ラ・マンチャの男  

本日は、明後日の常務会の資料作りで
夜9時半まで。
何とか出来上がって、明日は印刷。
ほっとする時間です。

資料の中に、先日の三役会で使った
「EXODUS 都肉連の解散と全肉連脱退の経緯」があり、
これは別資料の形で付けます。
三役だけでなく、常務会のメンバーにも
読んでいただこうというわけで、
その「はじめに」と「おわりに」を若干手を加えたかったので、
家に持ち帰り。
これからとりかかります。

今日の訪問者の中に大手ハム・メーカーの方がおり、
表示についての問い合わせです。
例のミート・ホープ社の関連で、
ひき肉関係、副生物関係の表示について敏感になっている業界の反映です。
事務所にいても、
問い合わせの内容で
今業界が何に悩んでいるかが分かります。

NHKをはじめとする報道関係の問い合わせも多く、
先日はテレビ局から
挽き肉を作るところをスタジオで実演してくれないか、
という依頼がありました。
中にはカメラの前で話してくれとか、
声だけでも録らせてくれないかと言われます。

「ミート・ホープ以外にもこういうことをやっているところがありますか?」
こういう聞き方をしてくるわけです。
「これは氷山の一角と思いますか?」
ほとんど誘導尋問ですね。
「そんなことは見たことがありません」
などと答えていく中で事務局長、段々いらついてきます。

「マスコミの方は、今度のことで、みんなそんなことをしているんだ、
と言いたいのでしょうが、
ミート・ホープの社長は特別な人間ですよ。
たとえば、冷凍肉を溶かすのに雨水を使えば節約になると心の中では思っても、
それを実行する人なんて、めったにいません。
その上、装置まで作る人なんか
あの人以外にいないでしょう。
挽肉に血を混ぜるだの、
袋を偽造して詰め替えるだの、
賞味期限切れのものを入れ替えるだの、
落ちた肉を使うだの、
そんなことをしてしまうのは、一線を越えた人ですよ。
そういう特殊な人を取り出して、
真面目にやっている沢山の人たちを同類視するのはやめてほしいですね」

顔のことを言っては悪いですが、
あのミート・ホープ社の社長の顔を見れば、
どんな精神世界で生きている人かが分かります。
モラルや商業美徳やそんな言葉とは遠いところで、
ただ金儲けをすればいい、
という世界に生きて来た人、
金儲けよりもっと大切なことがあることを忘れて来た人の顔です。

前にも書きましたが、
昭和44年の町田でのニセ挽肉事件以来、
業界はそういうことをなくそう、なくそうとしてやってきました。
輸入牛肉が国産牛肉に化けることもありましたが、
それもなくそうなくそうと努力してきました。
産地銘柄を偽装することも、
二重価格の嘘も、
そういうことをして目先の利益を追及しても、
最後にはもっと大事なものを失ってしまう
んだ、
ということを必死になって伝えてきました。

それで偽装や表示の嘘が全部なくなるか?
なくなりません。
それは人間の本性から言っても無理です。
だって、人間はカネのためなら人まで殺す動物ですよ。
金儲けのためなら嘘だってつくでしょう。

しかし、それでも、
今日よりは明日、明日よりは明後日、
少しでも偽装がなくなることを夢見て
業界はやってきた
のです。
まさに、それは「見果てぬ夢」です。
実現不可能な理想。
しかし、実現できないからといって放棄するのと、
実現できなくても一歩でも近づこうとするのとどちらが良いことか。
それは言わなくても分かるでしょう。

こうして業界は
偽装の誘惑にかられながらも、
カネよりももっと大切な「信用」を確立するために必死で闘ってきました。
その結果、2〜30年前よりはかなりよくなったことは事実です。
の努力を
あのミート・ホープ社の一人の特殊な人間がぶち壊してしまった
のです。
まことに腹立たしい。

その上、彼は何と言ったか。
「昔の肉屋の感覚が抜けきらなかった」
バカを言うな。
「昔の肉屋の感覚」ではない。
あんたの感覚、あんたの道徳観、あんたの生きざまがそれをしたのだ。
そのあんたの貧弱なモラルのせいで、
沢山の真面目な肉屋さんが迷惑をかけられているのだ。
一度会ったら、そう言ってやりたいです。

