君のためなら千回でも  

この数日、人の来訪が多くて、
仕事が進みません。
それでも予算編成の原案を作りあげて、
三役の皆さんに送りました。
来週火曜日に審議をします。

平成19年度は2億円という莫大な金利を稼ぎましたが、
20年度はその半分位。
50周年記念事業はないので、
十分まかなえますが、
金利が少ないということは、
翌年の還付金に影響してきますので、
今後、年々引き締めながら行くことになります。
仕組債の解約があって、
またコンペでもやれれば獲得利息が増えるのですが、
為替と各国金利の動向次第です。
先のことを心配しても仕方ないので、
とりあえず、20年度は例年並の事業が出来そうです。

本日は午後、市場協会主催の
表示とコンプライアンスの講習会を受講。
170名も集まりましたから、
市場メンバーの関心の高さが分かります。
しかし、お役人の説明は何ともはや。
お役所の小さな世界の中なら、あれでいいのかもしれませんが・・・。
漁船衝突事件での防衛省の事務次官や報道官の記者会見を見ると、
どうしてこうも説明能力の無い人が次々出て来るのか不思議です。
もっとも、「役人」というのは
に立たない」という意味だそうですから、
怒るだけ野暮ですが。

[映画紹介]

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全世界で800万部を売った大ベストセラーの映画化。
アフガニスタンを舞台に
少年時代の友情と裏切り、
大人になってからの償いと人生の再生を描く。

まだ平和な時代のカブールで凧上げ合戦に興ずる少年たち。
その中のアミールとハッサンは強い友情で結ばれていたが、
実はアミールは実業家の息子で、ハッサンは召使の息子。
二人の間には、身分の違いが横たわっている。

勇気の無いアミールは
町の不良に暴行を受けるハッサンを見過ごし、
その気まずさからハッサンを遠ざけるようになる。
召使を代えてくれと言うアミールに
父親は「恥を知れ」と叱る。
その感情を制御できなかったアミールは
窃盗の容疑がかかるように仕向け、
誇り高いハッサンの父は息子と共に屋敷を去っていく。
引き止める主人に
ハッサンの父が
「あなたの命令はきけません。
もうあなたの召使ではないのですから」
と毅然として言う姿がいい。

やがてソ連のアフガン侵攻があり、
共産党嫌いの父はアメリカに亡命
アミールは成人し、父も亡くなるが、
祖国に残った恩人から一本の電話がかかって来る・・・。

ここから先は自分で見てほしいが、
人生の中の遠い昔の悔いを償うために、
初めて勇気ある行動に出る主人公の姿に、
事務局長は落涙した。

ソ連軍の侵攻とタリバン政権という二つによって、
アフガニスタンの民衆は悲惨な状態になる。
アメリカに亡命した父親が
息子の大学卒業を祝い、
その結婚のために力を貸すが、
亡命者のコミュニティの
祖国を失った人間の悲哀が胸を打つ。

役者たちは無名だが、みんなうまい。
特に、誇り高い父親が
ソ連兵士の銃の前でも
勇気の尊さを息子に見せる姿は素晴らしい。

祖国喪失の歴史のうねりの中に
人生の回復を織り込んだ高邁な作品
リアリズムで貫いたマーク・フォースター監督の手腕は確か。

原題は「The Kite Runner」で、
凧合戦で切れた凧を取りに走る人のこと。
「君のためなら千回でも」は
作中に出て来るセリフで、
友情を示す言葉。
20年の歳月を隔てて2度出て来る意味深いセリフを
日本で小説を出版する際に邦題を付けた。

5段階評価の「4.5」
十分感動したので「5」でもいいのだが、
終盤の脱出劇のくだりでリアリティが失せたため。
惜しい。


25万円の行方とスーパーマーケット・トレードショー  

「それで、25万円はどうなったんですか」
と聞かれ、
ハワイでなくした25万円入りサイフの顛末、
最後の部分を
予告したにもかかわらず報告していないことに気づきました。

