座談会と組合変遷のグラフ  

本日は夕刻から『東京食肉新報』の夏恒例の座談会

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今年は50周年ですので、
組合の最長老にお集まりいただき、
50年を回顧していただきました。

お出ましいただいたのは、
菅沼元治組合顧問 (元都議会議長)
樋口丈吉元副理事長
五味利量元副理事長
近藤一夫理事長、
という重量級。

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司会進行は猪瀬悦孝副理事長です。

なにしろ、
菅沼さん、樋口さんは組合創立時の理事ですからすごい。
というより、
歴代役員名簿を作った時に
初代役員の中にお二人を発見して、
立てた企画です。

当時、菅沼さんは38歳、
樋口さんは34歳。
50年間組合を見守り続けて下さった方です。

樋口、五味、近藤のご3方は同時期に副理事長、専務理事をつとめておられ、
何だか昔の三役会が再現されたようでした。

内容は『東京食肉新報』8月号をご覧下さい。

座談会の資料にしようと、グラフを作成
記念誌に掲載するためのものですが、昨晩出来立て。

組合員数の変遷

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ピーク時は昭和50年度末の4,871店
左側は切れていますが、
昭和32年に2,651店でスタートした組合が
ぐんぐん増えて、もうじき5千店を目前に下降する図。
昭和50年代にスーパーが登場し、
個人店舗と商店街が衰退していく、
日本の商業界の縮図です。
同じグラフを八百屋、魚屋、洋品屋で作ったら
もっとすごい下降線を描いているはずです。
右肩下がりの最後の部分が
若干角度がゆるやか
になっているのが救いです。

↓ 事業組合の食肉共同購入供給重量の変遷

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昭和50年代中盤に
ものすごい勢いで取り扱い量が増えているのは、
組合が輸入牛肉を取り扱うようになるからです。
民間貿易枠を使って組合が商売をした
第2のピークを過ぎ、
平成3年の牛肉輸入自由化という時代の変化で
急激に落下、
以下、ながらかに取り扱い量が減っていきます。
これは組合員の減少と足並みを揃えています。
輸入枠という利権を持っていた良き時代
自由競争にさらされた時代と。
ここでも最後の2年間
取り扱い量が前の年より増えているのが希望です。

↓ 事業組合の収支決算の変遷

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事業組合創立後15年間はゆるやかで、
昭和50年代に急成長したのは
輸入牛肉の指定店を持っていたため。
そして、昭和60年代前半、
輸入牛肉の枠を使って組合が
莫大な利益を上げていた時代。
昭和62年度は史上最高利益7億7千万円を記録。
その夢は昭和と共に終わり
平成の時代はひたすら下がる。
これは日本全体の景気動向と足並みを共にしています。

平成7年度から13年度までの
7年間の赤字の期間を経、
BSEという、どん底を経験して
14年度から黒字転換。
まさに組合の繁栄と凋落、そして再生のドラマです。
自由化BSE、この二つは組合の歴史を語る時、
避けて通ることができません。

↓ 事業組合正味資産の変遷。

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ほとんどゼロから始まった組合が
昭和50年代に資産を増やし、
高原状の頂きを作って
ピーク時は平成6年度末の27億7千4百万円
その後、7年間資産を減らし続けて、
平成14年度から増加に転じます。
ここでもボトムはBSEのあった平成13年度。

他の全国団体、各県組合がその後も右肩下がりを続ける中で、
東京組合が右肩あがりに転じたのは、
やはり資産を上手に運用して
一種の財団法人化をしたことで、
時代を読んで自らの体質改善を果たした結果と言えるでしょう。
自分を変えることはもっとも困難ですが、
それをなしえた組合は偉い、
と自画自賛。

グラフはもっときれいなものが記念誌に掲載されます。





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