政治との関わりとソウル・オペラ『魔笛』  

一日休んだだけで、
結構机の上に積み重なっていて、
その整理に時間がさかれ、
国産牛肉まつりの店頭試食で取材したお店に
『東京食肉新報』を送るなど、
雑事で過ごしました。

そうしながら、
来年度の組合事業の取捨選択を考えたり、
政治と組合の関わりを考えたりしています。

政治との関わりというのは、
具体的に言うと、議員さんとのお付き合い。
昨日もある先生のパーティーに
三役の皆さんに出ていただいたのですが、
出席者の感想はかんばしくありません。

事務局長もさんざんそういうパーティーには出ましたが、
自民党の大物政治家などが次々来て挨拶するのですが、
ちょこっと挨拶して帰ってしまう。
しかも、前の人の挨拶を聞いていないから、
同じ話が重なったりする。
その上、大体、話がヘタ。
というか空疎
こんな絵空事を言って虚しくないかと思うことがしばしば。

目的は資金集めと示威のため。
だから食事は申し訳。
人数のわりに少ないから、始まった途端、無くなる。

そういうところに集められて、
時間を奪われ、
その上お金まで取られるのですから、迷惑この上ない。
1人2万円が普通です。

それでもそういうお付き合いをするのは、
「何かの時に役に立つ」
ということのようですが、
本当に役に立つのか。
BSEの時に、何の役にも立たないことは証明されたのではないでしょうか。
大体、業界団体が議員先生に何か頼んで、してもらう
などという発想が古い

今、組合では、再来年の新年賀詞懇親会から
関係業界の方を呼ぶのもやめて、
純粋の内輪の新年会にした方がいいのではないか、
という意見があり、
いっそ顧問の先生も呼ぶのはやめたらどうかという意見さえ出ています。

実際、先生方は自分の挨拶が済むと、
さっさと帰ってしまいます。
よく考えてみると、失礼この上ない話です。
しかし、ホテルは人数としてカウントします。
立食ならまだいいですが、
コースの場合は1万数千円の食事代が無駄になります。

業界団体が集会に国会議員や都議会議員のセンセイを呼んで
ハクを付けるという発想はそろそろやめたらどうかと思います。
それこそ事大主義というものでしょう。

大体、今の政治家に何を期待するというのか。
麻生さんの支持率が急落しましたが、
12日の記者会見を見ると、どうも本人とその周辺は原因が分かっていないらしい。
麻生さんは定額給付金の話をした時、
3年後の消費税を上げることを言いました。
あの時、国民は、
あ、この人は我々の方を向いていない、
別の方を見ている、と分かってしまったのです。
別の方というのは、
官僚の方です。

確かに、巨大な国の借金や将来の福祉のことを考えれば、
いつかは消費税を上げなければならないことは、
賢明な国民は分かっています。
しかし、その前にやるべきことがあるんじゃないんですか、
と国民は思っているのです。
行政の無駄や天下りや特別会計や外郭団体や
そういう整理をして、初めて国民に負担を求めるべきでしょう。
なのに、足りないからと言って、
すぐ税金を増やしてまかなおうとする。
それは昔の無能な家老や代官たちの年貢取り立てと発想が同じです。
しかも、麻生さんは、3年後は多分自分はいないのにその話をした。
誰かに言わされた、というのはミエミエでした。

12日の記者会見で、消費税のことに触れたのは、
そのことが全く見えていないから。
情報通によれば、
あの記者会見で消費税のことに触れてくれなかったら、
私は辞任します、と与謝野馨が脅かしたんだそうです。
今の時点で重要閣僚が辞任したりしたら、
麻生内閣はガタガタです。
そこで麻生さんは従ってしまった。
戦犯は与謝野さんで、
消費税の値上げはあの人の持論です。
与謝野さんというのは、官僚出身ですからね。
国民の方なんか全然見ていないんです。

そういう、センスのない人たちがしている
今の政治には何も期待せず、
自立しなければならないので、
組合はとっくの昔に補助金などに頼らない体制を作り上げました。

そう考えると、
政治家との付き合いも
考えものだな、
無駄なことはしない方がいいな、
と最近は思っています。

政治家と付き合っていると、
何かの時に役立つという「幻想」にそろそろ気付くべきではないでしょうか。

長々政治ネタを書いてしまいましたが、
今日は夜、国際フォーラムCで
「ソウル・オペラ 魔笛」というのを観ました。

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奥さんが病気なのに?
と叱られそうですが、
半年も前にチケットを取っておりましたので。
それに、今日は、朝、寄ってきましたし。
昨夜は麻酔で、まるで死んだようだったので、
娘と心配して寄ってみたら、
元気でしたね。
痛みも少ないようで。

で、このパフォーマンス。
モーツァルトの「魔笛」をアフリカ音楽でやろうという試み。

前にも書きましたが、
オペラというのは、
演出家によって、いろいろ奇抜な解釈をされてしまうのですが、
どんな演出家も出来ないことが一つあります。
それは、音楽をいじること。
それだけは許されていません。

ところが、今回は、それをするという。
これは面白そうだ。
しかも、ロンドンでは、
2008年ローレンス・オリヴィエ賞 (ブロードウェイのトニー賞に当たる権威ある賞)
の最優秀ミュージカル賞を受賞したというのです。
来日するのは、そのロンドンの時の
オリジナルメンバーである、南アフリカのカンパニー。

一体どんなことを見せてくれるのか。
異文化の衝突は、どんな効果を呼ぶのか。
相当期待して行きました。
席も中央のセクションの7列目。
やや左寄りですが、
全体の造形がバランス良く見渡せる良い席。

結果は・・残念。
1+1が3や4にならず、
1以下の結果。
こんな半端なことになろうとは。

工事現場のようなところに
若者たちが三々五々集まって、
おもむろに演奏に取りかかる、
などと、
何回見せられたコンセプトか。

伴奏は主に木琴で、単調。
アフリカらしい強烈なリズムは、やっと後半になってから。
踊りも少ない。
演出の才気も感じられない。
特に前半は退屈。
モーツァルトの原曲の旋律だけ残しても
そこにプラスアルファのめざましいアレンジがないから、
もとの編曲の素晴らしさが際立つだけ。
音楽的な驚きもなく、
とにかく、聞いていて、
「響き」が美しくない。

後半も曲の入れ換えや削除はあるものの、
明確な意図が分からない。
元々混乱しているストーリーは更に混乱。
あの素晴らしいアリア「愛の喜びは露と消え」を削るとは、
どういうセンスか。
歌もオペラの歌唱で、
アフリカ音楽の歌唱ではない。

歌手たちは歌はともかく、
演技が全くできていない。
従って、
何も伝わって来ない。

何だか、すごく未完成な試演会を見せられたような感じ。

というわけで、
お金を支払って文句ばかり言っても仕方ないが、
期待が大きかっただけに残念な結果だった。

でも、また、新聞やブログでみんなほめるんだろうな。

いっそ、日本でも『魔笛』を日本風にアレンジして、
実力ある演歌歌手にやらせたら面白いのではないか。
ジャズでやるという手もあるな。
アリアを全部ジャズボーカルにする。
案外面白いかもしれない。








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