済州島三役研修  

6/22〜24の3日間、
済州島にて三役の研修会を行い、
本日無事帰国しました。

参加者はご覧の理事長、副理事長、専務理事7名と事務局長。

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芹田副理事長は、ご親類に不幸があったため、
前日キャンセルとなりました。

↓ 一路飛行機は済州島へ。

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↓ これ、何だか分かりますか?

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↓ 成田から済州島への密航者発見。

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↓ 済州島は東京より南。緯度的には福岡、高知あたりです。

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↓ ガイドの李栄玉さんが迎えてくれました。

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↓ 車にも東京食肉組合のサイン。

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↓ さっそく黒豚専門店コギクンヌンサラムドゥルへ。
韓国の食堂では、注文したもの以外に
ご覧のとおりの野菜の漬け物などが山ほど出ます。
この分はサービスで、おかわり自由。
やはり、本場のキムチはうまい。

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↓ ここの黒豚はバークシャーではなく、済州黒豚。六白ではありません。

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↓ 肉は厚めに切られています。

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↓ お姐さんがつきっきりでお世話。

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↓ 肉はこうして、はさみでバサバサ切ります。

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↓ 済州島は噴火で出来た島で、玄武岩で海岸線は真っ黒です。

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↓ ここは「竜頭岩」があります。

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↓ 噴火で出来た不思議な形。
確かに竜に似てないこともないます。
近藤理事長は「亀でなくてよかった」と一言。
分からない方は「竜頭岩」の竜を亀に置き換えてみて下さい。

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「三姓穴」の見学。

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↓ それこそ、リッシンベンでなくなよかった。

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↓ 昔、三人の神がこの穴から生まれたといいます。

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↓ そんないわれがアニメーションで見られます。

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民族自然史博物館

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↓ 昔、瓶で水を運んだ姿。
済州島には3つのものが多く、
3つのものが無いといいます。
多いのは風、石、女
無いのは乞食、泥棒、門
風、石は分かりますが、女がなぜ多いかというと、
済州島の女性は大変働き者で、
畑で働いているのは女性ばかり。
男性は家でぐうたらしているので、
女性ばかり目について、女が多いと思われた、といいます。

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↓ この石像は守り神、トルハルバン
対になって、あらゆるところの入り口に置かれています。
う〜ん、I支部長に似ている。

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↓ 宿泊したのは、KALホテル

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↓ 夜は海鮮鍋

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↓ 済州島は島ですから、海産物が豊富です。

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↓ 無料のキムチ等がここでも付きます。

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↓ これはチヂミ。

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食べ歩きの旅かと誤解した方。
安心してください。
翌日は黒豚農場の見学と研修会です。

明日に続く


いよいよ済州島へ  

ここのところ、大変不健康を暮らしをしています。
家に帰ると睡魔に襲われ、
ベッドに転がると爆睡。
夜中に、これはいかん、と起き出して、
ブログを書き、持ち帰った仕事をし、
そのまま朝を迎えて、少し早めに出勤。

こういう暮らしをしたのは、
済州島での三役研修の資料を作っていたためですが、
本日、最後の点検をし、
不満足ながらできあがりました
400字詰め原稿用紙に直すと90枚の大作
これにAからYまでの25の資料が付きます。
題名は「エクソダス」
旧約聖書の「創世記」に続く2番目の書「出エジプト記」のことです。

ここで豆知識

「出エジプト記」は数千年前、
エジプトで奴隷として労役させられていたヘブル人
(今のユダヤ人の祖先)が
指導者モーセに率いられて
エジプトを脱出し、
神が与えた土地・カナンに帰る物語。
カナンは「乳と蜜の流れる地」と呼ばれ、
ヨルダン川の西側、
エルサレムのあたり。
ここにユダヤ人は定住し、王国を作っていきます。
その後、ローマの侵略などがあって、
ユダヤ人は全世界に離散
迫害を受けた後、
エルサレムに戻ろうという運動 (「シオニズム」) が起こり、
第2次大戦後、
この地に戻って来て、
「イスラエル」を建国
泥沼のパレスチナ紛争になっていきます。

なぜヘブル人がエジプトに住んでいたかというと、
アブラハム・イサク・ヤコブと三代続いた後の
ヤコブの息子ヨセフが兄たちに売られてエジプトに入り、
そこで奴隷の身から大臣にまで出世し、
兄たちと和解してヤコブ一家を迎え、
やがて
当時の経緯を知らないパロ(王)が出て、
ヘブル人を迫害したので、
モーセが民を連れて脱出。

