『美談の男』  

どこの団体もそうですが、
この時期、組合は最も平穏な時期となります。
そこで、事務局長は今までやり残していたことを
せっせとやっており、
組合の動きとしては、
あまり書くことがありません。
申し訳ないので、本のことなどを。

[書籍紹介]

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また袴田事件か、と言われそうだが、
やはり事務局長は、熊本典道という方に大変興味がある。
裁判官の合議に負け、無罪と思いながら、
意に反して死刑の判決文を書き、
その後、十字架を背負って生きて、
晩年に至り、
守秘義務を破って、
かつての判決が間違いであったことを
公の場所で公表する、
という人生はやはりすごいものだと思うからだ。

実は、この間、↓の本も読んでいた。

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以前紹介した山本徹美さんの本↓が、

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供述調書や裁判記録の積み方ねで成り立っていたのに対し、
山平重樹さんの本は、
会話などで、かなりの創作を加えており、
その分安っぽくなっていて、
紹介するまでもない本として、
ブログには掲載しなかった次第。
映画は、この本に近い。

山本徹美さんの本については、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20100720/archive

映画「BOX 袴田事件 命とは」については、↓をクリック。

http://star.ap.teacup.com/applet/shokuniku/20100615/archive

映画と「裁かれるのは我なり」が
熊本さんをやや美化しているのに対して、
この尾形誠規さんの本は、
「美談の男」という題名にやや揶揄した印象があるように、
熊本さんに会って話を聞いて、
最初魂を撃たれた筆者が、
熊本さんの実像に迫るためにインタビューしていくうちに、
美談とばかりは言えない、熊本さんの隠された過去に気付いていく。

実は熊本さんは、
袴田事件の裁判の後、
裁判官を退職、
一時はぶりが良い時期があったものの、
次第に転落の人生を送っており、
マスコミの前に現れる前は、
ほとんどホームレスのような生活をしていたのだ。

このことは、映画も山平さんの本も全く触れていない。

最初の奥さんとは別れ、
再婚したものの家庭内暴力で崩壊し、
見限られて離婚、
3人の子供とは全く会っていない。

酒と女に溺れ、
社会的に見たら敗残者だったのだ。

その背景にあったのが
袴田事件の誤審に関わったという自責の念によるものであることは確かだが、
間違った判決をしたという自覚の中で、
正しい裁判を心掛け、
後輩判事に対する影響力を持った人もいるのだから、
単に押しつぶされただけ、という見解も成り立つ。

圧巻は、ずっと父と離れていた息子と娘に取材したくだりだ。

お二人とも熊本さんさんのDNAを引き継いだらしく、
非常に聡明で、
客観的、冷静に父の姿を見ている。

「父の姿を見たのは、僕が40才になる少し手前だったんですけど、
そのタイミングで良かったと思います。
もっと違う年代だったら、
自分を捨てた人間だと感じたかもしれない。
でも、いまは、この人の子供に生まれて良かったと思う。
というか、こんなすごい人生送ってきた人を父に持つなんて
ラッキーくらいの勢いですよ。
70才過ぎて自分の父親がプチブレイクするなんて、
なかなかないことですから」


どという息子さんの言葉は、
親子だから言えるのだろう。

娘さんの方は、もっと苛烈だ。
なにしろ、熊本姓で結婚するのを潔しとせず、
結婚の半年前に籍を抜いたくらいに父を嫌悪しているのだ。

高校生だった娘とヨーロッパ旅行をした時に、
袴田事件の判事だったことを初めて話し、
自分は人殺しだ、と自責した話を
熊本さんは他でしているのだが、
「あれ、たぶん、父の作り話ですね」
と言ってのける。
一緒にヨーロッバ旅行に行ったことは確かだが、
そんな話はしていないという。
しかし、
「それが父にとっての記憶なら、
それが事実でかまわない」
と言う。

