組合前史  

今日は日曜日の板橋支部統合発会式を含む
各支部の発会式の記事をまとめ、
編集のAさんに渡しました。

その後、50周年記念誌にかかり、
「組合前史」のまとめ。
当初年表形式にしようとしましたが、
この部分はやはり記述式にしないと、よく分からないようです。

もちろんネタ本はあり、
「日本食肉史」を参考にしました。

東京初のと場や初の牛肉屋、牛鍋屋などを紹介しつつ、
牛肉販売人の結社をへて、
ようやく法律に基づく組合になるのが明治43年、
その後、戦時下の配給統制時代を経て、
戦後今の組合に似た形が作られ、
やがて昭和32年の現在の組合の形になるまでの約50年間。

その後今の形が50年続くわけですが、
当時の人は今はいなく、
やがて、次の50年も歴史の中に埋もれていくのでしょう。
近藤理事長の時代など、写真でしか語られない時代が来て、
まして表に出ない事務局長のことなど
誰も覚えていない時代が来ます。
歴史とはそういうものなので。
諸行無常。
生者必滅、会者定離。


ところで、今日の産経新聞に、
久間発言について、
宮崎哲弥氏が
「『自虐』問い直すきっかけに」ということを語っています。

「そもそも久間氏は原爆投下を是認したわけではない。
彼の発言の根幹は、
原爆投下をどのように受容するか、なのです。」

とし、
戦後の日本は、
アメリカとの直接対決につながるこの問題を直視することなく、ここまでやり過ごしてきた。
「だからこそ、この問題について、
昭和天皇から左翼まで、
『しょうがなかった』
という理屈で折り合いをつけてきた」
と。

昭和50年に訪米した昭和天皇は、
帰国後の記者会見で、原爆投下について聞かれ、
「戦争中であることですから、
広島市民に対しては気の毒ではあるが、
やむをえないことと私は思っています」

と述べた。

「いま久間氏の発言を批判するのであれば、
昭和天皇の発言も批判しなければ筋が通りません」
という。

もっとも、
「戦争の責任は全て私にある」として、
戦後日本の復興に尽くした天皇陛下と
何となくニヤニヤして
問題発言を繰り返す久間氏では、
同じ発言でも重みが違うが。

10年前に広島・長崎の中学・高校・大学生を対象に行った意識調査では、
原爆投下について
「戦争だから仕方がない」
「は組合戦争を終わらせるためやむを得なかった」

と答えた学生の割合は42.2パーセントに上ったといいます。

しかし、いつまで日本人は
戦争時のことをこうして引きずっていかなければならないのでしょう

何だか最近、昔よりその傾向が強くなってきたような気がします。
当時生まれてもいなかった人たちが
今の価値観の物差しであれこれ言う。
それを政局に利用しようとする、
何だか不純に感じてなりません

このメンタリティについては、
一度検証の必要がありそうです。

久間さんの一番いけないのは、
確信犯であるわけではなく、
一つの発言でどういう内容が返って来るかの
想像力が欠如しているだけで、
こうしたお粗末な閣僚に囲まれた安倍さんは本当に気の毒です。






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