ユダヤ教の聖典である旧約聖書では、
神は「アブラハム、イサク、ヤコブの神」と呼ばれ、
出エジプト記にある、紅海の奇跡
(後を追って来たエジプト軍に殺されようとした時、
神が海を二つに割って、
その中を通って逃れた)
はユダヤ人の記憶の中にDNAとなって刻まれ、
ユダヤ人は神と契約を結び、選ばれた神の民として生きることになります。
これが「選民思想」で、
この契約がユダヤ教の起源
旧約聖書の「約」は、「契約」の「約」です。

その出エジプトの話を映画にしたのが、
セシル・B・デミル監督の「十戒」
フランスではミュージカル化され、
日本にも来ました。(「スペクタクル十戒」)
ユダヤ人のパレスチナ入植の話を描いたのが、
オットー・プレミンジャー監督の「栄光への脱出」
この原題は「EXODUS」です。

というわけで、都肉連が全肉連から脱退した経緯を
出エジプトにちなんで題名を付けました。
ちょっと考えすぎですね。
今回これを研修題材に選んだのは、
ヨセフの時と同様、
やがて代が代われば、
都肉連の解散と脱退の経緯を知らない人たちが現れるので、
一度まとめて学習しておこう、という趣旨。

もう過去のことで、
本当はどうでもいいのですが、
まあ、仕方がない。
やりましょう。

さて、本日も家に帰ってから寝てしまい、
夜中に起きて、
これを書いています。
明ければ、成田に集合して、済州島へ。
事務局長は韓国は何度も行っていますが、
済州島は初めて
参加する三役の中には
初海外の方が3人もいます。
さて、どんな珍道中になりますか。


原理原則  

今日も一日、済州島での研修資料にかかりました。
昨日近藤理事長に読んでもらったものに
自分で入れた赤字をせっせと直し、
足りない部分を補い、
添付資料にアルファベットの番号を付け・・・
気付いたら資料は22点に。
ここまでやる必要があるのか、
と思いつつも、
これは性分なので。

今日ある方の訪問を受けて話をして、
少し熱くなりました
と、同時に、あるテレビ番組を思い出しました。

一週間くらい前のこと。
ふとテレビを見ると、
世にも情けない顔をした女性が泣いています。
彼女は60歳の演歌歌手で、
スナックなどで歌うと、
そのブスい顔でさんざ笑われます。
「こっちを見ると、歌が台無しだ」とか、
「歌はうまいんだけど、顔がねえ」とか、
「ポスターの写真とあまりに違う」とか。
それで、その番組に来て、美しく変身したい、といわけ。
メイクアーチスト、ヘアドレッサーなどが総出で、
一人の女性をきれいに仕立て上げる番組のようです。
すみません、つまらん番組の話で。

番組の意向だと思いますが、その女性は
スッピンで出てきて、本当にこれでは辛かろう、
という顔をしています。
だから、この番組に恥を忍んで出て来た、
それもうなずけます。

ところが、番組、奇妙な方向に行ってしまいます。
彼女の「キレイになって、歌を聞いてほしい」という願望に
イチャモンを付け始めます。

スナックの場面の録画を見て
思い出して泣いている彼女に
あの大女が言います。
「泣くほど辛いんですか」
泣いてる人を前にアホな質問です。
「はい。よくババア、ババアと言われまして」
すると、この大女、
「でも、歌は心でしょう。外見じゃないでしょう
他のタレント(俳優、お笑い芸人など)もそうだ、そうだ、と同調し、
お笑い芸人は「ぼくらだって下積みの時、スナックで罵倒されましたよ。
面白くない、帰れって。そうやってのし上がっていくものでしょう」
と、若手のお笑いの修行時代と、60歳のあとがない女性の苦衷を同じにする発言。
「でも、やっぱり、キレイになった方が歌を聞いてもらえるので」
と言うと、
「それは違う。歌に心がこもっていれば、人の心をうつ。外見じゃない」と俳優。
「でも、まずみんなからブスだとかババアとか言われて、聞いてもらえないんです」
と言うと、
「違うね」とばっさり。

ここからきれいになりたいのか、歌を歌いたいのか、の分析に入ります。
こんなのすぐ分かるわけで、
キレイになりたいのは、女として当たり前、
彼女の場合は歌を人前で歌いたい、というのがもう一つ付いて、
でも容姿を笑われて、歌を聞いてもらえないので、
キレイになって人前に出て、歌を聞いてもらいたい、
というごくわかりやすい内容。

ところが、このタレントたち、
よってたかって、そのことが間違っている、
と言います。
まず、歌だ、歌をうまく歌えば、人は聞いてくれる、というのです。
しかし、毎日人前でブスだと笑われて辛い思いをしている人に
そんな原則論を言ったって無意味でしょう。

