コーラスライン  

今日は休みなので、
エアロビクスに行き、映画を観た、
程度で終わらせるつもりでした。
なにしろ、何も書かないと病気かと思われますので。

そしたら、書かざるを得なくなりました。
素晴らしい映画に出会えたからです。

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↑これではありません。
これは、その前に観たもの。
あるNETの映画評論家が激賞していたので観たのですが、
全然ダメ。
何がダメかというと・・・

「国家繁栄維持法」が施行された近未来の社会では、
国の方針で18歳から24歳までの青年
千人に一人の割合で、死ぬことになっている。
(小学校入学時に予防接種された中にナノカプセルが入っている)
若い生命が犠牲になることにより、
国民は生命の大切さを知り、
生産性は向上、
国の出生率は上がり、
国は繁栄する。
国の礎となる青年たちは
お国のために喜んで死んでいく、
という、非常にこわい時代。
主人公はその政府の役人で、
「死亡予告書」(通称「逝紙」=イキガミ)を
選ばれた青年に配達する役割をしている。

非常に寓話性が高い内容で、
日本では六十数年前、
「赤紙」一つで招集された青年たちが
国のために喜んで死んで行った、
ということへの皮肉だろう。
法律の名前も「治安維持法」から来ているのは、間違いない。

その着想はいい。(原作はコミック)
ただ、このブラックな内容を昇華しきれないシナリオがいけない。
「逝紙」を受け取った若者は24時間後に死ぬ。
24時間しか命がないという極限の中で生きる若者を
3人選んで描くのだが、
ことごとくウエットな方向に流れる
これだけの着想ならば、
もっと奥深いものが描けると思うが
結局は友情や親子の愛、兄妹の愛という
つまり、安易なところに安住する。

一つは、メジャーデビューを果たしたミュージシャンが
「逝紙」を受け取って、生放送の中で自分の歌いたい歌を絶唱する話。
一つは、国家繁栄維持法を支持する女性議員の息子に「逝紙」が届く話。
一つは、交通事故で両親を失った青年が、「逝紙」を受け取って、
失明した妹のために死んで角膜を提供する話。

ありきたりだと思いませんか?
しかも、この3つの話は全く交叉しない。
(以上3つのエピソードはチラシに公表されているので、ネタばれにはなりません。)

監督は「犯人に告ぐ」の瀧本智行だから期待したが、
随分無頓着だ。
犠牲になる人数の割に「厚生保険省」の役人がやたらと多かったり、
選挙間近になって政見放送を収録したり、
拳銃を構えた男の前を逃げる群衆が横切ったり、
妹をだます作戦のサスペンスも途中で尻つぼみになったり、
入学式で予防接種の白衣の医師たちが並んで迎えたり。
途中でスタッフが誰も「これ、へんですよ」
と言わなかったのか。
この「国家繁栄維持法」が決議されるような社会なら
それなりの変わった社会だと思うが、
これもごく普通の描き方。

そして、何より、役者の嘘演技は絶望的。
それでも俳優かというヘタクソ演技が続く。
だから、リアリティも感動もない

今の日本映画のだめさを象徴する作品なので、取り上げた。
5段階評価の「2」

先にあげた評論家は、時々へんな作品を激賞するクセがあるが、
今度もだまされた。
映画を推奨するのは、実は大変なこと。
それを読んだ人は、
お金を払い、その上時間を使うわけですから。
事務局長も大変気を使いながら作品を紹介しています。

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↑が今日観た感動篇。

コーラスラインとは、稽古で舞台上に引かれるラインのこと。
コーラスつまり役名のない役者やダンサーが、
これより前に出ないようにと引かれる。
メインキャストとコーラスを隔てる象徴。

「コーラスライン」は、
ブロードウェイの劇場で、
コーラスラインのオーディションに参加する若いダンサー達を描くミュージカル。
1975年7月25日初演、1990年4月28日閉幕。
その後、「CATS」に抜かれるまで、長期ロングランの記録を保持。
トニー賞では最優秀ミュージカル賞をはじめ9部門獲得。
マイケル・ベネット原案、振付、演出。
マーヴィン・ハムリッシュ音楽。

日本では劇団四季のレパートリーだが、
学芸会に見えてつまらなかった。

さて、この映画
「ブロードウェイ ブロードウェイ コーラスラインにかける夢」は、
「コーラスライン」そのものではない。
「コーラスライン」が2006年に再演された時、
19人の役に3000人が応募したオーディション
8カ月にわたって描く。

雨の中、列を作って集まったダンサーたちが、
まず群舞で次々と落とされ、
次の予選で更に減り、
今度はそれぞれの役を想定したオーデションで数人に絞られていく。

元々オーデションそのものを描く作品だから、
作中の歌がオーディション風景にかぶさり、ぴったり。
このあたりの編集のセンスは抜群だ。

なにより、ショービジネスを支える底辺の広さに驚かされる。
ちょっとテレビで人気が出れば
主役の舞台を踏める日本とはわけが違う。
過去に実績のあるダンサーたちも
容赦なく落とされる。

審査員のプロデューサーたちが
一人一人を論評するところなど、興味津々。

たとえば、ゲイの役選びに難航している時、
一人の役者が演じた演技に、
何度そのセリフを聞いたか分からない審査員たちが涙してしまうのだ。
(このジェイソンという役者のセリフに事務局長も泣いた。
セリフの持つ力、演技の力は何と素晴らしいのだろう。)

カメラは応募者の日常の生活にまで入って、
その不安、期待、希望をも描く。
そこにはショービジネスが好きで好きでたまらない彼らの
心の有り様が見えて、感動する。

映画はマイケル・ベネットが
ダンサーたちを集めて
その本音を聞いたテープを紹介する。
このテープから作品が立ち上がっていく過程が初めて知らされる。

最終選考のオーディションは、
一つの役を争い会うそれぞれのダンサーの歌と踊りが
上手につなぎ合わされる。
同じセリフも歌も、
役者によって、こんなにも姿を変える。
先にも書いたが
こういう編集をさせたら、
アメリカ映画の編集マンは天下一品だ

実は、事務局長、映画の間、
感動して、胸が詰まって、泣けてならなかった。
こんなにも一人一人の魂があからさまにされ
昇華される様が観れる映画はない。
そして、人間の素晴らしさに感動する。

今すでに見終えて5時間くらいたつが、
まだ心がほくほくしている
こういう映画は1年に1本出会えるかどうかだ。

5段階評価で、躊躇なく「5」
(もしこのお勧めを読んで、この映画を観た方、
この高い評価が
事務局長のミュージカル好きがこうじてのもので、
つまらなく感じたら、お許し下さい。)






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