近藤前理事長の逝去  

今日は三連休のはずが、
職場に出たものですから、
みんなが、
「どうしたんですかっ」
と驚いていました。

急遽変更したのは、
昨夜遅く、
近藤金治前理事長の訃報がもたらされたからです。
当然、組合の役員に連絡し、
関係者にもお知らせしなければなりません。
生花や弔電の手配をする必要があります。

そういうわけで、
ごくプライベートな用事(あとで言います)でしたので、
本日は出勤となりました。
給料をもらっているのですから、
職務優先は当然です。

日程が
27日(水)午後6時〜7時 通夜
28日(木)午前11時〜正午 葬儀
場所は田無山総持寺

と決まりましたので、
各方面にFAXで送り、
その他の準備もして、
ようやく前理事長のお宅を弔問できたのは、
3時すぎでした。

泣きました。
恥ずかしいです。
しかし、仕方ありません。
近藤前理事長と事務局長は
3年間、本当に信頼し合って仕事を進めましたし、
前理事長の持っていた無私の心は共鳴するものがありました。
ある種の絆で結ばれたと感じています。

前理事長のことは、今度書きます。

前理事長の家は田無にありますので、
西武新宿線に乗りましたが、
なつかしい名前の駅が沢山。
というのは、
40年近く前、
事務局長はこのへんに住んでいたことがあったからです。
青春時代の日々、
悩み多き時代、
このあたりを彷徨
しました。

帰り道、
1年ほど住んだ花小金井の駅の近所に行ってみましたが、
もう昔の家の痕跡もありません。
結婚について一晩悩んだ場所も、
どこなのか分かりません。

もう一つ、
やはり1年ほど住んだ野方駅の
環八そばの家も、
今は大きなマンションになっていました。

30〜40年も前のことですから当然で、
東京も刻一刻姿を変えています。

そんな風にして、
家に帰ったのは7時。
亡くなった方への想いと、
過去への追憶に満ちた
西武新宿線の旅(?)でした。

さて、これから、
本日休むはずだったはずの行動に
遅ればせながら入ります。
事務局長の行動様式を知っている方なら、
すぐ分かるはず。
そう、今日はアカデミー賞の授賞式の日です。
例年この日は休んで
リアルタイムで観るのが習慣でした。
生放送は同時通訳ですが、
夜、アメリカでのCMタイムを埋めるために
作った余分な部分をカットし、
急遽字幕の付いたものが放送されますので、
今からそれを観ることにします。
まだ何が作品賞を取ったかも知りません。
ヤフーの画面も見ず、
駅の新聞スタンドから目をそむけて帰って来たのですから。

で、その3時間後。

最初は惨敗か、と思うほど当たらない。
後半持ち直して、そこそこに。
でも、これでは、2連勝は無理ですね。

それにしても、
脚本家組合のストのせいで、内容が練れなかったのか、
まれにみる、つまらない授賞式でした。





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