あげくの果てに大女はその女性をどなりつけて、
「いいかげんにしなさいよ。
女としてキレイになりたいって言うんだったら分かるんだよ、
こっちだって。
それで歌聞いてほしいっていうから
こういう風になっちゃうんじゃないの、あんた。
もっと素直に、
女としてキレイになりたいって、そう言えばいいじゃない。
あんたより若くたって、誰にも聞いてもらえない歌手だって一杯いるよ。
私だってコンサートのたんびに
客が来てくれるかどうか不安だよ、今でも。
ちゃんと歌ってりゃあ、
みんな泣かせもできる、
拍手だって自然と起こりますよ。
あなたの今の言い方じゃ、歌は後ですよ。
キレイになりたいのが先でしょう。
若返りたいって、
そこに歌、くっつけないでよ。
自分を正当化しないでよ。
ちゃんと歌えば、
泣く人は泣く、拍手する人は拍手する。
外見じゃないですよ」

バカだねえ。
キレイになりたい、歌聞いてほしい、
二つを分けて心理分析してどうする。
「歌が良ければ、ひとの心をうつ。外見じゃない」
そんなきれいごとを言ってどうする。
ブスの辛さに泣いている人に
人生は顔じゃないと励ましてどうする。

病気で苦しんでいる人に、
「病は気から、根性根性」と言っているようなもの。
痛みで苦痛の本人に
健康な人が
「ダメだよ、そんなことで悩んでちゃ」と言っているのと同じ。
功成り名を遂げた人が
失敗した人生の人を叱咤するほど滑稽なことはありません。

「えらそ〜な態度の人、威張っている人は大嫌い」
は我が家の家風。
ますます和田アキ子が嫌いになりました。

ところで、その演歌歌手、プロの技でキレイに変身、
まるで別人になりました。
これで歌も聞いてもらえます。
よかったよかった。
終わり良ければ、全て良し。

などというくだらない番組のことを思い出したのは、
今日来た方が、まさに原理原則の方だからです。
東京の組合に対して誹謗発言をしたある全国団体幹部のことを言うと、
「そんな、誰が何を言った、彼が何を言った、
と、そんなことにいちいちひっかかっていたらいかんのだ」
と言います。
言っていることは正しいですが、
それは、足を踏まれた人に
「そんなことを痛い痛いと言っていてはいかんのだ」
と言うのと同じ。
足を踏まれた痛みは踏まれた本人にしか分からないんですから
そんなことを言っても何にもなりません。

他にも、この人の言うことは
ことごとく原理原則。
挫折したことがないのか、
その原則論が通用する官僚機構のような権威の中にいたのでしょう。
しかし、ここは民間ですから
痛みを抱いた人と目線を同じにして、
その痛みを知ろうとすることから始めなければ、
民間では通用しません。
まず人の意見を聞かなければ。
現場を知らなければ。
まさに「事件は会議室じゃない、現場で起きてる」です。

前にも書きましたね、マリー・アントワネットの話。
「お妃、民はパンがなくて飢えているのです」
「バカねえ、パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃないの」

もっとモノの分かっている人だと思っていましたが、がっかりしました。
チラホラ入っていた
「あの人は人の言うことを聞かない人だ」
の噂のとおり。
こんな原理原則ばかりでは、
きっと部下は辛かろう
この人には都肉連の全肉連脱退に関わる熾烈な苦しみなんて分からない。
別に分からなくてもいいのですが。
ただ、もうこの話はこの人とはしないことにしました。


裁判報告の反響  

裁判のレポートの後は、やはり反響が大きく、
はるか東北・四国・九州からも電話が寄せられました。
文字の間違いを指摘して下さる方や
見解を述べてくれる方などの中に
「あの人、誰?」
という質問も。
いいえ、それは人には言いません。

あの一連の部分では、
「感想を人に言うな」
のくだりで皆さん笑ってくれたようです。
今日は近藤理事長が事務所に来訪されましたので、
ブログを読んでもらったところ、
やはりここで声をあげて笑いました。

また、
「ここに嘘を書いたところで、
私には何の得もありません。」

の部分については
「そうだよねえ」と共感の声を寄せて下さった方もいます。

こうした反響を見ると、
やはり行ってよかった、と思います。

近藤理事長が来られたので、
三役研修で使う資料の書きかけのものを読んでもらいました。
「あの頃のことを思い出したよ」
と感慨深げでした。
まさに同感で
資料をコピーしながら、
ああ、こんなこともあった、あんなこともあった、
と感じ入っています。

この資料を『東京食肉新報』に連載したら?
というアイデアも。
う〜ん、難しいところですね。
とんな書き方をするかが問題。
今さら過去のことで人を非難したくはないですから。
いっそ小説風に、なんて考えも浮かびますが、さあ、どうか。



補助金詐取事件控訴審  

本日は5時起きで大阪へ。
補助金詐取事件控訴審第4回公判を傍聴するためです。

本日は、平成16年5月28日に
浅田邸を捜索した二人の警察官に対する尋問に終始しました。
検察側の証人のはずなのに、
検察の尋問は短時間で、
弁護側の尋問に時間がさかれました。

