円高と明日への遺言  

とうとう1j=95円までいってしまいました。
先週金曜日と本日に仕組債の利率が決まるので、
大被害です。
昨年7月には1j=124円だったのですから、
30円も変化。
全く為替だけは専門家でも分からないので、
困ります。

ところで、円高に対しての福田総理のコメントが
先週末の新聞に載っていました。

「あまりに急に為替レートが変化するのは、
私はもともと好ましくないと思っている」


中学生じゃあるまいし。
「もともと」と付けたところが、
この人がプロでないことがよく分かります。

全く日本の政治家の資質の悪さといったら。
あんな国会運営をやっていれば、
程度の高い人間は政治家になりません。
その結果、
人間性の劣悪な恥知らずばかりが政治家に残ってしまいます。

今日、「明日への遺言」を観て、
全く対極の人間性を見てしまいました。

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無差別爆撃をして来たB29の乗員が
地上からの砲撃を受けて落下傘で下りてきたのを
捕らえた軍部が処刑。
その罪を問われて戦犯裁判にかけられた
東海軍司令官・岡田資(たすく)中将の実話。

岡田中将は、「部下のしたことは司令官の自分の責任だ」として、
死刑覚悟で裁判に臨み、部下を守る。
それだけではなく、
無差別爆撃は国際法違反だとして、
アメリカ軍の空襲そのものを糾弾する。
その姿は
次第にアメリカ人検察官や裁判官を魅了していく・・・。

観ていて、
かっこいいなあ、
凛々しいなあ、
潔いなあ、
品格あるなあ、
男らしいなあ、
サムライだなあ、

と今は失われた日本男児の昔の姿を思わざるをえなかった。

裁判官や検事があえて岡田中将に有利に仕向けようとしても、
岡田は断固として自分の信念を貫く。
死ぬことを覚悟した潔さ。
決して自分の命乞いなどしない誇りある姿。
その根底にあるのは、
やはり信仰(仏教)だと分かる。

だから、
処刑の場に行っても、
「なあに、ちょっと隣に行くようなもののですよ」
と言ってのける。

言葉を交わさなくても、
傍聴席の家族たちと心の交流をするシーン、
死刑判決が出た後、
妻の方に向かって
「本望である」
というシーンなど、涙が出た。

映画は全編、法廷シーンとプリズンのシーンだけで構成。
途中で空襲のシーンや回想シーンを挿入するなどという
安易な方法を取らずに、
脚本も演出もよく耐えたと思う。
ヘッドホンで翻訳されるのを待つ間などリアルでいい。

それだけに、
岡田を送る時に「ふるさと」の合唱で送るとか、
妻の言葉に重ねて
岡田の生前の姿を繰り返し、ストップモーションで見せるなど、
安易な手法に走ったのは残念。
妻のナレーションも邪魔。

しかし、外人の役者たちはうまいなあ。
弁護士役のロバート・レッサー、
検事役のフレッド・マックィーン(スティーブ・マックィーンの息子)
など、アメリカでは無名だろうが、
うまくて、人間味があふれる。

観終えた時、
一人の見事な人間像に触れて姿勢が正されるというのは、
良い映画の証拠。

5段階評価の「4」

竹野内豊のナレーションは、深みがなく、かなりひどい。
それと、
エンドタイトルでの森山良子のヒーヒーいう歌もやめてほしい。

[こぼれ話]

戦犯裁判の映画といえば、
スタンリー・クレイマー監督の「ニュールンベルグ裁判」(1961)がピカ一。
この映画でも裁判官(スペンサー・トレイシー)は英語、
弁護士(マクシミリアン・シェル。この役でアカデミー賞主演男優賞受賞)はドイツ語で話す。
その間に同時通訳をヘッドホンで聞く。
しかし、そんなことをしていたら、
ただでさえ長い映画(3時間14分・休憩なし)が倍の長さになってしまう。
ではどうやったか。
ドイツ人弁護士が弁論している間に、
カメラは同時通訳のブースに入り込む。
そこではドイツ語→英語の通訳がなされている。
しばしドイツ語と英語の並列を聞かせた後、
突然カメラは弁護士の顔にズームアップする。
その瞬間、弁護士のセリフも英語になって、
それ以降は全員英語、という演出をしていた。

裁判ドラマでセリフが多かった(脚色賞受賞)ため、
当時は珍しく(今ではいくらでもあるが)
英語版と日本語版の両方が作られ、
1回目と2回目は日本語版、
3回目は英語版、
という公開のされ方をした。

当時中学生だった事務局長はこの映画にいたく感激。
何度も観に行ったあげく、
カウンターを手に、カット数を数えたりした。
(昔からおタクの資質あり)

さて、それから数年。
名画座に流れて来た
「ニュールンベルグ裁判」を観に行って、
珍しい経験をした。
英語版だったのに、映画の途中で、
突然全員が日本語を話し始めた。
あっけにとられていると、
10分後、
また英語に戻った。
フィルムの缶(約10分ずつ入った缶)が
日本語版、英語版、混じってしまったのだ。

別な時、
「クォ・ヴァディス」
フィルムの缶が入れ替わっており、
その時は、
ネロの放火で火事になったローマの町が、
10分後、火事の前に戻り、
また10分後、燃えている、という経験をしたこともある。
一緒に観た人は、
そのことに気付かなかったが。







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