リア王  

それでは、「リア王」です。

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事務局長は昔、演劇の道を志したこともあるので、
当然一時期、シェイクスピアに親しんだ時期があります。
中でも「リア王」が一番好きでした。
それどころか
蜷川幸雄演出・市川染五郎主演の「リア王」
昭和50年7月の日生劇場公演は、
事務局長の演劇体験の第1位に長期君臨していました。

このプロダクションは、
蜷川幸雄が東宝に招かれての第2作で、
その前年5月には、「ロミオとジュリエット」を上演しています。
商業演劇に進出したことで蜷川幸雄は昔の仲間からは
「裏切り者」呼ばわりされました。

蜷川幸雄は昭和44年、「真情あふるる軽薄さ」で演出家デビュー。
その前は役者でした。
清水邦夫と組んで演出した数々の作品は、
当時の全共闘世代に受け入れられ、
一躍、「アングラ芝居」(と当時一括して呼ばれた)の雄となりました。

その頃、事務局長は1つだけ観ています。
昭和48年(1973年)の「泣かないのか? 泣かないのか1973年のために?」がそれで、
当時あった新宿文化という映画館で、
映画が終わった後公演していました。
おそらく開演は10時過ぎ。
満員の観客で、通路に座って観ました。
(消防法違反なので、今はそんなことはできません。)

始まると、通路に銭湯に向かう青年(蟹江敬三)が登場。
舞台に登ると、
服を全部脱いで全裸になる。
舞台を覆っていた幕が落とされると
何と舞台に銭湯が出来ていて、
先客の一人の青年がカランで体を洗っている。
観客は大爆笑。

しかし、その後、そこですさまじいことが展開。
機動隊に追われて逃げて来たアングラ芝居の一座がなだれ込んで来て、
芝居を演じて、
その二人の青年を巻き込んでいく。
途中ジェラルミンの楯を持った機動隊がなだれ込んできたり、
全員機関銃で撃ち殺されたり、
いろいろあって、
その中で、清水邦夫と蜷川幸雄は、
今まで自分たちが作って来た作品を再現し、
かつそれが全て現実に裏切られていく形で、
全面否定をしてしまう。
そして、最後は
二人の青年のタンゴとなり、
周囲を取り囲んだ一座が次々と切りつけて、
血まみれの踊りが展開。
最後に風呂場の壁が崩壊すると、
一団は帆を上げた船に乗り、
御詠歌(?)を歌いながら、肩を次第次第に落としていき、
船は闇の中に旅だっていく・・・

おそらく1時間程度の芝居のはずなのに、
3時間に感じられるほどの
密度の高い、衝撃の舞台でした。
その後1週間は舞台の映像が頭から抜けませんでした。
内容は理解不能でしたが、
若者たちの魂の叫びが胸を揺さぶる、
そういう芝居でした。

この芝居で過去の自分たちの作品をみずから否定してしまった
清水邦夫と蜷川幸雄は、翌年、自分たちの劇団「櫻社」を解散、
蜷川幸雄は東宝に迎えられて
大舞台の演出を任されるようになります。

「ロミオとジュリエット」、
「リア王」
「オイディプス王」

と市川染五郎(当時。今の松本幸四郎)と組んで成功させた蜷川幸雄は、
昭和53年、
平幹二朗と組んで「王女メディア」を発表。
既に新宿の花園神社で評判を生んだ作品ですが、
日生劇場版も評判となり、
昭和55年には、あの「NINAGAWA マクベス」を生み出します。
シェイクスピアをセリフをそのままに、
戦国時代の武将の話として描くこれは、
外国でも評判を呼び、
数々の模倣を生みました。
題名に演出家の名前を冠するほど
蜷川幸雄のスター化は進み、
「客を呼べる演出家」として、
精力的な仕事をしていき、
やがて「世界のニナガワ」となっていきます。

当時、事務局長は蜷川幸雄の演出した芝居を次々と観ていきました。
中でも「ハムレット」「近松心中物語」「元禄港歌」「黒いチューリップ」「タンゴ・冬の終わりに」などは忘れられない舞台でした。
毎回素晴らしい仕事と感じましたが
昭和60年の「恐怖時代」(谷崎潤一郎の戯曲)あたりから「?」と感ずる舞台が多くなり、
2本に1本の頻度で当たり外れが出るようになり、
昭和63年の「欲望という名の市電」(テネシー・ウィリアムスの戯曲の翻案)では退屈さえ覚え、
やがてニューヨークやロンドンに出かけて
あちらのミュージカルに直接触れるようになる中、
蜷川幸雄演出作品から次第に遠ざかるようになりました。

