ミニ支部長会と支倉常長  

昨日はゆっくりさせてもらい、
今日は午後から事務所に出て、少し仕事を片づけ、
夕方から吉祥寺へ。
ミニ支部長会第2回の多摩ブロックの会合です。

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今日は一人部長が休んだため、その分の説明を事務局長が務めました。

議論の半分ほどを占めたのは、
支部の会合への助成を地区にも適用してほしい、という話。
多摩ブロックは18あった支部を4つにまとめた関係で、
1つの支部が広範囲。
それで、支部全体の会合を持てないから、
昨年まであった支部の中での地区(旧支部)での会合への助成を、
という話。

原則を貫くか、現実を優先するか、
多摩ブロックの特殊性を認めるか、
という判断を三役はしなければなりません。

その後は、いつもの懇親会。

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今回は三役を各テーブルに分けたので、
交流になったようです。

ソウルに行ったこともバンコクに行ったことも、
海賊版を買ったことも知っている人がいて、驚きましたが、
自分でブログに書いているのだから、驚くことはありませんね。

まだまだ、あと4回ミニ支部長会は続きます。

[書籍紹介]

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今年の5月、メキシコへ旅をして、
支倉常長が、↓このあたりを歩いた、とガイドに聞かされて、

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興味をもって読んだ次第。
地方紙多数に連載されたあと、
昭和60年に出発された、古い本。

徳川幕府が出来て間もない頃の様子や
家康と伊達政宗との関係、
家康と2代将軍・秀忠との確執、
当時のキリシタンの動向、
家康がキリシタンと有力大名が結びつくことをおそれていたこと、
宣教師やスペイン国王が日本をどう見ていたか、
伊達政宗が遣欧使節団を派遣に至る経緯
などなど、
興味津々で、大変勉強になった。

特に白眉は
常長が太平洋を渡ってノビスパニア(新イスパニア=今のメキシコ)に行き、
さらに大西洋を渡ってイスパニア(スペイン)経由でローマに至る部分。
やや急ぎ足とはいえ、
当時の武士たちが異文化に触れる有様にわくわくさせられた。

そういえば、昨年5月、
組合の訪欧研修団の一行をローマで案内した
日本料理店の名前が「支倉」でした。

↓支倉常長の通った道。

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↓支倉常長とサン・ファン・バウティスタ号。
彼の人格はスペインの王たちにも感動を与えた。
日本人船大工たちの作ったこの船は太平洋を2往復した。

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↓支倉常長がローマ教皇に謁見した時の絵。
サン・ファン・バウティスタ号が左側に、
右側にサン・ピエトロ寺院が描かれている。

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小説の中で、世界地図を広げ、地球儀を横に置いた政宗が
「常長、そちは、うらやましい男だな」
と言う場面がある。

「そちはこの日本国から、大洋をこえて、ノビスパニアへ渡り、
そこからさらに、もうひとつの大洋をこえて、イスパニアへ行く。
はるか海のかなたの異国において、
この国の者にはめったにできぬ、
さまざまな珍しい見聞をするであろう。
もしわれが伊達の国王でなく、もっと年が若ければ、
みずから船に乗りこんで、
海のかなたの異国を、ぜひこの目で見たいものじゃが・・」


当時の政宗、47歳。
時が時であれば、家康を凌駕したかもしれないこの優れた武将は、
世界に目を向けていた。
その思いはさぞ、無念であっただろう。

そして、今、一介のサラリーマンの事務局長は、
政宗が夢見た都市を
ことごとく歴訪している。
良い時代に生まれ合わせたものだ。

この時代、ローマに使節として行った少年たちがいたし、
単独でエルサレムまで旅をした人もいた。
こうした人々にとって、
異文化はどんな風に映っただろうか。

メキシコやスペイン、ローマの「石の文化」を見た時、
彼らの感嘆はどのようなものだったろうか。

今はさっさと飛行機でどこにでも行けるが、
メキシコまで3ヶ月の旅は、どんな夢と希望を抱かせたのだろうか。

そういえば、
森田公一とトップギャラン (なつかしい) の「喜望峰」という歌に、
こんな歌詞があった。

「新大陸が残されてた時代
人はみな 希望を抱いて生きられた
嵐の隙間にも かすかな虹を見た
その虹より大きな世界 目指した」


今は「新大陸」はないし、
異なる文化は学習済み。
しかし、当時の人は
「未知の世界」に向かって
わくわくしながら旅立つことができた。

この時、支倉らの一行は150人。(多い ! )
その中で、現地で「失踪」した人の名前が記録にある。
当時の支倉一行の中で、
メキシコに永住してしまった人の記録が教会に残っていると、
ガイドが言っていた。
スペインで上陸したセビリアには、
日本人の子孫が残っているという。

こうして民族の血は広がっていく。
言葉の通じない異国で、
どのような経緯でその土地に住み着くことになったのか、
珍しい東洋の国から来たサムライたちを
当時の人々がどのように見たのか、
想像力の翼が広がっていく。
良い本を読んだ。








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