朝の集合時間直前、
ホテルのロビー近くのトイレに置き忘れたサイフ。
届けもなく、
外国でモノを失くしたら
普通は出て来ないのが常識なので、
あきらめていましたが、
ハワイ島観光から帰ると、
ホテルから、届いています、の知らせが。
なぜこんなに遅れたかというと、
拾った方(おそらく日本人でしょう)が
ホテルの本来の遺失物のセクションではなく、
他の部署に届けたため、
フロントまで来るのに1日かかってしまったわけです。
なにしろ、ここは外国、日本のようなわけにはいきません。
落とし主であることは中に入っていた免許証で確認。
めでたく戻ってまいりました。
同行のお嬢さんは即座に写真を撮りました。
「お父さん、一番いい顔しているから」
それはそうでしょう。

というわけで、
その日の「最後の晩餐」では、
「ご心配かけましたので、
乾杯のお酒代は持たせて下さい」
という申し出があり、
ビール20本・160ドル分の寄付が組合にありました。

「今回の旅行で一番良い運勢の持ち主」ということで
締めの挨拶もこの方にお願いしました。

「良い運勢の方はサイフをなくしたりしないのではないか」
と野暮は言わないように。
なくしたものが見つかった時の喜びは倍ですから。

午後、東京ビッグサイトへ。
「スーパーマーケット・トレードショー」を見るためです。

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毎年行くのですが、
担当者が変わったため、
今年は案内状が来ず。
今日持って来てくれた方がいたので、
行ってきました。

例年、写真で紹介するのですが、
今回は↓撮影禁止ですと。

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沢山の人に来てもらって、
沢山の人に商品を公開して、
パンフレットも持たせ、
できるだけ沢山の情報を持ち帰ってもらうのが趣旨なのに、
撮影禁止 ?
撮られるのがいやなら、出展しなければいい。
情報のパイプを
主催者がわざわざ狭くしてどうするんだ。
写真を撮られたからといって、
何の不都合があるというのでしょうか。
イベント会社の何かの思い込みでしかないように思います。

従って、写真は、ほんのわずかです。

↓テラオカとイシダは会場の端と端で対決。
力の入ったブースです。

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地方のこだわり食品のエリアでは、
↓こんな各県の物産が紹介されています。

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一番元気なのは、↓宮崎県。

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↓知事のキャラの力が大きい。今まで宮崎県のブースなど注目外でしたから。

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先日も討論会で菅直人をたじたじとさせていましたし。

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お笑いタレントの時代なら、
誰も耳を傾けなかったのに、
知事の肩書は重い。
しかし、それは彼の努力のたまものです。


決算・予算と「敵影」  

「組合員の資格」を問う、
について具体的な措置をお願いする支部長宛て文書
関係方面に読んでもらい、
意見をいただいて修正。
いよいよ明日出すことになります。

一方、決算の見通しを立てて、
これをもとに次年度の予算を組み始めました。
一年で一番楽しい作業です。

決算の方は、
為替の変動、
50周年記念事業の拡大、
年度末特別供給の豚肉価格の高騰等
不確定要素の影響は受けたものの、
ほぼ想定通りの結果となって恐ろしいくらい。
組合員も役員も職員も全員が喜ぶ予算執行となりました。

予算の方も今年度並の助成事業をした上で安定した内容。
特に生衛組合は
団体保険の手数料収入が
逆に持ち出しになるという
歴史的発想の転換をなした中、
今の為替水準が維持されれば、
こちらも安定的に運営できそうです。

これ以上資産を増やす必要なし、
運用益は全部組合員に還元、

という、
数年前に立てた大原則が
うまく生きています。

[書籍紹介]

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先の直木賞候補の一つ。
沖縄戦での軍曹・近藤義宗を主人公に、
捕虜収容所の中の人間模様を描く。

リアリズムあふれる描写に
筆者の実体験と思ったら、
筆者は38歳。
取材によって追体験したか、
それとも死者が乗り移ったか、
と思うほど、
内面を含めて綿密な描写が続く。

「生きて俘虜の辱めを受けず」が戦陣訓の時代だから、
死なずに生き延びた者たちの中には、
律儀に国に殉じた人々への罪悪感がある。
それが収容所内の「仇討ち」の心理となって、
部下を死なせながら自身は捕虜となった
かつての将校たちへの私刑となって現れる。
「敵影」はアメリカ兵ではなく、
身内に姿を変えていく。

