矢祭町の改革  

本日、手提げ袋の共同製作
玉ねぎの共同購入の文書を発信。

原油高の高騰、玉ねぎ価格の4割高など
値上げ要因は確かにあるのですが、
元値の上昇をそのまま価格に転嫁するのでは無能過ぎますので、
価格据え置きで実施することにしました。
そのことは文書の中に
「今年度は組合創立50周年にあたるので、
価格据え置きで実施します」

と強調しておきました。
こんな形で50周年行事は続いています。

急激な円高のせいで本年度の利息収入は減りますが、
もともと予算は1ドル=100円で設定していたので、
びくともいたしません。
黒字は間違いないので、
値上げはしないですみます。
第一、周囲が値上げして高い時、
補助して安く提供するから
組合員さんは喜ぶのであって、
回りと同じに値上げしていては、
組合の存在価値はありません。

こういう時、お役人は平気で値上げで対応するのでしょうが、
役人の悪いところは、
言い訳する理由さえたてば
そうしてしまう
ところで、
努力が足りません。

大阪府知事候補の橋下弁護士が
テレビで
「行政の収支も家計と同じにすべきだ」
と言っていました。
その意味は、
行政は役人がこれこれの事業にこれこれ必要と積み上げて、
足りなくなれば、府債を発行して補う、
とやってきたが、
(それで大阪府は膨大な借金を抱えている)
家計と同じに、
収入が減ったんなら、
不要な事業から削っていけばいいのだ、
ということ。

橋下弁護士の主張は正しい。
国も同じで、
足りないから消費税率を上げる
というのは最も無能な方法。
足りないなら、
無駄な事業や補助金を削減すればいいので。

まあ、その前に
国民の行政への過剰要求の体質を変えなければなりませんが。

日曜日にテレビで矢祭町の改革をまたやっていました。

矢祭町というのは
町政の改革を断行、
1年365日開いた役場や
職員の職務兼任、給与カット、
外注をやめて、
助役や管理職まで総出で便所掃除をやり、
そうした姿勢が
町民の意識を高め
町民みずからがボランティアを申し出て来たという、あの町。
町長が家庭の事情で辞意を表明した時には、
町民が取り囲んで「やめないでくれ」と言った、
感動的な場面がありました。

今回報道されたのは、町民が運営する図書館の話。

矢祭町には図書館がなかった。
書店もない。
そういう文化的貧困から、図書館の設置は悲願。
図書館そのものは古い施設を改装して可能だが、
図書購入費には10億くらいの資金が必要。
そんなカネがあるはずがない。
そこで編み出したのは
書籍を全て寄贈でまかなうこと。

これには、全国自治体の図書館から轟々たる非難が出た。
「邪道」とまで言われた。
ところがふたを開けたら
全国から30万冊もの本の寄贈が集まった。
文学全集も百科事典も揃った。
郵送費用は寄贈者持ちなのに。
「捨てるのはもったいないので」
という手紙や、
本にまつわる想い出が添えられていた。

その整理は町民が自ら申し出たボランティア。
開館後も町民が運営。

そして、開館後、
驚くべきことが起こった。
本を寄贈した方たちが町を訪れて
自分が寄贈した本が並べられているのを見にきた。
中には横浜から来た人で、
亡くなった息子さんの蔵書が
書棚に並べられているのを見て、
涙を浮かべている。
図書館のガラスには寄贈者3500名の名前が刻まれており、
そこに息子の名前を見つけて帰って行った。
きっと横浜で矢祭町のことを思いながら、
息子がそこで生き返ったような思いでいるのでしょう。
このアイデアは、
沢山の人に幸福さえ配った。

まさにお役人の常識をつくがえす出来事
これも、図書館建設を進言した職員に対して
町長が
「あんたが一番真剣に考えているんだから、
あんたが担当しろ」
と任命しての出発だった。
何という賢い人事でしょうか。

国会議員に圧力をかけて
補助金を頼ったりするのではなく、
自らの知恵で困難を乗り越えた例。
前例やしきたりに縛られた役人には無理なこと。
「カネが出れば、知恵が引っ込む」と言われるが、
まさに、東北の小さな町では、
大きな改革が行われている。





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