彼女は「報道ステーション」に熊本さんが出演した時、
父が昔裁判官であったことを初めて知ったという。
袴田事件のことも知らなかった。
そして、こう言う。
「問題提起としては、
しっかりしたことを言ったんだろうとは思うけど、
自分の人生を飾っていますよ、父は。
何度も自殺を試みたって言っているでしょう。
でも、私からしたら、でも結局、死ねなかったんじゃないと思っちゃう。
本気で死ぬ気なら、ノルウェイなんか行かなくて、
人知れず手首を切って死ねばいい。
いろいろ追い詰められて、
死のうと思ったのは間違いないんだろうけど、
父は自分の死さえも、
人生の美しい1ページにしよう、
ドラマチックにしようと考えている。
それが私にはどうしても見えちうんですよね」

そして、こうも言う。
「父も辛かったんだろうなと思いますよ。
父にとっては事件が全てだったのかもしれない。
でも私たち家族には違った。
飲んで母に当たりちらして、
それが事件のせいだって言われたら、
私はとても納得できない」


インタビューの最後に、尾形さんは
「書いちゃいけないことありますか」と訊く。
すると答えはこうだった。
「そうだなぁ、特にないかなぁ・・・。
ただ、決して父を美しく書くことだけは止めて下さい。
これは美談じゃありませんから」


熊本さんは、なんとも優れた息子と娘を持ったものだ。
事務局長は、この息子と娘の話の中に
父と子の因縁と深い愛でつながった旅路を感じて、
涙を禁じえなかった。

最後に、昔同僚で兄とも慕った和田さんという人が登場する。
80歳を越えてなお現役の弁護士のこの方は、
精神を病んだ熊本さんを一時期自分の事務所に預かったことがある。
熊本さんは自分から出て行ってしまうのだが、
その後も和田さんは、ずっと熊本さんのことを気にかけていた。
「僕は熊本くんの近況を聞けるのが嬉しいんだよ。
いろんな人に世話になっている。
それで、いまも何とか生きてる。
うれしいよ、僕は」

と話す和田さんは、
尾形さんが、
熊本さんが真実を話すのがもっと早ければ
違う展開になったのではないかと言うと、
こうかばう。
「いや、彼はどうしようもなかったんだよ。
熊本くんを責めてやるな。
無罪だと思っていたと心証を語ったんだから、
それで十分だろう。
期待する方がおかしい。
そーっとしておいてやれよ」


尾形さんは、熊本さんという人間を知るために
多くの関係者の話を聞いて歩いた時、
誰もが熊本さんに対して冷やかな印象を持っていることに気付く。
しかし、和田さんに合った時、
このように書く。

「和田だけは違う。
熊本の褒められない一面をわかった上で、
この人は全部受け止めている。
事件があろうがなかろうが、
和田にとっては関係ない。
友人だから守ってやる。
周りがどんなにあいつのことを悪く言おうが、
俺だけは味方になってやる。
その思いに全くブレがない。
それを説明することばは『友情』以外にない。」

和田さんはこうも言う。
「あれのことをわかってるのは俺しかおらんやろうし、
僕のことをわかっているのも彼しかおらん」

そして、最後に、尾形さんにこう頼むのだ。
「熊本くんについて、
どんな風に書こうがキミの好きにすればいい。
でも、僕は彼の晩年を汚したくない。
いささかの愛情を持って書いてやってほしい。
これは僕からのお願いだ」


和田さんの部分はやはり涙を誘う。

今回、この本を読んで、
ようやく血の通った、肉体を持った
等身大の熊本さん
に触れたような気がする。
映画も前の本も、やや美化しすぎた、と思う。

しかし、
この本で熊本さんのしたことがおとしめられるわけではない。
犯人でない人間に死刑を宣告し、
そのことで一生悩んだ人がいたこと、
その人が、人生の最後に、
守秘義務を破ってまで真実を語ったということ。
それが本質であって、
それ以外の夾雑物でその価値が堕ちるわけではない。
今までそんなことは誰もなしえなかったのだから。

袴田事件は、
あれだけの無罪になる証拠がありながら、
再審請求はその都度退けられている。
法曹界のどういう常識が
そうさせているのかわからないが、
誰一人勇気もって発言しないとすれば、
随分情けない話ではないか。






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