何人で捜索したか、
時間はどれくらいか、
広い建物なのに、
それで十分だったか、
どういう順番で調べたか、
細かい箱の中まで見たか、
自分で開けたか、
その時捜索責任者はどこに陣取ったか、
などを訊いていきます。

尋問の焦点は3階屋根裏納戸の捜索となり、
誰がそこに行ったか、
どれほどの時間をかけたか、
段ボール箱はちゃんと開けたか、
何が入っていたか、
3階の図面をかけ、
写真は何枚撮ったか、
カメラはデジカメかフィルムか、
この写真はどの位置から撮ったか、

何故こんなことを訊くのかとお思いでしょうが、
これには背景があります。
この裁判では証拠隠滅教唆も問われているわけですが、
シュレッダーにかけて証拠隠滅されたはずの
会計帳票が浅田邸の納戸から出て来た、
捜索の時にその段ボールを捜査員が見逃した、
という事実を証明しようとしているわけです。

弁護側は、捜査のずさんさを
この中から浮き彫りにしようとするようです。
写真にその肝心の段ボールが写っていれば、
一発で明確になると思いますが、
そう言わないところを見ると、どうもそうではなさそうです。

フィルムとは時代遅れな、
写真が各捜索現場2,3枚というのは少ないな、
と思ったのですが、
それは素人考えで、
後で法曹関係者に聞きましたら、
デジカメで撮らないのは加工の余地があるから、
2,3枚しか撮らないのは、
余分なものを撮って、後で不利な証拠になるようなことをしないため、
捜索をしたという証拠になればいいのだそうです。
素人には分からないものです。

控訴審第1回のレポートで書きましたが、
その段ポールの中の書類に欠け落ちたものが沢山あり、
それこそがシュレッダーにかけたものだ、
という検察の追及が既にあり、
最終的には供述調書の信憑性になるので、
検察は泰然自若としているのだ、
と法曹関係者は言っていました。

次回は7月20日(金)午後1時半から。
これも証拠隠滅関係で、
当時、浅田側で捜索に立ち会った人、
ハンナングループの会計システムを担当している人、
第1回に出て来た証人の追加質問
で3人の証人尋問があります。

ところで、先日、このブログを何百日分も精査していった方がいる、
と書きましたが、
本日、その方と会いました
毎回傍聴席にいらした顔見知り、
名前も知っている方で、
先方からブログを読んだ、と言ってこられました。

「嘘ばかり書いとる」
と人聞きの悪いことも言われました。
弁護の方針が分からんなら、弁護士に聞きに行け、とも。
「嘘なんか書いていませんよ。
裁判の客観的な報告と、私の感想です」

と言うと、
「感想を人に言うな」と、随分乱暴なことをおっしゃります。

良い機会ですから、
改めて事務局長の方針を示します。

この裁判の傍聴を続け、ブログに書いているのは、
まず第一に、この事件が食肉業界を揺るがす大きな事件で
あり、自分も深く関わったので、
最後まで見届けたい
ということ。
次に、
最近はほとんど報道されないので、
知りたい方のために報告する義務を感じている
こと。

『東京食肉新報』に掲載した
あの「三部作」は組合員の記憶に残っているようで、
今でも「裁判、どうなりました?」と訊かれます。
その方たちのために、
やりっぱなしではいられません。

先日もある報道関係者から
「先日の裁判のことがどこからも聞こえてこないのですが」
という問い合わせがあり、
「私の○月○日のブログ、読みませんでした?」
「えっ、あっ、ちょっと待って下さい。
・・・
ああ、出てますねえ〜」
などというやりとりがありました。
こういう時、ああ、やはり来てよかった、と思います。

書く基本姿勢としては、
裁判は難しいですから、
ポイントをついてわかりやすく解説するようにしています。
また、客観的にするように努めてはいますが、
それでは無味乾燥になりますので、
自分の感じた感想は率直に述べて血の通ったものにしようとしています
感想は、人に伝えなければ、生命を得ることはありません。

詳細なメモを取って、
正確さは期していますが、
中に間違いや思い違いや理解不足はあるかもしれません。
しかし、
嘘をついたり、ねじ曲げる意図はありません

ここに嘘を書いたところで、
私には何の得もありません。


むしろ、バイアスがかかった記述をすることで、
信用を失うことの方を恐れます
それは商売をするのと同じで、
「正直の頭 (こうべ) に神宿る」と思っています。

最後にもう一つ傍聴する動機は、
やはり、作家魂です。
執筆の方は今は休業中ですが、
人間を観察し、
その真実に迫ろうとする心構えは忘れておりません。
いつの日か、この経験が作品として結実する日が来ると信じて、
大阪詣でを続けます。





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