世田谷支部統合  

本日は日曜日でしたが、
午後から事務所に出て、常務会の資料作りをし、
夕方から、三軒茶屋の銀座アスターで、
世田谷支部設立総会に出席しました。

(三軒茶屋にあっても「銀座アスター」。
驚くことはない。
「GINZA ライオン」はあちこちにある。
昔、「渋谷食堂」(渋谷にあった大衆食堂。「しぶしょく」と呼ばれた。)
を新宿で見つけた時には、子供心に驚いた。
こういうことを書いていると、
また長くなって、叱られる)

今の組合の「支部統合」「1区1支部」の方針を受けて、
世田谷区にある、世田谷支部・玉川支部・成城支部という3つの支部が一つになったもの。
どれも昭和21年頃からあった支部で、
今の組合の形ができた昭和32年より前、
つまり、前身団体である
「東京食肉商業協同組合」の頃からある由緒正しい支部だ。

その長い伝統のある支部が、自ら歴史を変えるのだから、
大英断

ひところは、世田谷支部だけで130名もおり、
3支部合わせて240名。
しかし、時代の流れにより組合員は減少。
新しい飛躍を求めて一つの支部に合体した。
新支部員は約80名。
それでも東京一、つまり、「日本一」大きい支部の誕生だ。
その間の発起人さんたちのご苦労は、察するにあまりあるが、
みなさん、大変元気で、喜んでの新支部の船出だった。

世田谷区長や区議会議長、さらには地元選出の衆議院議員も出席、
他に沢山の来賓が、祝辞を述べてくれた。

そのうちの一つにいい話があった。

昔、日本に来ていた外国の生物学者が夜店に出かけた。
その時、家に出入りしていた日本人の10歳の女の子とその友達に
10銭の小遣いをあげ、何を買うか見ていた。
するとその二人の女の子は、
夜店の隅にいた物乞いの前の籠に、まず最初の1銭を置いたという。
弱い者、貧しい者をいたわる心を持った、
日本人は、何と素晴らしい民族だろう、
とその生物学者は感心したという。


その女の子たちと同じ血が、今も我々の中には引き継がれているのだ、
と、その来賓は強調。
まさに、その通り。
我々は、もう一度日本人としての誇りを取り戻す必要がある。

出席者の一人が
「何でつまらない料理本を沢山送って来るんだ。捨てるのに困る」
「暮れにギフト券ののぼりなど送って来てけしからん」
と酒の勢いでつっかかってきた。
どちらも組合が送ったのではなく、
上部団体のしたことなんだけど。
しかも、料理本など、十数年前の大昔の話。
ついでに、
「組合に入るメリットはどこにある」
ときた。
同じ言葉を共有する仲間のいることは、
比べようのない最大のメリット
だと思いますが。

あまり書くと、
「あんたのブログは長い」
と又言われますので、今日はこれで終わり。
それでも長い。




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