理事・支部長会準備と『オテロ』  

今日も理事・支部長会の準備にあけくれ。
人数はほぼ確定し、
理事・支部長会は130人、
懇親会は173人。

期限までに回答してくれない人が1割はいるため、
ホテルとの連絡や座席の割り振りなど、
なかなか前に進めません
「返事がないと、事務局は困るだろう」
と思ってはくれないようです。

スタッフが直接電話して出欠を埋め、
最後に残った1人は、常習犯で、
どんなに連絡し、不在で伝言しても、回答なし。
「今、他の電話に出ています」と
お店の人が言うのですから、
すぐ側にいるはずで、用件を伝えても、
その後返事がありません。

いっそのこと、欠席扱いにして、
万一来たとしても、
「あなたの席はありません」
と帰ってもらおうかとも思いますが、
実際は現場でそんなことは出来ませんから、そこが辛いところ。

夕方になって、ようやく議案にかかりましたが、
定款の議案はやはり事前に送っておこう、
ということになり、
先に印刷にかけることにしました。

一方、表彰状が出来上がって来たので、
その名前をチエックし、
筒に入れて、ブロックごとに集めて
ホテルに送る準備を
してもらいました。
スタッフがいると、ありがたい。
当日、代表表彰の後、
他の受賞者に、いかにスムーズに渡すことが出来るかです。

夕方からは初台の新国立劇場に。
今年から会員になったので、
来年6月まで10回通うことになります。
それにしても、何でこんな場所に作ったのでしょうか。
というと初台にお住まいの方には悪いですが、
世界中、オペラハウスといえば、
町の中心にあって、市民の目にいつも触れ、
文化の発祥地としての象徴的存在感を示すものです。
やはり、東京駅周辺とか日比谷とかにあったら、
もっと観客は増えるでしょうに。
などと、今さら言っても仕方ありませんが。

さて、今シーズンは「オテロ」で開幕。

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またヴェルディです。
すっかり9月はヴェルディ月間でしたね。

なにしろ新国立は3年ぶりくらい。
ここのところ、METライブビューイングだの
ミラノ・スカラ座だの外国の超一流を観ていましたので、
日本人顔が西洋の衣装を着て演ずるオペラは
何だか奇異な感じがしました。
でも、ここの方式は、
メインの役は、外国のオペラ歌手を招聘してやります。
藤原歌劇団も同じですが、
いっそのこと、二期会みたいに
オール日本人キャストの方が潔い。
でも、そうすると、観客が満足しないのかもしれません。

「オテロ」は、ヴェルディ25番目の作品。
「アイーダ」で頂点を極めた後、
老齢ゆえに創作意欲を喪失したヴェルディが、
シェイクスピアの原作に刺激を受けて、
6年もかけて作曲したもの。
1887年のミラノ・スカラ座における初演は
大家10年ぶりの新作に、国家的行事になったようです。

円熟期の作品、
しかも新境地の意欲作で、
初めから終わりまで一瞬の緩みもなく音楽が進み、
美しく、切なく、ドラマチックに展開していきます。

さすがに、ミラノ・スカラ座をディープに観た後では、
何だか「薄い」感じは否めません。
オーケストラも歌手も、何だかへんに力んでいて、
スマートではない。
新プロダクションの演出はまともですが、
装置の関係で、
オテロの家も寝室も
キプロスの町中、野外で演じられているような落ち着きのなさ。

それでもやっぱりヴェルディで、
第4幕、オテロがデズデーモナを殺し、
イアーゴにだまされたことに気付いて
自裁するあたりでは、
胸が切なく、やっぱり泣かされてしまいました。
隣にいた女性など (連れではありません。念のため)
ぼうだの涙でした。

11月は大好きな「魔笛」です。

ところで、通信販売のパンフレットに、
河合隼雄さんという心理学者の講話集の宣伝が出ていて、
そこに、こんなことが書いてありました。

芸術のすばらしいところは、
うまくいけば内的体験が出来ることです。
そのためにあるんですね。
演劇を見に行くと言うと、
えらい贅沢みたいに思われがちですが、
本当にしっかり生きるためには、
必要なことではないかと思います。








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