勝者が作った囲いの中で
敗者同士がいがみあう姿は悲しい。

「丈夫な者から兵隊に取られ、
誠実な者から死んでいく。
生き残った不誠実な者は、
将校に罪をなすりつけ、
軍に罪をなすりつけ、
国に罪をなすりつけ、
他人に罪をなすりつける。」

「生者からは命令の実行をそしられる。
死者からは命令の不実行をそしられる。」

収容所の外には、
まだ同胞の死体が散乱している現実がある。
米軍の攻撃に逃げまどったのは
ほんの数カ月前の出来事でしかない。
夜、目を閉じれば、
その記憶に責め苛まれつつ
恥辱にまみれながら生きる生活だ。

その中に、ケガの世話をしてくれた
看護女学生との淡い想い出が一輪の花のように鮮烈だ。

きついセリフもある。
米軍の中の日系二世の発言。

「年寄りが若者の至誠に乗じたのがそもそもの過ちなのだ」
「特攻など、どこの国の軍隊が正式化できる戦法だろう。
これは死を受け入れる心と、
その心に甘える卑しさがなければ
成立しない戦法だよ」

最後に米軍の監視兵と捕虜の班長との
ボクシング対柔道の対決シーンが素晴らしい。
距離を取ってパンチを繰り出す米兵に対して、
接近して組み付かないと勝てない班長の闘いに
周囲で観ている日本人捕虜たちは
悲惨な沖縄戦の様相を重ね合わせるのだ。

「声援の質が微妙に変化していることに、そのとき義宗は気づいた。
声の渦に混じっているのは、まぎれもなく涙だった。
試合に沖縄戦の様相を見ている捕虜は少なくない。
掴み合いに持ち込む以外に戦いようがなかった現実と、
掴み合いに持ち込むまでに出さなければならなかった
犠牲の多さが声には詰まっていた。

壕に籠もった日本兵に泣かされた過去、そして現実を
米軍将校の一団も見ていた。
彼らは頭を抱えて何かをわめいていた。
砲弾をいくら撃ち込んでも地下に潜った日本兵は降参しない。
焼く物も壊す物もなくなった土地へ
隊を進めれば日本兵が這い出てくる。
岩が剥き出しているだけの地面をめぐり、
互いの罵声が聞こえる至近距離で両軍はもつれ合った。
米軍にとっては最も避けたいそれこそが、
日本軍にとっては唯一の戦法だった。
肉を斬らせて骨を断つといえば納得もできる。
しかし実際は、骨を断たせて肉を斬る戦いだった。
米軍に距離を取らせまいと掴みかかり、
その日その日をしのぐしかなかった。
翌日にはまた同じ戦闘が繰り返される。
いつ果てるとも知れない光明の一切ない日々--
果てるときが来るとすれば自分が死んだときでしかない毎日だった。」

捕虜たちの日常の悲哀が噴出する
この場面は圧巻である。




広報部会とハワイ3日目  

本日は広報部会
ちょっと少ない出席者数ですが、
ホームページについての発展的提案が出て、
大変成果の上がった会議でした。
ポスターやラジオCM、雑誌広告など、
随分いろいろしていますが、
やはり機関紙が組織の要だと思うので、
広報部は重要な部だと思います。

今日は近所の写真屋で大きい写真の安い「火曜市」なので、
ハワイの集合写真をプリントして、
参加者に送りました。
この火曜市、来週で最終回だそうで、残念です。

そのハワイの3日目
(写真をクリックすると、大きくなります)

この日は早朝起きて、ハワイ島へ

↓130人乗りの中型機。こういう説明もなつかしい。

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通常のツァーですと、10時間くらいかかってしまうのですが、
今回のは短縮版。
まず、プナルウ黒砂海岸へ。

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↓溶岩が海岸に流れ落ちて、冷えて砕けて出来ました。

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↓ここにはカメが生息しています。
これ以上近づくと叱られます。
触ると罰金を取られます。