ここで、豆知識
「見果てぬ夢」(The Impossible Dream)は、
ミュージカル「ラ・マンチャの男」の中の最も有名な曲です。
ラ・マンチャの男というのは
かの有名なドン・キホーテのこと。
今では雑貨の安売り店のことになってしまいましたが、
スペインの作家セルバンテスが生み出した人物。

騎士道物語を読みすぎて
現実と空想の区別がつかなくなり、
自分を遍歴の騎士と思い込んだ
ラ・マンチャ地方の老人アロンソ・キハーナ
従者サンチョ・パンサと共に旅に出て、
今は廃れた騎士道を貫くために
珍妙なことばかりしでかす話。
転じて、現実から遊離して理想ばかり言う奴のことを
「あいつはドン・キホーテだよ」と揶揄する表現に使われています。

「ラ・マンチャの男」はこのドン・キホーテ物語を再構築した作品で、
セルバンテスが宗教裁判にかけられる前に放り込まれた牢の中で
脚本を燃やされそうになるのを阻止するために
自分の作品を用いて申し開きをする。
それが遍歴の騎士の物語で、
牢の中の囚人たちにそれぞれ役を割り当てて、
自分の芝居を演じさせる。
セルバンテス自身はアロンソ・キハーナを演ずるわけですが、
その老人の中には
もう一つの狂気から生じたドン・キホーテの話があり、
その架空の話も演じなければなりません。

セルバンテス=アロンソ・キハーナ=ドン・キホーテで、
現実の向こうに虚構があり、
その虚構の向こうに更に虚構があるという
三重構造の物語
が進行していくわけです。

で、アロンソ・キハーナが妄想する
ドン・キホーテが歌うのが「見果てぬ夢」。
どんな不可能な理想も
やがて来ると信じて生きることの中にこそ
人間の尊厳がある、
と歌うこの曲は実に感動的です。

歌詞と訳詞は↓をクリック。

http://members.at.infoseek.co.jp/theatreIX/TheImpossibleDream.htm

物語は現実と妄想が交錯し、
現実は理想を否定しようとやっきになります。
あばずれ女アルドンサは、
ドン・キホーテには美しい姫に見え、
「一度でいいから本当の私を見て」
と叫ぶ彼女に
「あなたは未来永劫、私の姫だ」
と言って彼女を絶望させます。
心理学者も登場して、
最後はアロンソ・キハーナは鏡に囲まれ、
「ドン・キホーテなんていない、
いるのは狂った老人であるお前だ。
騎士道精神など架空の物語だ」

と迫られて正気に戻ってしまうのですが、
その瀕死の枕元にアルドンサが現れて、
「あなたが夢を捨てれば、あの姫は消えてしまう」
との言葉で、
老人は再び狂気に突入、
騎士道に立ち返り、
歓喜の中で死んでいきます。

こうして、芝居を演じさせられた牢獄の囚人たちを全員、
現実より夢見続けることの素晴らしさを教えて、
セルバンテスは宗教裁判に引き出されていく、
というのが「ラ・マンチャの男」の舞台です。

まことに斬新にして卓抜、
しかも深い精神性を持った作品で、
1966年のトニー賞作品賞を受賞
作者のデール・ワッサーマンは、
「カッコーの巣を越えて」も書いた才人です。
1972年には映画化され、
ピーター・オトゥールソフィア・ローレンが共演しました。
有楽座で2度続けて観たことを覚えています。

日本では松本幸四郎が市川染五郎時代からの当たり役とされていますが、
事務局長の評価は辛く、
日生劇場、帝国劇場、青山劇場とところを変えて何度も見ましたが、
作品構造の素晴らしさはめざましくても、
幸四郎のドン・キホーテは感心しませんでした。
「見果てぬ夢」の歌唱も感動せず。

「ラ・マンチャの男」は事務局長の生き方に深い影響を与えた作品で、
作品の中にあるセリフ、
「一番憎むべき狂気とは、
あるがままの人生に折り合いをつけてしまって、
あるべき姿のために戦わないことだ」

を胸に秘めながら、
いまだにドン・キホーテを演じております。





AutoPage最新お知らせ