総務部会と小沢の辞意撤回  

本日は総務部会
欠席の連絡があった方以外は全員時間通りに参集。
さすが総務部。

まず、台湾の出発から帰国までの流れ
事務局長が説明。
これがかなり長いものとなりました。
というのは、
そもそも理事・支部長会は総務部の担当で、
全員が同じ理解と責任感を共有すべきものだからです。
さいわい、誤った理解もなく
共通認識を持っていただけたようです。

次は来年の新年会
これも総務部の担当で、
役割分担をしていただきました。
何年か前に、曜日にかかわらず1月6日の開催、と決まりましたので、
初の日曜開催
来年の事務所開きは、
曜日の関係で1月7日の月曜日から。
事務局にとっては、仕事始めが即新年会ということになります。

次は青年部のあり方。
平成12年以来の「次世代強化事業」を総括し、
次年度の対応を決めました。

最後は、総務部の使命ともいうべき
「検討すべき課題」の審議。
理事長の任期に制限を付けるべきかどうかということと、
区会議員と組合役員の関係です。
総務部としての意見はまとまりましたが、
実際は来年4月の理事会で決めるべく進めていきます。

というわけで、
組合の会議としては長く、
4時過ぎに閉会。

そのあとは常務会の準備。
結局9時までかかり、
家に持ち帰りです。

家に帰ったら、
小沢民主代表の「辞意撤回」を知りました。
「大連立」を他の役員が受け入れたのかと思ったら、
そうではなく、
情にほだされての復帰。
ずいぶん小沢さんらしくないことをしますね。
ここは、「大連立」を条件にして、
「豪腕」で民主党の理想主義者たちに
現実をめざめさせなけれは。

事務局長はもともと
自由党時代の小沢さんは評価。
彼の方針がぶれないからです。
右顧左眄
(うこさべん=@左右を見回してなかなか前へ進まないこと
Aあれこれと考えて決断ができないこと
さこうべん
ともいう)
ばかりの日本の政治家の中で、
珍しく突き進み貫く人でした。

しかし、民主党党首になってからの小沢さんは
政権奪取が現実的になったことから
妙に物欲しそうな発言が多くなり、
失望していました。

参議院選挙の見事な勝利で
再び小沢さんらしさが復活しましたが、
テロ特措法を巡る国連重視主義などは
それこそ小沢さんらしくなく
単に自民党を困らせて
解散・総選挙へ突き進む
党利党略の姿として嫌悪感を感じていました。

今回の「大連立」は、
福田さんが持ち出したものとしても、
今の政治の閉塞状況を脱する現実的な手段として、
やはりこの人は党利党略より
国のことを考えていた
のだ、
と見直しました。

観念的な民主党の幹部たちは
参議院選の公約にない、とか
民意がどうのとか言っていますが、
かつての自社さ政権にしても、
自自公政権にしても、
そんなことを公約になどかかげておらず、
流動的な政治状況の中での現実的な選択肢。
目的は自らの政策の実現であって
そのためにはあらゆる可能性を模索するのが
政治家というものでしょう。

その意味で、
今度の「大連立」は
政権に入ることで
民主党の政策を実現する道が開け、
若い民主党議員に大臣の経験をさせ
その中から「力量」を付けて
民主党政権に移行
する見事な戦略で、
彼の信条である「政権交代可能な二大政党制」とも矛盾しません。

そのあたりが菅・鳩山とは格の違うところで、
それ以外の若い政治家たちの
甘さとは遠く離れたリアリスト小沢の面目躍如と感じていました。

民主党単独政権でないといやだ、とか、
「小沢総理」が条件、などというのは、
現実認識としては甘過ぎます。
民主党が政権を取るのについて
国民が一抹の不安を感ずるのは、
そういう若過ぎるおごりがあるからです。

人が「やめる」というのは「嫌気がさした」時で、
役員たちの反応のレベルの違いに、
「こんなやつらとはやってられない」と感じたからでしょう。

それがわずか2日で撤回。
しかも無条件?
「恥をさらすようですが、
もう一度頑張ってみたい」

ですと?
やっぱり、小沢さんらしくない。

戦後日本政治が作った病弊、
官僚との戦いができるのは
小沢さんしかいないのだから、
一度小沢さんにやらせてみたい

と事務局長は常々思っていましたので、
この結果は、実に残念です。

小沢さんがいなくては政党が成り立たず
不満だらけでも
無理やり慰留・復帰では、
民主党は「小沢商店」になってしまいますぞ。





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