは、
録音風景のビデオで聞いた歌が絶品で、
大いに期待したが、
期待が大きすぎたようだ。

最後に、くどいようだが、
フランク・ワイルドホーンの音楽は本当に素晴らしい
もう既にトニー賞作曲賞を
事務局長は勝手にあげています。


他に観た「ミッション」と「ジキルとハイド」は、後日。



毛沢東  

昨日、「大きな時代の流れ」ということを書きましたが、
今の大相撲を見ていると、
いよいよ国技が亡くなる時も近いのかなと思わされます。
朝青龍問題や野球賭博もひどかったですが、
今度の八百長事件は、
相撲そのものを汚したという意味で最悪。
証拠も明白だし、
フジテレビがトーナメントの中継をやめたり、
春場所の休止が取り沙汰されたり、
財団法人の認可取り消しまで話が進むのは当然と言えば当然です。

何度も体質改善が言われ、改革を口にしながら、
この体たらく。
何をしてもうまくいかないのは、
やはり時代に逆行しているからでしょう。

いつから凋落が始まったかといえば、
やはり外人力士の導入あたりからでしょうか。
ハワイやトンガなど、「島国」という共通項の間はまだしも、
「大陸」から大量の「力自慢」がやって来て、
勝てばいいのだろう、となったあたりからおかしくなった。
やはり日本人の深い精神性にねざす「相撲道」であり、
元々神事であることを考えれば、
外人力士を導入すべきではなかったのではないでしょうか。
その決断の頃から、
時代や歴史が読みきれなくなったのかもしれません。


本日は食肉ギフト券の問題で、
流れ図を作成し、
財務局の方にチェックしていただきました。
やはりこういうコンタクトは必要で、
思い違い、
というより、
役所の言語と民間の言語との相違での行き違いを訂正して、
より現実的に進行する流れ図に変えることが出来ました。
あとは、どう分かりやすく説明出来るかです。


アンケートの方も、
ハガキによるお願いの効果があって、
本日、回収率50パーセントを越えました。
60パーセントは欲しいところ。
月曜日にどれほど来ているかですね。


話変わって。
以前、石原慎太郎都知事の講演を聞く機会があったのですが、
「アメリカと中国が戦争したら、
必ずアメリカは負ける」

と言っていました。
その根拠は、
「中国は何万人死のうと、
次々と軍隊を投入して来る。
しかし、アメリカは数人の若者が死んだだけで、
厭戦気分が広がり、
戦争やめろの大合唱になるだろう」

ということでした。

平和論者たちは眉をひそめるでしょうが、
中国人、中でも指導者層の体質を知っている方たちは
「なるほど」と震え上がったものです。

その石原発言を裏付けるような事実が最近発表されました。
これは人民日報社の自社サイト「人民網」に掲載されているのですから、
事実と信じていいでしょう。

1957年7月、
ソ連で開かれた社会主義陣営の首脳会議。
当時のソ連はフルシチョフの時代で、
「西側との平和的共存」に走ろうとしていたことに猛反発して、
毛沢東は過激な発言をした。

「我々は西側諸国と話し合いすることは何もない。
武力をもって彼らをうち破ればいいのだ。
核戦争になっても別に構わない。
世界には27億人がいる。
半分が死んでも後の半分が残る。
中国の人口は6億だが、
半分が消えてもなお3億がいる。
我々は一体何を恐れるのだろうか」


さすがに在席の各国首脳は凍りついて言葉もなかったといいます。

「世界人口の半分が死んでも構わない」
などと断言出来るとは、すごい大物と言おうか、狂気の指導者と言おうか。

だが、分かるのは、
毛沢東が「6億」と言う時、
それは「6億」という数字でしかない。
その6億は、実は、1+1+1+1・・・・であり、
そのそれぞれに家族がおり、母がおり、子供がいる。
半分が死ぬということは、
それらの人々の普通の幸福が奪われることだ、
という内実に毛沢東は思いが至っていないということ。

こういう指導者は恐ろしい。
その指導者によって建てられた国が
一体どういう体質を持っているか。
やはり考えた方がいいでしょう。





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