『アイーダ』初日  

さて、昨日は、夕方からNHKホールへ。
おととい観たゲネプロ『アイーダ』の本番。
今夏、初のネクタイ、スーツで出かけました。
プルミエ(初日)ですから。

「オペラとは、大の大人が着飾って、子供になりに行くところ」
とどこかで読みました。
「子供になりに行く」というのがよく分かりませんが、
ラフな格好で行くより、
きちんとした格好で行く方が気持ちがいいのは確かです。

やはり、ミラノ・スカラ座は特別
何か違いますね。

↓は9年前のミラノでの写真。

クリックすると元のサイズで表示します

写真の一部が隠されているのは、
同行者の肖像権の関係です。

ミラノ・スカラ座の来日公演は6回目
1981年
ヴェルディ「シモン・ボッカネグラ」「オテロ」
プッチーニ「ボエーム」
ロッシーニ「セビリアの理髪師」
1988年
ヴェルディ「ナブッコ」
ベルニーニ「カプレーティとモンテッキ」
プッチーニ「トゥーランドット」「ボエーム」
1995年
プッチーニ「西部の娘」
ヴェルディ「ファルスタッフ」「椿姫」(事務局長、初参加)
2000年
ヴェルディ「リゴレット」「運命の力」
2003年
ヴェルディ「マクベス」「オテロ」
そして、2009年
ヴェルディ「アイーダ」「ドン・カルロ」
と、17作中、11作がヴェルディ
「ヴェルディの劇場」と言われるだけに、当然です。

なのに、「アイーダ」が来なかったのは、
ミラノ・スカラ座本家でも
1986年を最後に20年も上演されていなかったからです。

2006年12月7日に
フランコ・ゼッフィレッリの新演出で上演。
そのシーズンは11公演、
今年7公演をした後、
東京へ。
歌手とオーケストラだけでなく、
装置から衣裳から全部持って来た、
まさに「引っ越し公演」。
チケット代が高いのは当然です。

ヴェルディ24番目の、円熟期の作品。(全部で26作)
1869年11月のスエズ運河開通記念祝賀行事の一つとして
カイロに建設されたオペラ劇場で上演。
「スエズ運河の開通を記念して作曲された」と言うのは、
俗説で不正確。
劇場のこけら落としに上演されたのは、
ヴェルディの「リゴレット」で、
実際に「アイーダ」の作曲に取りかかったのは、1870年。
1871年12月24日、カイロのオペラ劇場で初演。
1872年2月8日にミラノ・スカラ座でヨーロッパ初演。
この時、ヴェルディが制作に本格的に関わりました。
以降、今年を含め39シーズンにわたって上演され続けて、
20年も間があいたのは初めて。
なぜなのかと思って、資料を調べても、どこにも書いてありません。

ゼッフィレッリのプロダクションは
1963年から66年のシーズンに上演されています。
新プロダクションになって、
こうして日本に来たのは嬉しいことです。

事務局長にとっては好きな作品で、
思い出してみると、
もういつのことか忘れましたが、
東京ドームでやったイベントが初。
凱旋行進のシーンで象が出てきたりのスペクタクルでしたが、
音はスピーカーから流れていました。

2度目は
アレーナ・ディ・ヴェローナ
(イタリア・ヴェローナにある古代ローマ時代の屋外闘技場跡地。
夏期に屋外オペラ公演をする。
「アイーダ」は既に50シーズン、549公演もされている。)
の来日公演で、
原宿の国立屋内競技場で観ました。
字幕なしで、イヤホンガイド貸し出し。
また小学生であった娘をオペラ・デビューさせようとうしましたが、
見事に失敗。
熟睡されてしまい、以降、娘はオペラとは縁がありません。

次は1990年8月、
ローマのカラカラ浴場での公演。
夏に旅行した時に自分で出かけてチケットを取り、
かなり良い席で鑑賞。
この時、アイーダ役のソプラノが
第3幕の「おおわがふるさと」で
2度にわたって失敗、
そのショックでか、退場時に転んでしまい、
休憩時、突然のイタリア語のアナウンスで
全員席を立って帰り始め、
何が起こったのかと思っていると、
ようやく
「もうアイーダの歌手が歌えないので、
本日はこれにて終了」
との英語のアナウンスで事情が判明。
タクシーか見つかるまでの間、
ローマの町を歩いてホテルへの帰途につきました。
貴重な体験でした。
(遺跡保護のため1993年から中止していたが、
2003年から復活しているらしい)