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↓一体何を考えているのやら。

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↓次は火山の火口を見ます。

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↓今も水蒸気が上がっています。

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↓観測所にある地震計。

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↓道路側まで溶岩が迫っています。

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↓この新しい火口は下まで行くことが出来ますが、
今は悪いガスが出ているので、禁止。
でも、歩いている人がいました。

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ハワイ島の天気予報は「曇り、時々雨」。
しかし、観光の時は晴れていて、
我々の観光が終わった途端に
霧が出て、雨も降って来ました。
誰のこころがけがよかったのでしょうか。

実は、今度の旅行で一番お金のかかったのが、このハワイ島観光。
なにしろ、飛行機を使いますのでね。
しかし、そのわりに評判が今一つだったのは、
やはりガイドが悪かったせいだと思います。
感動したり、納得したりする説明が
まるでありませんでした。
旅行はガイド次第です。

↓ビデオを買いましたので、自然の驚異を日本で楽しみます。

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↓ワイキキの浜からみた夕焼け。

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今回は三日とも夕焼けに恵まれました

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これも誰かのこころがけがよかったのでしょう。

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↓最後の晩餐はホテル内の和食レストランに部屋を借りて。

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座席指定をして、役員さんに混じってもらいました。

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久しぶりの本格的和食です。

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↓今回、誕生日の方がいたので、プレゼント。

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↓一人一人に感想を述べていただきました。

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次々と良い感想が出て、疲れが取れました。

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↓最後は随行役員の挨拶。

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↓ホテル上階からの夜景。
こうして、ハワイ最後の夜は更けていきました。

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翌朝は徒歩で和食レストランへ。

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焼魚の朝食です。

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昨夜の和食がなければ、もっと感激してもらえたかもしれません。

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その後は各自荷造り。
事務局長は昨夜のうちに済ませたので、
レンタサイクルを借りて、
運河からカピオラニ公園を一走り。
これをしないとハワイに来た気がしませんので。

↓組合行事恒例の祝福の虹が今度も出ました。

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こうして、奥様孝行ハワイの旅は、
大成功のうちに終わりとなりました。
詳しくは、次号の『東京食肉新報』に掲載されます。


厚生部会とハワイ2日目  

午前中は長い長い電話を2本。
一つは数日前に書いた「平成の変革」(「平成の改革」より一歩進んで、このように表現することにしました)に関して
書いた件について
詳しい内容を知りたいという内容。

もう一つは、ある「驚愕の事実」についての確認の電話。
これについては、更なる驚きの連続。
そこからあぶり出される過去の因縁・・・。
まだ書けない、というより、
口止めされてしまったので、書けません。
口止めされなければ
自分の判断で人に言うことはありますが、
口止めされてしまうと、
「これくらい秘密にしなくてもいいのに」
と思っても、人に言うわけにはいきません。
信義の問題ですからね。
それにしても、
人間の集まる集団は多様だなあ。

などと思わせぶりはいけませんね。

今日は厚生部会を開催。
重要案件があったので、
近藤理事長にも出席をお願いしましたが、
あっさり1時間で終了。
最近の部会としては短い方。

厚生部会の内容の基調は、
2/16のブログをご覧下さい。
本日は更に、
年齢満了者が入る傷害保険
今回の該当者43名全員に対して、
組合が負担して入っていただくことまで決定しました。
これは「全国1万名」の目標に対して
少しでも貢献するためです。

では、ハワイの2日目を。(写真をクリックすると大きくなります)

↓ダイヤモンドヘッドの朝焼けから始まりました。

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↓下のプールからの景色。

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朝食はホテルの海の見えるレストランで。

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↓納豆もあります。こういう並べ方は日本人はしません。

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この日はオアフ島観光。
真っ先に行ったのは、ダイヤモンドヘッドです。

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↓あの頂上を目指します。

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↓最初は舗装した道ですが、

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↓じきに山道となり、

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↓こんな道をくねくねと歩き、

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↓やがて前方に階段が。

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↓百何十段の階段を登り、

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↓更にトンネル。

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↓中はこんな風。

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数年前までは真っ暗だったので、
懐中電灯を用意したのですが、
足元にライトがついていました。
とんだ間抜けなことに。

