決算・予算と「敵影」  

「組合員の資格」を問う、
について具体的な措置をお願いする支部長宛て文書
関係方面に読んでもらい、
意見をいただいて修正。
いよいよ明日出すことになります。

一方、決算の見通しを立てて、
これをもとに次年度の予算を組み始めました。
一年で一番楽しい作業です。

決算の方は、
為替の変動、
50周年記念事業の拡大、
年度末特別供給の豚肉価格の高騰等
不確定要素の影響は受けたものの、
ほぼ想定通りの結果となって恐ろしいくらい。
組合員も役員も職員も全員が喜ぶ予算執行となりました。

予算の方も今年度並の助成事業をした上で安定した内容。
特に生衛組合は
団体保険の手数料収入が
逆に持ち出しになるという
歴史的発想の転換をなした中、
今の為替水準が維持されれば、
こちらも安定的に運営できそうです。

これ以上資産を増やす必要なし、
運用益は全部組合員に還元、

という、
数年前に立てた大原則が
うまく生きています。

[書籍紹介]

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先の直木賞候補の一つ。
沖縄戦での軍曹・近藤義宗を主人公に、
捕虜収容所の中の人間模様を描く。

リアリズムあふれる描写に
筆者の実体験と思ったら、
筆者は38歳。
取材によって追体験したか、
それとも死者が乗り移ったか、
と思うほど、
内面を含めて綿密な描写が続く。

「生きて俘虜の辱めを受けず」が戦陣訓の時代だから、
死なずに生き延びた者たちの中には、
律儀に国に殉じた人々への罪悪感がある。
それが収容所内の「仇討ち」の心理となって、
部下を死なせながら自身は捕虜となった
かつての将校たちへの私刑となって現れる。
「敵影」はアメリカ兵ではなく、
身内に姿を変えていく。

勝者が作った囲いの中で
敗者同士がいがみあう姿は悲しい。

「丈夫な者から兵隊に取られ、
誠実な者から死んでいく。
生き残った不誠実な者は、
将校に罪をなすりつけ、
軍に罪をなすりつけ、
国に罪をなすりつけ、
他人に罪をなすりつける。」

「生者からは命令の実行をそしられる。
死者からは命令の不実行をそしられる。」

収容所の外には、
まだ同胞の死体が散乱している現実がある。
米軍の攻撃に逃げまどったのは
ほんの数カ月前の出来事でしかない。
夜、目を閉じれば、
その記憶に責め苛まれつつ
恥辱にまみれながら生きる生活だ。

その中に、ケガの世話をしてくれた
看護女学生との淡い想い出が一輪の花のように鮮烈だ。

きついセリフもある。
米軍の中の日系二世の発言。

「年寄りが若者の至誠に乗じたのがそもそもの過ちなのだ」
「特攻など、どこの国の軍隊が正式化できる戦法だろう。
これは死を受け入れる心と、
その心に甘える卑しさがなければ
成立しない戦法だよ」

最後に米軍の監視兵と捕虜の班長との
ボクシング対柔道の対決シーンが素晴らしい。
距離を取ってパンチを繰り出す米兵に対して、
接近して組み付かないと勝てない班長の闘いに
周囲で観ている日本人捕虜たちは
悲惨な沖縄戦の様相を重ね合わせるのだ。

「声援の質が微妙に変化していることに、そのとき義宗は気づいた。
声の渦に混じっているのは、まぎれもなく涙だった。
試合に沖縄戦の様相を見ている捕虜は少なくない。
掴み合いに持ち込む以外に戦いようがなかった現実と、
掴み合いに持ち込むまでに出さなければならなかった
犠牲の多さが声には詰まっていた。

壕に籠もった日本兵に泣かされた過去、そして現実を
米軍将校の一団も見ていた。
彼らは頭を抱えて何かをわめいていた。
砲弾をいくら撃ち込んでも地下に潜った日本兵は降参しない。
焼く物も壊す物もなくなった土地へ
隊を進めれば日本兵が這い出てくる。
岩が剥き出しているだけの地面をめぐり、
互いの罵声が聞こえる至近距離で両軍はもつれ合った。
米軍にとっては最も避けたいそれこそが、
日本軍にとっては唯一の戦法だった。
肉を斬らせて骨を断つといえば納得もできる。
しかし実際は、骨を断たせて肉を斬る戦いだった。
米軍に距離を取らせまいと掴みかかり、
その日その日をしのぐしかなかった。
翌日にはまた同じ戦闘が繰り返される。
いつ果てるとも知れない光明の一切ない日々--
果てるときが来るとすれば自分が死んだときでしかない毎日だった。」

捕虜たちの日常の悲哀が噴出する
この場面は圧巻である。







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