政治家たち  政治関係

今日はワイシャツのアイロンかけを敢行。
キーピングというのをシュシュッとやってアイロンをあてると、
面白いようにしわが取れます。
面白い。
時間がもったいないので、
テレビの報道番組を見ながらの作業。

同じ番組に中川秀直元自民党幹事長と与謝野馨経済財政担当相が出演。
しかし、相互討論はなし。
二人は消費税の導入時期で対立しているが、
中川氏の方に理があり。
この人の言うことは納得性がある。
「公務員の人件費削減、
国会議員の削減など、
増税の前にやるべきことがある」
というのも国民の目線に近いし、
「未来ビジョンの旗を立てる」
「公共事業より世界経済に貢献する産業の育成」
もそのとおり。

対する与謝野氏は、もどかしい。
病気あがりで覇気がなく、声もあんなだから、説得力がない。
景気の底で消費税をあげても
それ以上は下がらないという論理は無理があるどころか目茶苦茶だ。
かつて消費税を上げて
回復しはじめていた景気の腰を折った橋本の失敗を忘れたのか。
「金庫番」的発想でものを言われたら、
迷惑するのは国民だ。
話のテンポも遅いから、聞いていていらいらする。
次のコーナーが迫っていたため、
ついに発言最中にコマーシャルに。
田原総一郎が思わず「おい、待ってくれよ」とスタッフを怒鳴ったが、
CM中に帰ってしまった。

それにしても、次の選挙では自民党が負けるのは確実なのに、
この人はなぜ自分たちが政権を失った後のことをこんなに語るのだろうか。
2011年から段階的に消費税を上げて、最後は10パーセントに持っていく、
などと構想を述べたところで、
次の政権で否定されれば終わりでしょうに。
死期が近づいた社長が
自分の死んだ後の会社の経営について縛りをかけているようで、見苦しい

ちなみに、事務局長がなぜ秀吉を嫌いかというと、
全国の諸侯を呼び寄せて、
秀頼を頼むと断末魔の遺言を残したこと。
そんな約束など、戦国の世の中では通用しないし、
事実、そうなった。
そういう諸行無常の世界観が秀吉にはなかった。

先週末、麻生総理がハローワークを訪問して、
職を探している若者と話している映像が流れたが、
あれでまた支持率が下がったことを
総理周辺は自覚しているのだろうか。

机に肘をついて、顔に手をやり、上目づかいで口をひんまげてしゃべる
話し方に一国の宰相の威厳も誇りもない。
なぜ堂々と背筋を伸ばして話せないのか。
あんな姿勢で面接を受けたら、
麻生さん自身が採用されない
だろう。

その上、「まず自分が何をしたいかをはっきりしないと。
ただ、なんとかして下さいじゃねえ」
などとご託を述べた。
後で失業した女性がそれを聞いて、
「会社が無くなれば、職もなくなる。
全然何も分かっていない」
と批判していたが、総理はテレビを見ただろうか。
新卒の大学生が職を探しているわけではなく、
沢山の人が今目の前で仕事を奪われているのが分からない。

やはりこのひとはぼっちゃん。
その上「生まれはいいが、育ちが悪い」のだから困る。

そもそも事務局長はこのハローワーク訪問が気に入らない。
もし世の中の現状を肌で感じたいなら、お忍びで行けばいいではないか。
少なくとも警備の人だけ連れて、さりげなく行けばいい。
それを報道陣のカメラのお付きだ。
その前に広報が「総理がハローワークの現場を視察しますから取材して下さい」とお願いしたに違いない。
「総理はこんなに雇用不安に配慮しています」
ということを示すためのパフォーマンス。
あまりに物欲しそうでいけない。

事務局長が政治家という職業にはつけないな、と思うのは、
そうやって、自分のしていることをいつも誇示しなければならないからだ。
「私はこれだけのことをしました。こんなに沢山のことをなし遂げました」
と国民(正確には地元の有権者)に常に知らせ続けなければならない。
しかも、誇大に。
時には人の功績まで織り混ぜて。

「自分の義を、見られるために人の前で行わないように、注意しなさい。
もし、そうしないと、
天にいますあなたがたの父から報いを受けることがないであろう。
だから、施しをする時には、
偽善者たちが人にほめられるために会堂や町の中てするように、
自分の前でラッパを吹きならすな。
よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。
あなたは施しをする場合、
右の手のしていることを左の手に知らせるな。
それはあなたがたのする施しが隠れているためである。
すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、
報いてくださるであろう」


これは、事務局長が高校時代に触れて、
魂を震撼させられたマタイ伝の一節。

もし、職を求める人たちの実情を知りたいなら、
総理はたった一人、ハローワークを訪ねればいい。
変装というわけにいかなければ、
職員に頼んで、物陰から話を聞かせてもらえばいい。
そうやって、仕事を失った人の悲しみの声の響きを聞き、
その不安な表情を心におさめて、
泣きながら家に帰っていけば、
それが後で政治の力になるだろう。

もちろん、
政治家として大きなことをなし遂げようとすれば、
そういうわけにはいかないのだろう。
だが、右手のしていることを左手に知らせ続け、
他からの報いを受けて
天からの報いを受けずにいる間の
魂の枯渇と汚れが恐ろしい。

マタイ伝はこのようにも言っている。

「たとい人が全世界をもうけても、
自分の命を損したら、
何の得になろうか」


自分の命とは、魂のことであることは言うまでもない。

昔読んだ仏教説話で、
人を殺した罪におののく武士が僧になり、
沢山の人の命を奪った難所の川の渡し人になる。
病人や子供を背負って川を渡る男は、
ある時、背中に仏を感じる。
そして最後、命を終えた僧の亡骸は
野犬や鳥に食われ、
痕跡をとどめない。

そういう生き方の方が素敵だな。









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