今回行くようになったのは、
あの「リア王」を平幹二朗がやると、どうなるか、という興味からです。

その前に昭和50年版のことを。

配役は
リア王 → 市川染五郎
道化 → 財津一郎
エドマンド→林隆三
エドガー→津坂国章(当時。今の秋野大作)
グロースター伯爵→菅野忠彦
ケント伯爵→西岡徳美
ゴネリル→根岸明美
リーガン→新橋耐子
コーディリア→丘みつ子

今思うと、すごい配役ですね。

訳は小田島雄志版。
美術は朝倉摂、
照明は吉井澄雄。

とにかく衝撃的でした。
舞台はかなりの傾斜の岩山のような感じ、
奥をドームが覆っています。
登場人物は皆毛皮をまとった、荒々しい雰囲気。
そして、セリフを謳うのではなく、
わめき、がなる。
しかし、舞台からはすさまじいエネルギーが客席を差し貫きます。

リア王の荒野の場面では、
叫び声をあげて真正面に倒れると、
その瞬間、背後のドームがまっ二つに裂けてしまいます。
本当はここで本水を使った雨を降らせたかったらしいのですが、
技術的に無理で断念したそうです。

リア王の狂気と共に世界が崩壊する予感を与えるすさまじい衝撃。
それまで観てきた「リア王」が、
わりとおとなしく、
セリフを聞かせようとする
常識の範疇だったのに対し、
舞台の上て肉体がぶつかりあうような、
観客の気持ちをかきむしって
ひきずりまわす
ような
すごい舞台。
これもまた、
1週間の間、舞台の感覚が頭の中から離れませんでした

これ以上のエネルギーを持って襲って来るものは観たことがなく、
こうして、事務局長の演劇体験の一位に長く留まり続けたわけでした。

その印象がありましたので、
1999年版は観ず、
今回は平幹二朗のリア王への関心で行きました。

感想は・・・
観るのではなかった

松の絵の書かれた能舞台の趣の装置。
既に「テンペスト」で既視感がある。
毛皮のコート。
芝居の邪魔になるだけでなく、
役者の肉体の動きが見えない。
それを次第にリア王が脱いでいくところに意味を見出せというのだろうが、
これも「王女メディア」で既視感あり。

平幹二朗のリア王は、これで満足する人は沢山いるのだろうが、
わめきすぎ、うなりすぎで、
王としての威厳も品格もない。
これでは頑固な愚かしさだけが見えてしまう。
だから、
「もっとも年老いたかたがたがもっとも苦しみに耐えられた、
若いわれわれにはこれほどの苦しみ、たえてあるまい」

(小田島訳)
というオールバニー公爵の最後の言葉が胸に迫らない。

ゴネリルの銀粉蝶は下北沢ならこれでいいのかもしれないが、
リーガンのとよた真帆と合わせて品がない。
とにかくやりたい放題。
コーディリアの内山理名に至っては、
なんと我の強いコーディリアであることか。
これでは、コーディリアが全ての原因に思えてしまう。
インタビューを読むと、そういう意図もあったようだが、
コーディリアに感情移入できないのは、観客には相当辛い。
第一、リア王の台詞
「この娘の声はいつもやさしく、もの静かで、低かった」
(小田島訳)
に反するではないか。

道化もエドガーもエドマンドも力不足。
唯一良かったのは、
グロースター伯爵の吉田鋼太郎
で、
この人は、わめかず、静かに語るので、かえって説得力がある。

荒野のシーンも崩壊感は皆無。
上からぼとぼと岩が落ちて来るのはびっくりしたが、
音がうるさいし、あまり意味があるようには見えない。
元禄港歌で椿が落ちて来る既視感あり。

音楽もいつもよりずっと押さえており、
能の謡曲のような音楽や
太鼓の音が場面転換のためのようにしか聞こえない。
あの舞台の奥から聞こえて来る
叙情的な調べ
はどうしたのか。

それと、やはり翻訳。
今回は松岡和子訳。
小田島雄司訳あたりからそういう傾向があるが、
くだけた日本語にすればいいというわけではなく、
王には王らしい、
貴族には貴族らしい、
武将には武将らしい言葉づかいというのがあるのではないか。
日本の時代劇で侍が商人のような口ぶりでしゃべればおかしいわけだから、
やはりこの翻訳には問題がある。
気品、香り、言葉の響き、
こういうことを無視してのシェイクスピアの翻訳はあまり上等とは言えない
だろう。

昔の方が良かったなどとは言わないが、
やはり、あの最高舞台を観てしまうと、
新たな演出がそれを越えていないことは寂しい
(蜷川幸雄、当時39歳、今72歳)

というわけで、
遠く、彩の国さいたま芸術劇場まで行ってのリア王、
残念な結果となりました。





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