次は1996年2月、
ニューヨークのメトロポリタン歌劇場
2幕第1場が終わると、
舞台がせり上がって来て
第2場・凱旋行進のシーンのテーベの城門が出現。
舞台まるごと一つ入れ替わるメトロポリタンの舞台機構に仰天しました。

次は2000年11月、イタリア旅行の際、
ローマ歌劇場で「アイーダ」を上演中であることを知り、
カミさんと娘は行かないというので、
ホテルに残し(ツァーだったので、正式な夕食)、
一人で劇場に出かけました。
空いていたため、
ボックス席を一人で占拠して、
お行儀の悪い格好で鑑賞。
凱旋行進のシーンは貧弱。
「予算が足りなかったんだろうなあ」と同情しました。

最後は2003年9月の新国立劇場
委嘱されたゼッフィレッリの演出。
「『完璧』とは、このことか」
と思い知らされました。

というわけで、今まで6回観ているわけですが、
事務局長はオペラの専門家でもなく、おタクでもなく、
ただの「愛好家」なので、
これで十分ですね。

で、今回は、
大好きなフランコ・ゼッフィレッリの新演出で、
しかも本家・ミラノ・スカラ座の公演ですから、
日本舞台芸術振興会に寄付をし、
「ご希望の席を取ります」
というので、
初日の最前列・ど真ん中の席を取った次第。

以前、「3677席あるNHKホールの

クリックすると元のサイズで表示します

たった1つの最前列ど真ん中(正確には2席)」
と書き、
確かに↓のとおり真ん中の席というのは2席ありますが、

クリックすると元のサイズで表示します

実際は席の配置に多少のずれがあるようで、
事務局長が座った↓1列17番が正真正銘、

クリックすると元のサイズで表示します

たった1つのど真ん中の席
指揮者のま後ろで
視界をさえぎるものは、
指揮者の頭のみ、
という素晴らしい席でした。

その眼前に繰り広げられるものは、まさに豪華絢爛。

クリックすると元のサイズで表示します

舞台ぎっしりの装置。

クリックすると元のサイズで表示します

舞台にあふれる人、人、人。

クリックすると元のサイズで表示します

衣裳も全てイタリアから運んだ、正真正銘の本物。

クリックすると元のサイズで表示します

歌手もオーケストラも素晴らしく、
合唱は最高。

クリックすると元のサイズで表示します

この位置からだと、
遠くからでは一つにまとまってしか聞こえない各楽器の音の
配置がよく分かり、
ゲネプロの時はやや粗削りだった
打楽器もパランスよく聞こえます。

クリックすると元のサイズで表示します

合唱も、いくつもの群衆に別れた人々が
別々なメロディーを歌っているのがよく分かります。

クリックすると元のサイズで表示します

指揮者に最も近い位置で聴いているという
こういう楽しみ方もあるのか、と
つくづく感じた次第。

指揮の↓ダニエル・バレンボイムさんとは3メートルの至近距離。

クリックすると元のサイズで表示します

ピットからほんの少し出ている頭を見ながら、
ああ、あの脳味噌の中に、ぎっしり音楽が詰まっているのだ、
と感慨深く眺めていました。
はげた(失礼)頭に次第に汗が浮かんで来る様など、
この席でしか見ることができません。

ただ、イタリア・オペラなんだから、
もう少し切々と歌いあげてもよいのではないかと思いました。
それで、終わった時に、
体が熱くなるような感動はなし。
後で聞くと、
3幕と4幕の始め、
出て来た時に、後ろの方でブーイングがあったとか。
(最前列にいると、
後ろのことは、全く分かりません)
バレンボイムにブーするなんて、
日本の聴衆もすごいですね。

バレンボイムについては、↓をクリック。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%8B%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%82%A4%E3%83%A0

