ニューヨーク便り・最終回  旅行関係

ニューヨークのレポートがなかなか終わらないので、
何とか今日は終わらせます。

実質最終日は土曜日。
ブロードウェイでは水曜日と土曜日はマチネーがあるので、
2本ミュージカルを観ることができます。
昼の部は2時から、夜の部は8時からが普通。
今回は、「ブルーマン」に5時の部があると分かったので、
「リトル・マーメイド」が4時少しで終わると、
地下鉄に乗って移動。
前日に予行演習をしておきましたので、
一旦ホテルに戻って荷物を置いてからでも、間に合いました。
ホテルがブロードウェイの真ん中にあると、本当に便利です。

まず、↓「リトル・マーメイド」

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劇場は、ホテルの向かいのLUNT-FONTANNE THEATRE。

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ディズニーアニメ第2黄金期の初期の映画の舞台化。
関心を持ったのは、
海の中をどう表現しているかですが、
↓のような感じ。

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↓人魚たちは、隠れているものの、足があるのがご愛嬌。
靴の踵にローラーがついていて、スムーズに移動。
歩くわけではありません。

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王子が海に落ちて、人魚に救われるところ、
岸に打ち上げられるところ
人魚姫の足が生えるところなど、なかなかうまく表現しています。

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音楽はアラン・メンケンの映画の曲に何曲か追加。
↓足が生えたところで、一曲、という感じで
ここはラグを踊ります。

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ミュージカルの歴史に残る作品ではありませんが、
満員の客席の子供たちは、
こういうものを観て育つのだから幸福だと思いました。

「リトル・マーメイド」は8月一杯で閉幕。
しばらく↓3本体制でやってきたディズニーは、

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2本体制に変わります。

お次は、「ブルーマン・グループ」

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中心の劇場街とは離れたアスタープレイスというところにある
座席数298の小さな劇場でロングラン。

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↓劇場はビルの地下にあります。

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1987年、
ニューヨークの路上で始まったストリート・パフォーマンスが起源で、
オフ・ブロードウェイの劇場に進出。
ボストン、シカゴ、ラスベガス、オーランド、
ベルリン、オーバーハウゼン、ロンドン、アムステルダム、東京
などの世界各地で上演されています。(東京は閉幕)

このアスタープレイス・シアターが本家本元。
ベガスで4回、東京で1回観ていますが、
今回の関心は、上演場所でどんな違いがあるか、
特に本家ではどんな内容かということ。

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結論は・・・同じでした。
違いは劇場規模での手順の違いくらい。
前の5回、微妙に違いがあったのですが、
それはどうやら、
少しずつ変更が加えられて、
それが世界標準となっていて、
同じ時期に観れば同じということのようです。

何回も観ていて言うのは何ですが、
こういうパフォーマンスは、
何度も観るものではないですね。

さて、ミュージカル三昧の旅、
最後を飾るのは、
「ウエストサイド物語」

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劇場は、ハーフプライスチケットのすぐそばの
PALACE THEATRE↓。
1748席という、ブロードウェイで3番目に大きな劇場です。
(一番は、「ウィキッド」を上演中のGERSHWIN THEATREの1933席。
ちなみに、日本の帝国劇場は1917席。)

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この作品を最終日に持って来たのは、
やはりニューヨークで「ウエストサイド物語」を観るのは
感慨深いものがあるだろうと思ったからですが、
結果は・・・残念。

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装置は貧弱、演出が駄目で、
役者の若者たちも
役どころをちゃんと理解して演技しているようには見えません。

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それどころか、びっくりしたのは、一部をスペイン語で歌っていること。
「アイ・フィール・プリティ、オー・ソー・プリティ」
と来るところが、
「ホイ・ミー・シエント、タン・ヘルモサ」
などと歌います。
「クインテット」でも
シャーク団の部分はスペイン語。
あげくの果てに、
ラスト近く、マリアとアニタの口論が歌になる
オペラ風の部分もスペイン語。
あれでは、米国人の観客も困るでしょう。

要するに、プエルトリコ人同士の部分は、
スペイン語の方が自然、ということのようですが、
なのに、「アメリカ」は、英語。
こんなおかしなことをしたのは誰だろうと思ったら、
どう考えても演出のアーサー・ローレンツがしたとしか思えない。
つまり、このミュージカルのオリジナルの脚本家です。
第一世代の脚本家の言うことなので、
誰も文句が言えなかったのでしょう。
アーサー・ローレンツ、相当な高齢のはず。
いくら脚本家といえども、
歌詞を変えたりすることが許されるのでしょうか。

それ以外にも、「マリア」で不自然に延ばして、
「マリア」が9回繰り返されるところが7回になったりしています。

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歌詞の変更が許されるくらいなら、
一度全面的に構成を変えて上演してもらいたい
と事務局長は思いました。

というのは、このミュージカル、
映画化の時に、相当大胆に曲順が入れ換えられているのです。

(以下、ちょっとオタクっぽくて、すみません。)

たとえば、舞台では、「マリア」をトニーが歌った後、
そのまま「トゥナイト」の非常階段の場になり、
それから「アメリカ」になるのですが、
映画では「マリア」と「トゥナイト」の間に「アメリカ」を置いて、
時間の経過を自然にしています。

「アメリカ」は、
舞台ではプエルトリコ人の女性同士の掛け合いだったのを
映画ではアメリカにあこがれる女性陣と
アメリカをくさす男性陣とに分けて、
対比をくっきりさせています。

「クール」は、
舞台では果たし合い前のはやる気持ちを抑えるための歌でしたが、
映画では、リフとベルナルドが死んでしまった後の
若者たちの苦悩を押さえ込む歌とダンスになっていて、
その絶望的な心理が際立つ形になっていました。
これなど、まさに天才的な改変です。

映画では、闘争後、一挙にたたみかけて盛り上げるのですが、
そのため、
舞台では後半にあった「ジー・オフィサー・クラプキ」
「アイ・フィール・プリティ」を前半に持って来ました。
コミックソングと明るい感じの曲は後半の盛り上がりに
合わない、という判断でしょう。
正解です。

そして、「サムホエア」が幻想のダンスシーンに変わって
争いのない世界への憧憬となるシーンは、
映画では全面カット。
舞台では成立しても、
リアリズムの映画にはふさわしくない、ということでしょう。

このように、映画における改変はことごとく理に適っており、
あのような見事な緊迫感に満ちた後半となりました。

一度このように舞台でも演じてみたらどうでしょうか。

映画でも、昔の舞台でも、
ラストはトニーの死体を
ジェット団とシャーク団が混じって運び、
マリアも、その他の人物も全部舞台からはけて、
大人たちだけが残される、
という演出でしたが、
今回のアーサー・ローレンツ演出は、
全員が(トニーの死体も、マリーも)舞台に残っての終わりになります。

全くあきれた演出で、
何の感動も呼ばない、
「???」が続く出来で、
呆然として劇場を後にしました。

ただ、やはり演奏は素晴らしく
昔のミュージカルなので、編成も大きく、
送り出しの音楽が終わるまで席に残り、
指揮者と握手して出ました。

こうして、
今度のニューヨークの旅は終わり。
もう来ることはないだろうなあ、
と思いつつ、
「スパイダーマン」が来年の2月から始まる、
という告知↓を見ると、

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お腹のあたりがむずむずする事務局長でした。





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