↓更に階段を登り、

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↓らせん階段を登ると、最後に

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↓こんな景色が眼下に開けます。

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これを見せたくて、登っていただいた次第。

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↓反対側はカルデラ全体が見渡せます。

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↓同じ道を戻ります。

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↓途中には、こんな植物が。

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↓「だんご三兄弟」のよう。

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2月に来たのは始めてですが、
雨期で緑が沢山。
夏は枯野ですので、
この時期がハワイは最適かもしれません。

ここで事件発生。
登山途中気分が悪くなった方がバスの中で小間物屋を広げてしまい、
ホテルへ送ろうとしましたが、
本人が観光を続けるというので、そのままいてもらいました。

そして、もっと大きな事件が。
ある人が、出発前、ホテルで25万円入りのサイフを忘れたというのです。
尻ポケットに入れたサイフを
ズボンを脱ぐ際にトイレッペーパーの上に置いて忘れました。
ホテルに連絡しても届けはありません。
外国でこういう事態になったら、出ないのが常識
しかし、25万円といえば、OLの月収。
大変なことです。
本人は青菜に塩でしたが、
良い人に拾われて戻って来ればと、
一縷の祈りでつなぎます。

ノースショア

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本当は東海岸をずっと通るはずでしたが、
連絡が悪く、中央の高速道路で到達。
参加者の皆さんに
あの海岸線の素晴らしい景色を観ていただけなかったのが、
この旅行唯一の心残りでした。
(今度行く方は、バスでサークルラインに乗れば、島を一周できます)

昼食は10ドルを渡して、各自注文。
↓アボガドバーガー。ハワイにしかありません。

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↓小さなスーパー。ここのTシャツが人気のようです。

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↓肉の陳列棚。

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ドール・プランテーション。ハワイのパイナップルは国内で消費され、
実は日本には来ないことを初めて知りました。

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ここでは「迷路に入るな」「汽車に乗るな」と注意。
時間がかかりますので。

↓パイナップル畑。今は季節ではなく、実がなっていません。

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↓名物のパイナップルのソフトクリーム。

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真珠湾のアリゾナ記念館。

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↓右の白い建造物の下にアリゾナが沈没しています。
左に見えるのは、停戦調印をしたミズリー号。
本来ならごらんのはしけで行くのですが、
予約制でないため、
既にチケットがなく
遠くから眺めることになりました。

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↓オアフ島の模型。
下側にあるのが真珠湾。

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↓ガイドさんが説明。当時米軍が奇襲攻撃を知っていたという証拠を上げてくれました。

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↓左の大きな女性がガイドさん。
「和田アキ子より大きい」とご本人が言っていました。

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群馬の人。
優秀なガイドで
ハワイ王朝のアメリカの侵略と因習との闘いを巡る
貴重な話が聞けました。
頭の回転が早く、
バス前方に陣取る近藤理事長の「チャチャ攻撃」を
上手にかわしていましたから、
たいしたものです。

↓館内の展示。よくぞこんな写真が撮れたものです。

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前にも書きましたが、
事務局長は海軍大尉の息子なので、血が騒ぎます。

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↓販売していた奇襲当日と終戦当日の新聞。

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↓この潜水艦は入れます。狭い !

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モアナルア・ガーデンへ。
「この木なんの木」の木、
「絵になる木」です。
日立はこの木の使用料を莫大に支払っています。

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カメハメハ大王の像。日本のふんどしみたい。

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↓最後はアラモアナ・ショッピングセンターへ。

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バスの時間を指定し、
買い物を続けたい方は自力で帰っていただきました。

↓夕方、ホテルのプールサイドではハワイアンの演奏が。

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↓本日の夕食は「田中オブ東京」の鉄板焼。

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焼きたてを食べるのですから、最高に美味。
そして、↓こんなサービスも。

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「ファイアー」と何度もやってくれます。

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↓肉屋さんの団体に肉で挑戦。

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↓最後にガーリックライスが。これがうまいんだ。

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こうして2日目は終了。
それにしても、あの25万はどうなったのか。
次回に続く。





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