税理士の点検と『山田洋次を観る』  

今日は税理士さんに来ていただいて、
最終的な点検
特に消費税の申告は、とても素人には無理なので、
それは税理士さん任せです。

このベテラン税理士さん、
結構外国に行くのですが、
東南アジア専門
中国に行くと、
ひたすら寝るそうです。
日本にいると、やはり仕事の関係で
電話などあるので、
外国でゆっくり眠るのだとか。


総代会資料の本文も執筆。
1年分の常務会資料や発信文をチェックすると、
案外抜けてるんですな。
明日には完了の予定。


[書籍紹介]

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愛知淑徳大学文化創造学部の吉村英夫教授が
同大学でやった「山田洋次論講座」の講義記録。
これ以外にもチャップリンと黒沢明で同様の講義をしており、
やはり本になっている。

大学の授業、というと堅そうだが、
当日の講義を文章化したものと
学生たちの感想文で構成された
ごく読みやすい本だ。

取り上げられた作品は、
「男はつらいよ」(第1作、1969)から始まって、
「寅次郎恋歌」(第8作、1971)
「寅次郎相合い傘」(第15作、1975)
「寅次郎の休日」(第43作、1990)
「寅次郎紅の花」(第48作、1995)
「知床慕情」(第38作、1987)
の寅さんシリーズ。
これに加えて
「家族」(1970)
「学校」(1993)
「武士の一分」(2006)
「愛の讃歌」(1967)
「たそがれ清兵衛」(2002)
など。

「男はつらいよ」シリーズは、
事務局長の世代にとっては同時進行だが、
最後の「寅次郎紅の花」からは
既に15年。
18歳〜22歳の大学生には、
親の世代の出来事。
「観たことがない」
「母から聞いた」
「おじいさんがビデオで観ていた」
などという反応だ。

その学生たちが映画を観ながら、
寅さんの世界に触れ、
山田洋次が伝えようとしたことを
理解していく経過はなかなか興味深い。
映画だけでなく、文化というものが
良き「案内役」を得た時に深く浸透していく姿は、
「教育」というものの重要性を伝えてくれる。
だからこそ、「評論家」というものの存在意義もある。

白眉は、山田監督本人を講師に招いての特別講義の記録だ。

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2008年10月30日、
普段の講座履修者だけでなく、
大学主催の「文化創造フォーラム」として
一般にも公開された講座の参加者は500名を数え、
「普通の講義にしたくない」と言う山田監督の要望で、
講座生代表7名を加えたパネルディスカッションは、
監督対学生、
創造者対鑑賞者のバトルの様相となっていく。

小津安次郎監督の「東京物語」の冒頭部分と
「男はつらいよ」の博のさくらへの告白シーンを題材に、
山田監督は学生たちの鑑賞眼に切り込んでいく。

いつの時代の映画か、舞台はどこか、
何月くらいの話か、老夫婦は何をしていた、
これからどこに出掛けようとしているのか、
その目的は何か
と、ぼんやり観ていた学生をタジタジとさせる監督。
文章で読むと、意地悪に感ずるほどだが、
実際は実になごやかな雰囲気で進行したものだという。

こうした山田監督の追及の中から
学生と聴衆は、
なるほど、わずか一シーンにも、
これほど沢山の内容が詰まっている
のか、
と気付いていく。
まさに良き「案内役」によって、
映画の観方を教わっていくのである。

さくらへの恋心をあきらめた博を追っていったさくら。
二人を乗せてドアが閉まって行ってしまった後、
二人はどんな会話を交わしたかを学生に聞き、
映画には、「省略された部分」があり、
省略されたことで
かえって観客の想像力を喚起し、
より深みを生む作用
があることも教える。

さくらから結婚の報告を受けた後の寅さんのアップに納得できず、
大道具に頼んで床の間のセットを作ってもらって撮り直した話の中から
役者の一つの表情の中に沢山のものが読み取れること
一つの最高のカットを得るために
創作者がどれほど苦労するか
が伝わる。

おそらく学生にとっては初めて聞く話だっただろう。
そして、その後、映画の観方が変わっただろうと思える話だ。

その後、質疑応答で、
自主制作映画を作っている人からアドバイスを求められて、
こう答える。

『(小説や絵画、音楽などに共通して)
表現者をめざす人たちみんなに共通する問題なんだけど、
ほんと、正直でなければならないということね、
自分の気持ちに。
いいろ見よう見まねで、あんな格好いい映画にしたいとかさ、
誉められたいとか、賞をとりたいとか、
あなたがたは思わないだろうが、
これで大もうけしたいとか、
そういう気持ちがあるかぎり、
その作品に、自分という者の姿が出てこない。
不思議なもので、
いい作品、心をこめて作ったいい作品というものは、
その人の、考え方とか、その人の思いとか、
その人の人格がちゃんと現れるものなんだよ。
そういうふうにつくるためには、
やはり正直に自分が感動したところをきちんと撮るとでもいうのかな。
そういうことなんじゃないのかな』


また、「一番思い出深いシーンは」と聞かれて、
先の寅さんのクローズアップと、
「遙かなる山の呼び声」のワンシーン、
高倉健と倍賞千恵子がお祭に出掛けるシーンをあげる。

『大勢人がいるから
高倉健さんが、「おい、武志 !」といって、
武志をひょと肩車に乗せるのね。
武志は「わー、高い高い」なんて喜んでんの。
で、それを見上げて、倍賞千恵子さんが、
「武志、いいね !」って微笑むのね。


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そのクローズアップ、
ぼくも倍賞千恵子さんとは長いつきあいで、
ほくと何十本の映画に出てるんだけど、
そのクローズアップが
ぼくはいちばん好きなのね。
なぜかっていうとね、
たが、ふっと見上げて「あっ、武志、いいわね」というだけの笑顔なんだけど、
その何というかなー、
そのカットをとりながら、
ああ、いまこの彼女は、
彼女の役目は民子っていったんだけど、
「ああ、民子は幸せなんだなー」って、
ぼくが思ったの、カメラの横でね。
人間にとっての幸せっていうのはそういうことか。
つまり、ああ幸せだっていう瞬間が、ときどきふと訪れる。

(中略)

もしかして人間にとって幸せとは、
そういう瞬間がいくつかあるっていうことなのかな、
ということをね、なんか感じながら、
ぼくは胸が熱くなった日があったことがある。
もう何十年も前ですけどね』


山田洋次の創作の秘密に触れたような話。
涙が出てしまいますね。

実は、このシンポジウムは
ガンで闘病中の奥さんを病院に送った翌日、
心身ともにくたくたになっていた時に行われたもので、
疲れていた様子なのに、
講壇に上がった途端しゃきっとなったということが、
分かるのは後日のことである。

最後に1992年、
カイロ大学でおこなわれた「男はつらいよ」を語る集会に寄せたメッセージの一部。

『寅さん映画から日本人の悲しみや、
願いがどんなことなのだろうか、
ということを、皆さんは理解してほしい、と願います。
日本人は、
本当は、
簡素で、穏やかで、他人に寛容な、思いやりにあふれた、
平和な生活を、心の底では願っているのに、
現実は、
皆さんが御存知のように、
片時も立ち止まって考える余裕を許さないような、
騒々しい競争心ばかりあおり立てられる、
不幸な社会になっています。
でも、もしかしたら、
それは日本人だけではなく、
世界中の、
さまざまな国の人たちに共通する思いなのかもしれません。』







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