歌手は
ラダメスのヨハン・ポータが
はじめの「清きアイーダ」の微妙な終わり方
(他では、あそこで拍手わきますが、拍手できず)
以降、
どんどん調子を上げ、
アイーダのヴィオレッタ・ウルマーナは安定しているが、
タイトル・ロールにしては、やや地味。
衣裳の色を少し変えてやれば、際立つように感じました。
アムネリスのエカテリーナ・グバノヴァは、
来日後のどを痛めた歌手の代役で、
プログラムにさえ載っていない方。
でも、メゾソプロラノは深みがあって、いい。
エジプト王のカルロ・チーニ、
祭司長ランフィスのジョルジョ・ジュゼッピーニ、
アイーダの父・アモナスロのホアン・ポンス
など、脇が素晴らしい。

クリックすると元のサイズで表示します

今更言うのも何ですが、
円熟期のヴェルディの音楽は、
豊かで、多彩で、無駄がなく、ドラマチック。
改めて堪能しました。

フランコ・ゼッフィレッリの演出は、
第2幕までは絢爛豪華、
第3幕以降は人間ドラマとしての骨格を失わず、
いつも事務局長が礼賛するとおり
音楽の邪魔をせず、ドラマを際立たせる。
ただ、凱旋行進のシーンは、
新国立劇場の方がダイナミックだったようで、
今回のは、少々静的。
第4幕の装置は、どうかと思いましたが、
これはスカラ座の演出とは違っており、
どうやら、NHKホールはせりがないため、
地下墓所と神殿の2階建てができなかったようです。
それと、第3幕・第4幕は、もう少し照明を明るくした方が
演技が映えると思います。
巫女の長を一貫して登場させて象徴的な意味を持たせようとしているのが
今回の新解釈。
あまり際立った効果には見えませんでしたが、
音楽の邪魔はしていないので、いいでしょう。

本家・ミラノ・スカラ座の「アイーダ」、
しかも大好きなゼッフィレッリの演出で、
第2幕第2場は、
もう一生の間に二度と観れない光景として、心に刻みつけました。

カーテンコールの最後に舞台に樽酒が出現し、
「ミラノ・スカラ座日本公演100回達成」の看板がおりて来て、
鏡開きに。
舞台で宴会が始まるという珍しい光景を見ることができました。
写真は禁止なのに、
舞台上の歌手たちの持つデジカメのストロボが光ります。
こんなことなら、カメラを密かに持って来て、
このお祝いの光景を撮るんだったとくやしく思いました。

↓は、他の人からいただいたもの。

クリックすると元のサイズで表示します

ところで、休憩中、↓のDVDを購入。

クリックすると元のサイズで表示します

ミラノ・スカラ座の同じプロダクションの録画だからです。
後で気付くと、
客席でNHKが録画中で、
11月20日に教育テレビで放送。(ただし、抜粋版)。
BSの方は放送日は未定ですが、
いずれは放送するらしい。
しかも、ハイビジョン。
なんだ、こんなDVD、買うんじゃなかった、と思いましたが、
後で気付いたら、
2006年12月7日の新プロダクション初日の収録。

実は、この時、ロベルト・アラーニャがラダメス役に大抜擢され、
2日目(12月10日)に、
始まったばかりの方で「清きアイーダ」を歌った時に
天井桟敷から浴びせられた
「恥を知れ。ここはスカラだぞ」
というブーイングに怒って、退場。
急遽控えの歌手によって舞台は続いたものの、
以降、アラーニャはスカラ座に出入り禁止になるという
大スキャンダルに。
このDVDは、
初日のアラーニャの出ている記録。
これは大変なものを手に入れたと思いましたが、
観てみると、
編集とカメラワークは素人がやったかと思うほどのひどさ。
しかし、凱旋シーンは
今度のものとの違いも分かって、興味深いものがありました。

最近つくづく思うのは、
もう老い先長くはないので、
これからは
より美しいもの、素晴らしいものだけを見て生きた
い、
ということ。
だから、せっせと一流のものを観るようにしていますが、
ミラノ・スカラ座といえば、
超が3つ付くほどの超超超一流。
こういうものを観て、聞いた後は、
目と耳から入ってきたものが
心に留まって、
何日間も豊かな気持ちでいられます

ちょっとお金がかかりましたが、
やはり、何ものにも代えられない、
価値ある4時間を過ごしました。





AutoPage最新お知らせ